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6.心のオアシス

 





 休み時間になるとワッと子供達が中庭へと飛び出してきた。

 子供達の手にはボールや縄跳び、そして空き缶などの遊び道具が握られており、この時間を待ちわびていた事が分かる。

 そんな子供達の元気な姿を見て顔を(ほころ)ばせていると、皆もあたし達を見つけてくれて「あー!!」と、声をあげた。



「ビアンカお姉ちゃん!!」

「ビアンカ先生!」



 いろんな敬称で呼ばれ、あたしはニコリと微笑む。



「みんな、元気にしてた?」


「「「うん!」」」



 元気な返事が一斉に戻ってきて、ますます顔が綻ぶ。


 ああ。やっぱりいいわね……この太陽のような笑顔。

 暖かくてぽかぽかして、嫌な事もぜーんぶ吹き飛ばしてくれる。

 さすが、あたしの最高の子供達(オアシス)だわ!


 あたしはこのサイコーな笑顔を見たであろうフェイスリート様を盗み見る。

 きっとこの笑顔を見たらイチコロに違いない。……と、思ったのに、事もあろうかフェイスリート様は横を向いていた。


 あたしは頭を抱えたくなった。

 いや、正確にいえば子供達がいなければ間違いなく抱えていただろう。



(なんてもったいない!!)



 子供達の百点スマイルを見逃すだなんて! 絶対後悔しますよフェイスリート様!!

 心の中でそう叫びつつあたしは、彼の袖口を軽く引っ張った。


 今ならまだ、見れますよ! 太陽スマイル!

 そんなつもりで引っ張ってみると、フェイスリート様はこちらを見た。そして、あたしと目が合う。


 ……いや、こっちじゃなくて……ね?

 たしかに袖口を引っ張ったのはあたしだけど、そうじゃなくって、ね?


 あたしはくいっと首を少し動かし、『子供達を見て』と、(うなが)す。

 しかしフェイスリート様はあたしの目をじっと見ているだけで、顔を動かそうとしない。


 ……鈍感なのか、この人は。

 そんなにあたしを見てもなんにも出てきやしないよ。

 でもいっそのこと、ビックリ箱みたいになんか飛び出せばよかっ……?



(……使えるわね、これ)



 あたしは密かに自身に仕込む仕掛けを思いついた。

 今度、ジッと見つめる子供がいたら試してみよう。



「あー!! 見つめ合ってる!!」

「姉さんの周りに花畑が!」

「恋人―!?」

「わぁ、お兄さん遊ぼう!!」



 この状況に様々な感想を持ち、子供達があたし達を取り囲んだ。

 突っ込みを入れたい内容もあったが、ここは聞き流そう。

 側に来た子供達はドレスを掴んだり、腕に纏わりついたり。そして、フェイスリート様にも子供達がすり寄っていた。


 一瞬、あの冷めた目を子供に向けやしないかと心配がよぎったが、杞憂(きゆう)だった。

 笑顔を振りまく様な事はなかったが、嫌な顔もしていない。

 子供嫌いを公言している状態で、この反応なら文句はなかった。


 ……いや。

 ウソ言いました。あたし。

 本当はにっこり笑ってほしかった。

 なんかこう、ね? 自然に笑みが出るとか、そんな事を期待していたのだが。



(……本当に子供が嫌いなのね……)



 自分にとって子供達は癒し(オアシス)だから、その気持ちは理解できない。

 やっぱり悲しい誤解があるだけだと思う。……というか、思いたかった。



 子供達が遊ぼうとせがんできた。

 こちらとしてもそのつもりなので、ニッコリ笑ってその願いに(こた)える。


 最初はなわとびをして遊んだ。

 人数が多かったので長いロープの端を二人で持って回し、その中にタイミングをみて入り、そして出て行く。

 もちろんあたしとフェイスリート様がロープを持ち、子供達に飛んでもらっていた。


 子供同士なら引っ掛かった時点で持ち手と交代だろうが、あたしたちに交代は必要ない。

 だからずっと回していたのだけど、突然、一人の子があたしと交代すると言いだした。

 すると「僕も!」と、そう言って、別の子がフェイスリート様と交代した。


 

