表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

5.人の話を聞け!


少し長めです(^_^;)

 





 お互いの話し方を確認した後は沈黙だけが流れた。

 そういった空間は時の流れが遅く感じるものだけど、それを除いてもスザンヌ先生の帰りは遅い。

 ……となると。思い浮かぶ事はひとつ。



(またあの子たちスザンヌ先生を捕まえてるのね)



 あたしは恐らく今起こっているだろう事を思い浮かべた。



 トレイに紅茶を乗せて運ぼうとしているスザンヌ先生。

 それを取り囲むようにしてやんちゃをするあの子達。


『こら! まだリサ先生の授業中でしょ? 早く教室に戻りなさい!』

『やーだよー! 先生こそ紅茶なんて入れて、お菓子でも食べるの?』

『まあ! お菓子を食べる時はみんな一緒よ』

『なら、お客さんだ!! 見に行くぞー!!』

『おー!!』

『こら! まちなさーい!!』


           ・

           ・

           ・



「…………やばいわ」


 あたしは危機感を覚えた。

 子供嫌いなフェイスリート様の相手に、あの子たちが初めてではハードルが高すぎる。

 最初はもっと、こう、素直な子達から徐々に……


 って、悠長に考えている場合じゃない!



「フェイス……じゃない。フェイ、逃げよう!!」

「? は?」

「説明している時間はないわ! とにかく早く!!」



 あたしは怪訝(けげん)な表情を浮かべるフェイスリート様の手を取り、辺りを見回す。

 部屋の扉は当然一つ。でも、ここからあの子たちが来る。

 となれば。



「こっちです!!」

「……って! 窓ですよ!!」

「かまいません!」



 あたしは腰かけていたイスを掴み窓際へと寄せた後、窓を開け放つ。そしてドレスの裾を軽くあげ、イスに飛び乗る。



「……っ!! なんて事を!!」



 フェイスリート様が声を上げるが、事は一刻を争う。

 あたしはそのまま窓枠を踏みつけ、ひらりと中庭に飛び降りる。



「フェイ!! 早く!」



 フェイスリート様が驚いた顔をしている。

 でもそんな事に構ってはいられないので、「早く!」と急かすと、観念して窓から飛び出してきた。

 意外と身のこなしは軽く、一瞬目を奪われる。しかし、今は呑気に見惚れている場合ではない。



「さあ、こっちよ!!」



 あたしは再びフェイスリート様の手を取り走る。

 中庭を横断するように走り抜け、今居た場所とちょうど反対側の建物に入る。

 そして左右を確認し、誰もいない事を見届けると窓よりも姿勢を低くして座り込んだ。



「………ビアンカ嬢」

「とりあえず、ここに隠れて……ああ! ここだと、リサ先生に……」

「……あの」

「いやいや、待って。このまま時間を……」

「話を……」

「ちょっと待って! 今忙しい!!」

「…………」



 あたしはフル回転で正解ルートをはじき出す。


(あの子たちは真っすぐスザンヌ先生の部屋に来て、誰もいない時点で首を傾げる。……で、窓を見て……)



「ああっ!!」

「どうしました!?」

「窓閉めるの忘れたぁっ!!」

「…………ホントに話が見えないんですが」



 頭を抱えたあたしに呆れ声が振りかかり、ようやく我に返った。



「すみません! フェイスリート様!!」

「名前……」

「すいません! フェイ!!」

「…………とにかく、説明してくださいビアンカ嬢」



 あたしはとりあえず、ある人(・・・)から逃げている事を簡潔に説明する。もちろん、その人物がやんちゃ坊主であるという事は伏せつつ。

 すると、フェイスリート様が「……大体読めてきました」と言った。



「ほ、ほんと?」

「ええ。でも一応聞いておこうと思います」



 フェイスリート様が目をすぅっと細めた。

 蒼い瞳は一層暗くなり、一切の感情を排した表情を浮かべる。

 そして「貴女は、私をどこに連れて来たんだ?」と、言葉を発した。


 心が凍ってしまうような冷たい視線は呼吸を奪う。

 息を呑み、その視線に晒されながらも、あたしはフェイスリート様を見つめた。


 ……と。その時。



「「「みつけたー!!!」」」



 可愛らしい声が重なって聞こえた。

 慌てて振り返ると廊下の曲がり角からぴょこんっと、頭が三つ顔を出していた。


 やばい! もう気付いた!!

