旅をすることは…
御幸「…すべてを守るためには、時に犠牲も必要…。そう言ってたよね。でも、私にとって『あなた』の犠牲は…辛すぎる…。…うっ。」
御幸の悲痛な嗚咽はパソコンに映る写真の中には届かない。
そこには前列に祐樹、彩菜、スー、ユンピ、後列にミーシャ、レイナ、御幸が並んでいて、気恥ずかしながらも全員が笑顔だった。
…だが、そんな写真は残酷な記録とも言えた。
この写真を撮ったであろう『誰か』は決して映らないのだから…。
…数時間が経過しただろうか。
ドォォン!
部屋全体に低く鈍い、しかし、かなり大きな衝撃音が響いた。
即座に緊急警報が鳴り響いたが、部屋で落ち着きを取り戻した御幸の表情は先程とは別人かと思われるほどスキがなかった。すぐに支度を済ませ部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けた。
向かった先は、巨大な画面に壁を覆われた軍事基地の司令室のような部屋だったが、もうすでに作戦は始まっていた。
ミーシャ「今回の相手は誰だ?」
画面のモニターを見ながら、ミーシャが聞いたが、何故か楽しそうである。
レイナ「衝撃的には小惑星みたいだけど…どう?」
腰に手を当てて、レイナは画面を操作しているスーに尋ねた。
スー「1、2、…、20星こっちに向かってくるよ。」
画面をいくつもタッチしながら、複雑な計算を秒速で行っていたが、このオペレーターはまさに天才少女であった。
ミーシャ「かなりデカイな。」
レイナ「そう?この前の『海王星』って星くらいじゃない?」
そんな二人の分析中に御幸がやってきた。
御幸「…お待たせ!どんな感じ?」
息を弾ませて来た御幸に答えを伝えたのはユンピだった。
ユンピ「…生きてるの、いない。でも、ジャニョがたくさん。」
御幸「ジャニョ?」
聞き慣れない言葉を聞いて、御幸は即座に思う。それが、『彼ら』の言語なのだと。そして必ず…。
スー「地球で言う『爆薬』だね。破壊したら、バーンって感じ。」
そう、天才少女がすぐに教えてくれるので、御幸は何も心配しなくてよいのだ。
だが、心配な点は他にあった。
レイナ「さっきまで『気配』を感じなかったのに、いきなり現れたってことは…」
ミーシャ「…『残党』か、『新厄』か。美人艦長、どうする?」
御幸「え?」
…把握しながら話を聞いていたので、御幸は美人と褒められていることに気付かなかったが、それを聞いてレイナの気分はブルーになった。
レイナ「…むっ。あんたも結構あだ名をつけるわね。また…キャ‼︎」
話している間にも細かい小惑星のせいで衝撃が走った。レイナはついバランスを崩したが、とっさにミーシャに抱きかかえられた。
レイナ「あ、ありがと。」
…調子が狂うとはこういう事なのだろう。御幸には美人と言うのに自分にはババァ。だけど、ピンチの時にしっかり助けてくれる…。
ミーシャ「あぁ。気をつけろよ。…ちなみに、…マタキャってどういう意味だ?」
…。
……。
………。
少しの沈黙の後、御幸は困った表情でミーシャに言った。
御幸「…あ…、ミーシャさん、そこは…。」
レイナの気持ちが分かるだけに、そこはツッコんではいけない。そう思った御幸はレイナが構えているのを見て、ミーシャを哀れんだ。そして、諦めた。
レイナ「…御幸、いいよ。…こいつには分かんないよ!(ゴンッ)」
電光石火の一撃がレイナから放たれ、ミーシャの左頰にクリーンヒットした。
ミーシャ「いてぇ、何だよいきなり!」
レイナ「謝るのはアンタよ。さっさと片付けるわよ、バカ。」
そう言って、ミーシャとレイナは引き続き口論しながら部屋を出ていった。
