喜びと悲しみと…
育児をすれば分かる話だが、幼い子どもは寝る直前に悪戯をしたり、泣き出したりすることがある。理由はそれぞれだが、もし夜になって早く寝る子ども=良い子、と言う定義があるのであれば、『彼ら』は真っ先に親に叱られる可能性が高いだろう。
子どもたちがまた、御幸の部屋に進撃してきた。ただ、先程の失敗もあり、さすがに慎重になっていた。…子どもながらに。
女戦士「今度こそ大丈夫なんだよね、祐樹?」
どうやら先頭にいるこの子が一番警戒しているようだが、先程よりやや頬を赤らめていた。その表情からは緊張とは違う感情が見え隠れしていたが、後ろの『祐樹』と呼ばれた少年は全く気付いていなかった。
祐樹「女戦士隊隊長、スー。僕のことは司令官と呼ぶのだ!(ドンッ)」
先程の失敗は何のそのと言ったところのようで、すがすがしい程のドヤ顔である。スーは少々苛立ったが、理由はその顔ではないらしい。
スー「なんでー。スーは名前で呼ばれるのに、祐樹はだめなの?」
…なるほど、やはり子どもだ。名前の呼び方、呼ばれ方一つで気分がずいぶんと変わるようだ。そう言った意味ではこの『お姫様』は得である。
お姫様「スーちゃん、にんにんには作戦があるんだよ。彩菜にはわかるよ。」
この中では一番年下の『彩菜』だが、愛くるしい表情で周りからとても可愛がられていた。スーは呆れ笑いしつつも、半ば納得した様子で続けた。
スー「…あーちゃんはいいよね、お姫様だし、司令官の妹だし、どう呼んでも怒られないんだしさ。」
彩菜「うん!にんにんが許してくれるからね。」
そんな3人の後ろからゆっくりついてくる少年が小声でツッコんだ。
ツッコミ「…でもさ司令官、途中、ドンッて言うとか…。…ふっ。」
あまり表情を出さないこの少年が鼻で笑いながらツッコミを入れる時は、機嫌が良い時であることをスーは知っていた
スー「…ユンピ的にはツッコんじゃうよね。」
ユンピ「…うん。」
『ユンピ』と呼ばれた少年もまた、目をそらしつつも嬉しそうだったが、ついに司令官が人差し指を口に当てて命令した。
祐樹「みんな、しーっ!。…部屋に潜入開始!」
さて、御幸の方はと言うと…、こちらも作戦を練っていた。
実は御幸はとても子どもが好きで、これまでも時間があれば部屋でかくれんぼや鬼ごっこをしたり、ホットケーキを作ってあげていた。だから、こんなにも幼い子どもたちが揃って可愛らしい作戦を実行しようとしている時、何をしているのか全く分からないような『ふり』をする大人の対応=作戦をしていた。
それに、昼の一件もあり、これ以上子どもたちに気を使わせる訳にはいかない。御幸は静かに心の準備をして、部屋の扉に背を向けていた。
そんな事とはつゆ知らず、標的目掛けてまず二人が背中から大きな声で呼んだ。
祐樹&彩菜「お姉ちゃん!」
御幸「うわっ、な…何?」
急な声掛けに驚いた(ふりをしていた)御幸に更に攻撃が続く。
スー&ユンピ「いつもありがとう!!」
そう言うと4人は一枚ずつ、絵を描いた紙を御幸に渡してきた。これにはさすがの御幸も、今までと違う作戦に本当にびっくりしてしまった。ただ、その絵は…。
御幸「これって、…ケーキにピアノ、花束…、ゾウとキリン?」
そこには御幸の好きないちごショートケーキ、小さい頃から弾いていたピアノ、たくさんの花が集めた花束、そして、ゾウやキリンが笑って暮らしている動物園の絵が書いてあった。もちろん、判別するのに苦労するものもあったが、かなり一生懸命に描いたであろう力作ばかりだ。
スー「みんなで好きなもの書こうって…。」
恥ずかしそうに視線を逸しながら言ったスーとは対称的に『司令官』は自信満々の表情だ。
祐樹「うまいでしょ。」
しかし、ユンピの前ではすぐにツッコミが飛んでくる。
ユンピ「何で、司令官が、決める?」
祐樹「うわあああ、ツッコミ厳しいっ!(ぐさっ)」
…こんなやり取りもこの顔ぶれでは当たり前になっていたが、サプライズはまだ続く。画用紙を下から覗いていた彩菜がヒントを出してきた。
彩菜「裏にもひみつがあるんだよ〜。」
御幸「えっ、裏?」
