希望の三人は…
…あれほど騒がしかった昼下がりが嘘のようだった。すべての人類が消滅し、地球上のあらゆる街は打って変わって沈黙と化した。
だが、いくつか不可思議なこともあった。
生物で消え去ったのは人類のみで、犬や猫などの動植物はすべて生存していた。
また、飛行していた航空機や走行していた電車はもちろん、動いていたであろうものが全て地球上から消えていた。よって、大事故や墜落なども全く起きていなかったのだ。
そして…。
祐樹「…あ~ちゃん、大丈夫?」
彩菜「…ん~?」
御幸「良かった、大丈夫みたいだね。」
奇跡とでも言うべきか、香田御幸、西尾祐樹、吉岡彩菜は生きていた。
彩菜「みんなは?…光は?」
祐樹「いないよ…。みんな消えちゃった。お姉ちゃん、みんな…。」
祐樹は戸惑いながら御幸を見た。御幸もまた戸惑いつつも、現状を、とりわけ目の前で両親が消えたことを信じたくなかった。
御幸「…とりあえず、誰かいないか見てくるね。2人ともここで待ってて。」
祐樹「うん。」
何かあれば状況確認、と消防署職員の父が言っていたことを実践するかのように、二人を置いて御幸は一階に上がってみた。が、御幸以外に人はいない。床には荷物や買い物袋が散乱し、人々が逃げ惑う場面が思い起こされた。
『…夢じゃないんだよね。』
御幸の独り言はまるで魂が抜けたかのようだった。
『父さん、母さん、私はこれからどうすればいいの?みんな死んじゃったの?』
自問しても答えは分からない。出てこない。出てくるのは果てしない無念と絶望の涙だけだった。
…時間がずいぶんと経ったようだ。
祐樹「…お姉ちゃん、大丈夫?」
彩菜「私も…泣きたくなっちゃった…。」
御幸「!?」
御幸がはっと気づいた時には、二人の児童が傍らにいた。その表情はとても不安そうだった。
御幸「え?あ、二人ともごめん、待たせちゃった?」
祐樹「うん、20分くらい待ったんだけど、お姉ちゃんが戻って来なかったから…。」
彩菜「お姉ちゃん、泣いてた…。」
男の子の心配そうな目、そして、女の子が不安そうに御幸の手をぎゅっと握ってきた。
御幸「(そうか、私、ずっとここで泣いていたんだ。)』…私も不安だらけだけど、もう大丈夫。ごめんね!」
祐樹「あ、うん!いいよ。」
彩菜「うん!」
御幸の精一杯の笑顔が二人を元気づけたようであった。
御幸「(でも、これからどうしよう?どうしたら、この子たちの事を助けてあげられるかな。)」
御幸は悩みつつも、何となくじっともしていられない気がしていた。おそらく二人のことを見て、少しずつ冷静になってきたからかもしれない。
さっと涙を拭いた御幸は、改めて話しかけた。
御幸「…ねぇねぇ、私、二人のことまだ何も聞いてなかったね?少し、教えてくれる?」
祐樹「それって、…自己紹介?」
首をかしげて尋ねる子どもたちは何とも可愛らしい様子だが、分からないことには始まらない。
彩菜「?なにそれ。」
祐樹「えーとね。あ!…あーちゃん、名前を教えてあげて。」
彩菜「ん?彩菜の?」
祐樹「うん!」
それほど年の変わらない二人がお互いに答えを導き出したようだった。今度はにこにこしながら、御幸に答え始めた。
彩菜「はーい、にんにん。…えーと、わたしは吉岡彩菜です。6歳です。よろしくお願いします。」
御幸「わー、しっかりしてる。お願いします。」
彩菜「うん、じゃあ、にんにん!」
祐樹「はい!西尾祐樹です。7歳です!よろしくお願いします!好きなものはサッカーです。」
御幸「へぇ、サッカーが好きなんだ。二人ともすごいしっかりだね。偉いよ。」
テンプレ通りの紹介も子どもがすると可愛らしさ倍増で、思わず御幸は両手でパチパチと拍手した。が、ブーメランは必ず返ってくるものだ。
彩菜「じゃ。お姉ちゃん!」
御幸「え!?あ、そうか。…はい!わたしは香田御幸、17歳です。好きなものはケーキです。よろしくお願いします。」
彩菜「彩菜もケーキ好き!」
祐樹「ぼく、チョコがいい!」
少し三人の緊張がほぐれてきて、笑顔も出てきた。これなら大丈夫と思った御幸だが、気になる点も出てきた。
二人は兄弟なのに『苗字』が違う。
御幸「(きっと訳があるんだね。でも、今はいいよね。)うん、二人のこと、よく分かったよ。ありがとう。」
祐樹「どういたしまして。」
彩菜「いたしまして。」
御幸「じゃあ、これから三人で一緒に他の階の様子を見に行こうと思うんだけど、いい?」
祐樹&彩菜「はーい!」
御幸の提案に二人は元気に手を挙げるのであった。