御幸はその様子を微笑ましく、そして、ややうらやましく見送ったが、気持ちの切り替えは早かった。
御幸「(レイナちゃん、大変だけど頑張れ!)さぁ、始めよう!ユン君、スーちゃん。こっちでどれくらい対応できそう?」
御幸は二人に迅速に尋ねたが、意外な答えが返ってきた。
スー「こっちは5、『上』が3ですね。」
御幸「え、上?あーちゃんたちがいるの?」
祐樹&彩菜「いるよ〜!」
何と先程寝た子どもたちが警報で4人全員起きていたのだ。それはつまり…。
御幸「じゃあ、私が一番来るの遅かったんだ。(泣)」
実はここにもまたルールがあり、呼び出しで一番最後にやってきた者はあとでこの司令室を掃除しなければならないのだ。今日の御幸は…ついてないらしい。
祐樹「だ、大丈夫!艦長。掃除なら手伝うから。」
彩菜「艦長!お姫様もお手伝いする〜!」
本来であれば自分一人でやるのだが、今日はこの申し出がとても嬉しかった。
御幸「…うん、ありがとう。」
そんな訳で、御幸たちのいる部屋の上にも、小さな部屋がある。やはり壁一面に画面があるのだが、幼い祐樹と彩菜にしてみれば、秘密基地には申し分のない広さだ。二人は画面の前にあるゲームのコントローラーらしきものを手にして、すでにやる気満々であった。
…そしてこちらも…。
ミーシャ「こっちも準備完了だぜ。…って、別にオレは何の準備もしてないんだけどな。」
両手を構えていつでも行ける様子のミーシャだが、むしろ隣りに気をつけるべきかもしれない。
レイナ「…御幸艦長、小惑星と一緒に、この隣りバカを落としてもいい?」
まだまだご機嫌斜めのレイナを作戦で活躍させるためには、艦長として御幸は『非情』にならなければならなかった。
御幸「うーん、じゃあ、お手柔らかにね。」
レイナ「了解♪」
ミーシャ「おいっ!?」
二人の笑顔とは裏腹に、ミーシャは小惑星どころかブラックホールに落とされた気分だった。
ただし、そんなミーシャとレイナの視線の先には巨大な小惑星の集団が真っ直ぐに向かってきていたのだ…。
一方、船内でもある異変が起きていた。
スー「…艦長!ユンピの悪い癖が…!」
スーはユンピを見ながら報告した。
彩菜「…また『溶けて』るの?」
彩菜も心配そうに上の部屋からユンピを見ていたが、これもまた今に始まったことではない。
ユンピ「…お腹すいた。『食べて』もいい?」
どうやらユンピはお腹が空いたようだが、スーはいろいろと心配していた。
スー「ちょっと『大きく』ない?」
ユンピ「大丈夫。」
これに関しては御幸も気になっていたが、最悪どうにかする方法を知っていた。
御幸「大丈夫、お腹壊したら『おまじない』してあげる。」
…何をバカなことを、と思うかもしれないが、御幸の『おまじない』はかなり効くのだ。だから、子どもたちもついおねだりしてしまうのだ。
彩菜「彩菜も!」
祐樹「あーちゃん、おね…艦長は怪我した時だけだよ。」
スー「わ、わたしも…。」
御幸「ふふっ、じゃあ、後でね。…では、いつも通り作戦開始!」
一同「了解!」
窓に映る夜の闇に数多の星が輝いている。いや、正確には御幸たちが星に囲まれている、と言うべきだろう。
そう、何を隠そうここは宇宙空間なのだ。
そして、その中を進む、一隻の巨大戦艦『アカシック』。
その美しくも気高い戦艦はいつしか宇宙の文明圏から『希望の船』『生命の揺籠』と呼ばれ、また、悪しき者たちからは『終わりの夢』と呼ばれるほど恐れられていた。
しかし、すでに伝説となりつつあるこの戦艦の真実を知る者はそうはいない。
ましてやこの戦艦にいる船員が7人のみで、艦長が17歳の女子高生だとは、誰一人知る由も無かった。