不思議に思いながら御幸が画用紙を裏返してみると、新しい絵が描かれていたが、輪郭や色遣いも様々で一枚だけでは何がなんだか分からない…。何回か見比べてようやく理解した。
御幸「これって、もしかして…。」
彩菜「うん、お姉ちゃんの顔だよ。…似てる?」
スー「頑張ってはみたんだけど…。」
興味津々の彩菜と緊張した表情のスーが尋ねる姿が何とも可愛らしい。そして、後ろの二人は恒例の掛け合いである。
祐樹「いいと思うよ!」
ユンピ「祐樹、決めるな。」
祐樹「またまた厳しいっ!(ぐはっ)」
子どもたちは表に御幸の好きなものを描き、裏には4枚で一つの絵になる作品を持ってきたのだ。ただ、4人が同時に描いた訳ではないので、当然髪の横に眉があったり、鼻の近くに耳があったりとピカソも驚く表情だ。
だが、それでも御幸は子どもたちを愛おしく感じ、彩菜やスーの頭を優しく撫でながら礼を言った。
御幸「…ううん、とっても…、とっても似てる。みんな上手よ。ありがとう。」
一同「わーい!」
御幸は本当に嬉しく、それと同じくらい子どもたちもサプライズ成功を喜んだ。
しかし、その直後に剣のような棒を持った鬼が御幸の部屋に近づいてきた。しかも表情はかなり険しかった。
鬼兄「…ったく、寝てねぇと思ったら、また御幸の部屋かよ。早く寝ろ。」
いち早く気づいたのは司令官だった。
祐樹「げ、妖怪鬼ミーシャだ。」
ミーシャ 「だーかーら、誰が鬼兄だ!」
『ミーシャ』と呼ばれた鬼のような男は鋭いツッコミをしたが…。
ユンピ「いや、鬼兄、言ってない…。」
スー「…確かに。」
ユンピとスーに冷静に返されてしまい、よりイライラしてしまったようだ。
ミーシャ「どっちでもいい!早く寝やがれ!」
一同「…はーい。」
全員不服そうに部屋から出て行ったが、彩菜だけはミーシャの前に立ち止まって、鬼の形相を見上げていた。当然、ミーシャもまた、小さな彩菜を睨みつけた。
ミーシャ「…ちっ。…ん?何だ?」
彩菜はやや怖がりつつも、何故か礼を言った。
彩菜「…ミーシャ、あ、ありがとう。作戦、う、うまくいったよ。」
ミーシャ「…は?…おう、良かったな。…お前も早く寝ろよ。」
ミーシャもまた、決まりの悪そうな顔で答えた。
彩菜「うん。じゃ、お姉ちゃんまた明日ね。おやすみ。」
御幸「うん、おやすみー。」
御幸に小さくバイバイして、彩菜は小走りで自分の部屋へ戻っていった。
こうして子どもたちのサプライズは無事に終了し部屋に静寂は戻ったが、御幸は子どもたちの絵を大事に、大事に胸に抱えていた。その様子を見ながらミーシャは頭を掻きながらつぶやいた。
ミーシャ「あ〜、その、なんだ。…ガキたちは本当に懐いてんな、あんたに。」
御幸「え?そ、そうですか?」
決して子どもたちに対して意識している訳ではないが、そう周りから評価されるのはやはりうれしいものであった。そして、同時にほっとした実感が御幸には湧いていた。
御幸「ユンピ君やスーちゃんが慣れてくれたのは嬉しい…よね。」
ミーシャ「そうだな。ずっと一緒にいた祐樹や彩菜は分かるが、あの気まぐれスーと『オレたち』の中でも扱いにくいユンピを手懐けるあたり、マジで大したもんだと思うぜ。…あ、一番扱いにくいのはあの48歳だけどな。」
…この鬼はどうしてもレイナをババァにしたいらしく、またもや冗談ながら悪態をついたが、今回は御幸が許さなかった。
御幸「あ、ミーシャさん、それ、ひどい。レイナちゃんに謝って下さい。それに、私だって『48歳』よ?」
御幸の口調が珍しく強かったので、ミーシャはたじたじになって答えた。
ミーシャ「…いや、確かにそうだろうけどよ、別に合わせる必要はないだろ?」
御幸「合わせるとか、そう言うことじゃないです。女の子に年齢の話はダメ。いいですか?次にそれ言ったら、ご飯なしです。」
平静を装っているが、実はミーシャはかなり焦っていた。
ミーシャ「(なっ!飯がなくなるのはマズい。)…はいはい、分かりましたよ。『艦長』の指示には従いますよ。」
御幸「ふふっ、お願いしますね。」
そんな話をしつつも御幸は部屋の隅の机の上に、4人の絵を丁寧に置いた。
御幸「…でも、ミーシャさん、ありがとう。4人にこんなステキな作戦を伝えるなんて…。」