 子供の学習力はすごいな! あたしが窓を使う事なんてもう解っていたんだ!


 姿を見られてしまったら逃亡確率がぐっと下がってしまう。

 それに子供達は足が早いので、ドレスのあたしが逃げるのは結構大変。

 でも、当然諦めたりはしない。



「ウォルト! ハンス! ビクトール! あたし達を捕まえてみなさい!」



 (あお)るように子供達の名前を呼び、フェイスリート様を振り返る。

 しかし彼は口をキュッと引き結び、視線は子供達と逆方向を見ていた。



「……フェイ! 行こう!!」

「貴女一人でいけばいいでしょう」

「どうして!」

「私には関係ない」

「そんな!」



 フェイスリート様はこちらを見てはくれない。

 それどころか立ち上がってくれる気配も無く、腕を掴んでみても全く反応を示さない。そのせいか片腕を持ち上げただけなのに、その腕はやけに重かった。



「フェイ!!」

「関係ないと言っているだろ!!」



 いきなり強い口調で言われてビクッと震えた。

 怯えたとかそういう事じゃなくて条件反射。

 でも、フェイスリート様はそうは思わなかったようで、「すまない……」と、謝ってくれた。


 お互いの間に気まずい空気が流れる。しかし。



「「「ビアンカ捕まえたっ!!」」」



 と、三人の声が聞こえ、その空気を吹き飛ばした。



「なんだ。あっけないぞ、ビアンカ。折角、先回りしといたのに」

「そうだぞ、ビアンカ。これじゃあ、つまらないじゃないか」

「それとも、今日はドレスだから逃げられないっていい訳するの? 大人なのに?」



 三人はあたしを見上げるように囲み、口々に言いたい事を言い放っている。

 そして、あたしの後ろにいたフェイスリート様に気が付いた。



「うわ!! ビアンカが男連れだ!!」

「あ、ありえない!! ビアンカと一緒にいるのは、ジェイスとトーマとカインと……!」

「……明日は、雨ですかね?」



 ヒドイ言われようだ。

 この子たちからの評価はこんなもんなんだな……。

 ちょっとウルっときたよ。


 ちなみに、ジェイスは父様、トーマは弟、カインは庭師である。



「ねえ、おじさん! ビアンカの恋人なの?」

「ビアンカはお転婆だから、大変だよ。おじさん!!」

「……この間はドレスのまま池に落ちましたね」


「ちょっと!! 何言ってるの!! ウォルト!!

あと、ハンス!! なにあたしの保護者面してんのよ!

そして、ビクトール!! なにこっそりバラしてんのよ!! 内緒って言ったじゃない!」


「そ・れ・に!! 

初めて会う方に名前も名乗らず、あまつさえは『おじさん』呼ばわりするなんて!」


 あたしが言い返すと三人はお互いの顔を見合わせニッと笑った。



「「「じゃあ紹介してよ、ビアンカ」」」



 息を揃えたようにやんちゃ三人組み ―― もとい、三兄弟 ―― は言った。

 三人は全く似ていないが、こういう瞬間に兄弟だなって思う。



「えっと、この人は……って、フェイ!!」



 やんちゃ三人組に言われるままフェイスリート様を紹介しようとしたら、なんと! 彼は元来た道をスタスタ歩いているではないか。



(い、いつのまに!!)



