宿命とは…
爽やかな緑の木々が映える5月は、外に出掛けるのにちょうどいい時期だ。
初夏の陽気の中、香田御幸もまた、久々に両親と一緒に出かけることを心待ちにしていた。
両親の愛情を一身に受けて健やかに、美しく育ち、彼女もまた両親への親愛なる気持ちでいっぱいだった。
女子校に通っているからなのか、優しすぎる性格が災いしているからなのか、いまだに彼氏と呼べる存在に巡り会えていない。
今時の女子高生であれば、親に隠しつつも彼氏の一人や二人はいてもおかしくない。そもそも女子高生が両親二人と出かけることなど考えられない、と言った声も聞こえてきそうだが、反抗期すら見られなかった彼女にとっては、そんな雑音も大した問題ではないらしい。
むしろ、今の彼女には問題以上の、絶対命題があった。それは大好きな母のためのプレゼントを何にしようか決めることであった。
自宅から徒歩10分の大型ショッピングモールに入り、家族三人は様々な店に立ち寄った。
まずは婦人服売り場から。
白地に青紫のボタニカル調のロングスカートを手にして、まるで自分の服を選ぶかのように、御幸は母親に笑顔で話しかける。
御幸「ねぇ、たまには花柄でもいいんじゃない?」
だが、母親はやや恐縮した表情で返答した。
御幸母「う~ん、ちょっと派手じゃないかしら?これなら、御幸も着れそうよ?」
御幸の腰にスカートを当てて様子を見た母親は、どう?と御幸に渡す。
御幸「私が着たら意味がないよ。…パパはどう思う?」
御幸は後ろにいた父親に援護射撃を求めた。
御幸父「そうだな、…母さんが着たら二回目の成人式になりそうだなぁ。」
御幸母「パパ、ちょっと言い過ぎよ。」
明らかに『故意の』誤射であるが、父親の背中をパンとはたく母親とちょこちょこ頭を下げる父親を見て、冗談を言い合える家族がいることを御幸はうれしく感じていた。
一方、ショッピングモール近くの団地の横の公園では、二人の兄妹が仲良く遊んでいた。いや、正確には『元・兄妹』だ。
小学二年の西尾祐樹と一年の吉岡彩菜は紛れもなく血のつながった兄妹だが、祐樹は公園のすべり台の下で彩菜と『密談』していた。
祐樹「…ママに見つかってないな?」
周りの様子を伺う祐樹の様子を見て、彩菜もまた小さな声で答えた。
彩菜「うん、怒られないように来たよ。」
祐樹は安心した様子でしゃべり始めた。
祐樹「よ~し、今日は作戦を立てたんだ。じゃじゃーん(効果音のつもりで言っている)、パパとママ仲直り作戦!今日こそ頑張って、みんなでおうちに帰るんだ!ドーン(効果音)。」
なんと祐樹は今日この日のために、離婚した両親が復縁できるような作戦を考えてきたのだ。では、一体どんな作戦なのか?
彩菜「にんにん!彩菜、お山を作りたい。」
祐樹「あ~ちゃん!頑張って作戦を作ったんだから、一緒にやろ!」
彩菜「にんにんも砂を掘ってよ~。」
祐樹「…作戦失敗…。(ちーん)」
結婚し、家庭を持ち、バラ色のの人生が始まったばかりであっても、すれ違いが矛盾を生み、愛を滅ぼすこともある。
作戦を立てていたり、砂場で遊ぼうとしていたこの二人が、結局5分後にはブランコに乗っていたように、何がどう働き、影響するかは分からない。
無論、結婚と子どもの気まぐれを同列に扱うことにいささか語弊はあるかもしれない。しかし、大人の事情、離婚、世間体など、まだまだ分かるはずもないこの二人が、親のいない時間に寂しさを紛らわしているのは、大人の気まぐれの結果とも言えただろう。
【この世界で生きている限り、どの生命にも与えられた運命が存在する。】
エドガー・ケイシーが提唱した『アカシック・レコード』と呼ばれた理論では、宇宙の中心にあると推測されている『記憶の図書館』に全ての運命が集まるとされているが、真偽の程はいまだ謎である。
だが、覚えておいてほしい。今日は一つの運命が起こる日なのだ。
それは…、
人類が滅亡することだ。