丁寧に御幸は頭を下げたが、ミーシャは再び決まりの悪そうな顔で答えた。
ミーシャ「…いや、オレは盗み聞きしちまっただけさ。」
御幸「盗み聞き?」
穏やかではない言い方をしていたが、御幸はミーシャがそんなことを本気でやっているとは思っていなかった。
御幸「…何かあったの?」
ミーシャ「…あいつらさ、集まってお絵描きしてるんだと思ってたんだ。でもよ、彩菜があんたを心配しててね。」
御幸「私を?」
あの一番元気いっぱいの彩菜が一体どうしたというのか。
4時間前…。
リビングにいた子どもたちは何気なく遊んでいたのだが、彩菜が祐樹に話しかけたことで、作戦は始まった。
彩菜「にんにん、…最近、お姉ちゃん元気ないね。」
深く考えた訳でなく、単純にそう感じた彩菜だったが、祐樹も全く同じことを考えていた。
祐樹「あっ、あーちゃんもそう思うの?」
彩菜「みんなのこと、一人でやって、疲れてるのかな。」
ここ最近御幸のそばにいた彩菜の目に狂いはなかった。それはこの中で一番しっかりしているスーでさえ同意をさせたほどだった。
スー「そうかもね。…御幸…姉ちゃん、優しいから…。」
どことなく気恥ずかしそうに言うスーをユンピが珍しくツッコんだ。
ユンピ「スー、恥ずかしい?」
スー「う、うるさい。レイナ『様』も優しいけど、御幸姉ちゃんも…好き。…あ、今の内緒だよ。」
スーがここまであたふたするのも珍しい、が、正直に好意を寄せる発言をするのもまた初めてかもしれない。そして、それはユンピも同じだった。
ユンピ「うん。ユンピ、わかるよ。御幸姉ちゃん、僕たちにも、優しい。」
彩菜「そっかぁ。」
みんなが『お姉ちゃん』が好きなことを知った『お姫様』はここでとても素敵な提案をした。
彩菜「ねぇ、みんなでお姉ちゃんに何かプレゼントできないかな?」
ミーシャ「…聞くつもりはなかったんだが、運悪くリビングの奥にいたからよ、全部聞こえててな。余計な世話だとは思ったんだが、彩菜に、…ちょっとな。」
御幸「…そうだったんですか。みんながそんなことを…。」
御幸は心が暖かくなった気がした。周りのみんなから気遣ってもらえていたことに勇気付けられたのだ。
レイナ「へぇ、ミーシャにしては生意気だけど、上出来ね。少しだけ、見直したわ。」
御幸「レイナちゃん!」
明らかに不自然なタイミングでレイナがすました顔で話しかけてきたが、さすがにミーシャも見逃さなかった。
ミーシャ「…フン、白々しいな。お前も盗み聞きか、4…、いや、レイナ。」
つい口走りそうになった年齢を慌てて止めたミーシャだったが、レイナもごまかすのに必死だ。
レイナ「…な、何よ。私は御幸が元気になればいいな、と思ったから…。」
その瞬間に御幸は気がついた。
御幸「そっか。…お花や動物が好きだってこと、レイナちゃんにしか話してなかったよね。」
レイナ「え⁉︎…あ〜。そう…ね。…気づい…ちゃった?」
気まずい表情のレイナだったが、御幸は続けた。
御幸「…うん、スーちゃんやユン君が『地球』の花や動物の絵をこんなに描けるとは思えないもん。」
…そう、彼らの正体は御幸たちに似ているが、『人間』ではない。ただ、そんなことより彼らは『大切なこと』を忘れて、会話を続けていた。
ミーシャ「ククッ。根回しが下手くそだな。御幸にバレても仕方ねぇ。」
レイナ「…あんたに言われると何か腹が立つわ。…でも、その推察力はさすがね。やっぱり『彼』のおか…。」
ミーシャ「…レイナっ!その話は…!」
ミーシャが指摘するにはあまりに時間がなかった。レイナも決して軽率だった訳ではない。だが、御幸の元気のない理由をよく知っていたこの二人にすれば、あまりにも痛恨のミスだった。
レイナ「あ!!ご、ごめん!」
御幸「…大丈夫。二人ともその事を気にしてくれてるんだよね。…子どもたちは…記憶にないけど、私たちは…ね…。」
そう言うと、御幸は黙って窓の方を見た。ミーシャとレイナは心痛な表情で、ただその場から静かに立ち去るしかなかった。
夜の闇が深まり、子どもたちは夢の中だが、御幸は一人、部屋の中のパソコンの画面を見つめたのだった…。