 あたしは慌ててフェイスリート様を追いかけた。

 背後から「振られてるー!」「しょうがねーなービアンカ」「ビアンカにはおじさんは無理ですね」などと、突っ込みたいようなコメントが寄せられているが、まずはフェイスリート様を止めるが先決。



「フェイ!! 待って!!」



 声をかけ腕を掴むと、フェイスリート様があたしを見下ろすように視線を向ける。

 ヒヤリ。と、寒くないはずなのに背筋が冷たかった。


 これは……嫌悪だ。

 ありったけの嫌悪感を向けられている。それがはっきりと分かった。



「どうして……そんなに拒絶されるのですか?」



 あたしが嫌われるのはいい。でも、どうしても子供達を好きになって欲しかった。



「貴女には関係ないと言ったはずです」



 同じ事を言われた先程は、『お見合中なのに!』と、言って食い下がったが、もうお断りが決まっているあたしには全くその通り。だから、あたしには返す言葉がなかった。

 無理やり連れて来て、子供好きにさせようという事自体が無謀だったのかもしれない。

 そう考えれば、あたしにフェイスリート様を引き止める力など……


 目の前が少しぼやけた。


 景色が輪郭(りんかく)を失い、ゆらゆらと視界を(にじ)ませる。

 ああ、ダメダメ。それは、反則だから。絶対にこぼしちゃダメ。



「「「 待って!!!」」」



 ハモッた声が後ろから聞こえた。

 振り返ると三人が中庭へなだれ込んで来るではないか。



「おれ……僕はウォルト。さっきは冷やかしてごめんなさい」

「ごめんなさい、おじさんなんて言って……僕、ハンスって言います」

「ビクトールです。 怒らせたなら謝ります。ごめんなさい、お兄さん」



 あたしは静かに目を閉じた。

 三人ともちゃんとわかってる。

 自分が悪いと思ったなら、きちんと謝る。それは簡単そうに見えて、とても難しい。



(やっぱり、みんないい子……!!)



 改めて感動し、また視界が滲みかける。

 困った涙腺(るいせん)(かつ)を入れるように、皆から見えないところを(つね)ってみる。

 しかし滲んだ視界は元には戻らず、視線を上に向けなんとか誤魔化そうと頑張ってみた。しかし。



「「「 あー!! ビアンカが泣いてる!!」」」

「やだ! 泣いてなんか!!」



 子供たちの洞察力は鋭い。

 もっと涙を散らす良い方法を考えておかないと、からかわれてしまう……って、そもそも、まだ流れてないからセーフでしょう!



「涙もろいな、ビアンカ! 歳だな」

「俺達がいい子すぎて感動した?」

「まあ、そうでしょう。僕らほどいい子なんてここにいませんからね」



 さっきまでのしおらしさはどこへやら。

 口々に言いたい事を言う、減らず口はあっさりと復活していた。



「ア・ン・タ・達!! いい加減にしなさい! 大人をからかうんじゃありません!!」


「え? 大人ってどこ?」

「ビアンカは俺達と一緒だろ?」

「まあ、ドレスで池に落ちる大人はいませんね」



 三人は顔を見合わせ笑った。

 くぅー!! このクソがき!!

 あたしの感動を返せ!!


 あたしが三人に向かって口を開こうとしたら「……ふっ」と、三人の声と違う声が聞こえた。

 驚いて顔を上げるとフェイスリート様が口元を押さえて笑っているではないか。

 声を押し殺してはいたけど、確かに笑っている!



「フェイ……!!」



 あたしは嬉しくなってフェイスリート様の手を握った。

 すると彼はハッと気付いたようにあたしを見て、顔を背けるようにして視線を逸らす。

 その様子は秘密にしていた事がばれてしまった子供のようだった。



「……フェイ、今日一日あたしに付き合ってくれませんか?」



 あたしは勇気を出して言ってみる。

 少しでも笑ってくれたフェイスリート様を見たら、やっぱり諦めきれなかった。


 『子供好きにする』


 そこまではいかなくても、きっと『大嫌い』からは抜け出せると確信したから。


 フェイスリート様がゆっくりと視線を戻してくれる。

 その表情は先程までの無表情ではなく、少し迷惑そうな顔だったけれど、あたしはじっと彼を見つめた。

 まるで懇願(こんがん)するように見つめ返すあたしに、フェイスリート様が溜息をつく。



「……今日一日だけですよ」



 ポツリとつぶやかれた言葉に嬉しくなって、あたしは「はい!」と満面の笑みで返事をした。








お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

一話の文書量が安定しなくてごめんなさい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