「じゃあ今から何回飛べるか挑戦でーす!」



 持ち手を変わると言いだした、ミリアが言った。



「大人は難易度を上げる為、二人同時に入ってね」



 ええ!? と、あたしは心の中で悲鳴を上げた。

 もちろんフェイスリート様と飛ぶのが嫌な訳じゃなくて、今日のあたしはドレス。それも縁談用の。

 汚れるとかそういった野暮(やぼ)な話じゃなくて、飛べるか心配だったのだ。


 こういっちゃあなんだけど、あたしは結構負けず嫌いの見栄っ張り。

 子供達の前でロープに引っ掛かるわけにはいかないし、かと言って、出来ないなんてもっと言えるわけがない。


「じゃあ、はじめるよー!」と、その声を合図にロープが勢いよく回り始め、あたしとフェイスリート様は一番後ろについた。



「ビアンカ嬢、大丈夫ですか?」



 少し声のトーンを落として語りかけてくるフェイスリート様に、「フェイ、敬語いらない」と、短く返す。すると、彼は「……大丈夫か?」と、律義(りちぎ)に言いなおしてくれた。

 しかしあたしは彼を見る事なく、「二人で入って出るだけでしょ? だから問題ないわ」と返す。今、あたしはロープの動きに集中しており、自身の目は上から下へとロープのみを追いかけていた。


 後ろから小さなため息が聞こえた様な気がした。

 でもそれも気にせず、自分の番が回ってきたと同時にダッシュをしてロープへと飛び込む。


 やると決めたからには、やりきって見せるわ!


 そう思ったのだが。



                       ・

                       ・

                       ・



(た、助けてー!!)



 あれからあたしは見事にロープから出る事が出来なくなっていた。

 ちなみにフェイスリート様はすでにロープから出ていて、飛び続けているのはあたし一人。

 子供たちからは「がんばれ!」とか「早く出てきて!」とか「あと百回!」とか、応援となんだかわからない声があがっていた。


 あたしはドレスの裾を持ち上げなんとか飛び続ける。

 このままじゃあロープに引っ掛かるのは時間の問題で、事実、足はふらふらで。

 もしここでロープに引っ掛かったら同時に転んでしまいそう。



(いやー!! 子供達の前でそんなの!!)



 大人の矜持(きょうじ)……というか、あたし個人的に無理!!

 ロープから出る事も叶わず、かといって転ぶ事も許容できないあたしは追い詰められていた。すると、突然フェイスリート様がロープの中へと戻ってきてしまった。



「フ、フェイ!! 貴方、場所、なる!(貴方が来たら場所が狭くなる)」



 と、息切れ切れに言ったら、「抱き上げるから、手を首に」と、言ってきた。

 足はもう、限界を迎えている。だからあたしは迷わずフェイスリート様にしがみつくように抱きついた。


 フェイスリート様は空中に浮いた瞬間、腕をひざ裏に差し入れあたしを抱き上げる。そして、せまりくるロープを飛び越え、あっさりと外に出た。


 わあっと子供達から歓声があがった。



「あ、ありがとう……フェイ」

「貴女は無茶をしすぎだ」



 あたしをそっと降ろしたフェイスリート様はあっという間に子供達に囲まれてしまった。

 すでに足が疲れ果てていたあたしは、少し離れて木陰に腰かける。

 子供達に囲まれるフェイスリート様は、戸惑ってはいるけれど嫌な顔をしておらず、先程より堅さが取れ、ほんの少しだけど柔らかい表情をしていた。



(これは、なかなかいい感じなんじゃない?)



 図らずとも子供からの人気を得たフェイスリート様。

 あんなに慕われたら、きっと好きになるにちがいない……。


 あたしはフゥと息をつき、木の幹に頭を預けた。

 その仕草に反応を示してくれる人はいない。



 そう。今あたしは一人ぽっち。



 みんなフェイスリート様に夢中で、あたしのところには来てくれないのだ。


 …………いいんだもん。別に寂しくないんだからねっ!

 目の端にウルリと塩水が出てきたが、これは涙じゃないもんね。


 ……と、まあ、あたしがボッチに浸っていると、「ビアンカ様」と、声がかかった。







お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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