1.合言葉はうそぴょん
あたしは今日という日をとてもとても楽しみにしていた。
父様にお願いして、やっとの思いでこぎつけた縁談話。
ちょっと幼い顔立ちと元気な笑顔がチャームポイントの彼は子爵家の二男坊。
そしてあたしは男爵家の長女。
格下である男爵家からの縁談を受けてもらえたのは、きっと父様ががんばってくれたに違いない。
あたしはそんな父様に最大限の感謝をし、フェイリスート様との縁談をがんばります――――
…………の、ハズだった。
「フェイスリート様、この度は我が娘の為にお時間をいただき誠にありがとうございます」
「……いや、構わない」
あたしは我が目を疑った。
今日は父様にお願いして、可愛い彼との縁談になっていたハズだ。
なのに、なのに……一体どうして!?
父様が挨拶をし、返事をしたのは眼鏡と髭がそれなりに似合う男性。
暗めの茶色の髪に、少し影を落としたような蒼い瞳。
最初見た時はフェイリスート様の新しい執事かと思ったのだけど(お屋敷で見かけた事なかったから)、何故かこの男はあたしの正面に座ろうとしている。
まさか執事が席を間違えるなんてありえない。
そう、ありえない。けれど。
今日の相手はお茶目なフェイリスート様。
まず執事に着席させてから、驚かせるつもり……なのだろうか?
そう考えると状況に合点がいった。
そして、今すぐ突っ込むのも簡単だ。でも、それでは面白くない――――。
ここはひとつフェイリスート様のお遊びに付き合おうではないか。
きっとこのままあたしが突っ込まなければ痺れを切らして出てきてくれるに違いない。
そしたら、そこからが本番。
ありったけのお姉さん力で、フェイリスート様をメロメロにしてやるんだから。
こうして、あたし――ビアンカ=ダンスールの縁談は幕を開けた。
「ええっと、初めまして。わたくしビアンカと申します」
とりあえずフェイリスート様が出てくるまでお見合いらしい事をしなくては。
そう思って、とりあえず簡単に名乗ってみると、「……初めまして、私はフェイスリートと申します」と、返してきたではないか。
主人の名を名乗るなんていい度胸ね。この新人執事(仮)。
ああでも、二人の縁談なんだから彼が本名を名乗っても意味がないって思ったのかな?
しかし、この先の事を考えると教えてくれてもいいのに。
そんな事を考えつつも、あたしは愛しのフェイリスート様がどこから飛び出してくるのか辺りを見回した。
(あの観葉植物の後ろからかしら?)
目に留まったのはレンガを長方形型に囲んで作ってある大型プランターだった。
高さもあたしの膝より高そうだし、結構な勢いで植物が生い茂っている。
小柄なフェイリスート様が隠れるには丁度良さそうだった。
(……となれば、あまり見ない方がいいわね)
飛び出した瞬間を見てしまったら、きっとフェイリスート様はがっかりする。
あたしは「イタズラ成功!」とばかりに、笑って飛び出してくる彼を「もう!」と、微笑みながら怒るのだから。
「…………何がおかしいのですか?」
いきなり声をかけられ目の前に意識を戻すと、新人執事(仮)が怪訝な顔つきでこちらを見ていた。
あら、やだ。顔がニヤけていたみたい……でも、そんな怖い顔しなくてもいいじゃない?
未来の女主人に向かって……なんてね。
当然あたしは、こんな事で怒るような器の小さい女じゃない。
「気を悪くされたらごめんなさい。これからの事を考えると、つい嬉しくって」
あたしはそう言って笑みを浮かべる。
すると、新人執事(仮)は少し顔を赤らめて顔を横に向けた。
ふふっ。
これで寛容力のあるところを少しは見せられたかしら?
「貴女は珍しい……ご令嬢ですね。このような縁談を望んでおられたなんて」
「あら? そうかしら? 私はお慕いしておりました殿方にこの様な機会を与えていただいて、とてもうれしく思っておりますのよ」
「…………お慕い……ですか」
「ええ。そうですわ」
新人執事(仮)ったら、いきなり核心に近づいてくるじゃない。
そろそろ本物と入れ替わるってことかしら?
となれば、さっき目を付けた観葉植物の裏が気になる。
でも、見てはだめ。
あたしは見たい誘惑と自分の作戦との間で葛藤した。
物陰からこちらを窺う姿なんて想像したら、もう愛らしくてしょうがない。
でも、あたしが気づいている事がバレたらいけない。すべてはフェイリスート様が飛び出してから。
「お話し中、失礼致します。フェイスリート様」
音もなく近づいてきていたのは一人の男性。
灰色の落ち着いた髪にシックなダークスーツ。
頭のてっぺんから靴先までビシッと整えられているその姿は、ザ・執事だった。
「どうした、ファゼル?」
「はい、こちらを……」
ファゼルと呼ばれた執事風の男性(紛らわしいので、ザ・執事と呼ぼう)は、新人執事(仮)に恭しくメモを渡した。
そして、新人執事(仮)はというと、受け取ったメモに視線を走らせ、フッと息をつく。
「……返事は少し後にする。それまでに関連資料を用意しておくように」
「はい。フェイスリート様」
見た目は執事同士の会話。
でも、会話の内容だけを聞くと二人は主人と執事だった。
(…………おかしい、わ)
あたしは違和感を覚えた。
いや、正確にはこのやり取りに違和感を覚えなかったのだ。
だから、あたしは急激に冷めた気持ちになった。
今、目の前にいるのは本当に新人執事(仮)なのだろうかと。
いや、彼の役職なんてどうでもいい。
彼が、フェイリスート様のお遊びにかりだされている屋敷の者なのかどうか。
あたしはチラリと例の観葉植物へ視線を向ける。
植物の葉は揺れる事もなく、そこから誰かが飛び出してくる気配もない。
お遊び……にしては、登場が遅すぎやしないだろうか?
あたしは核心に迫るべく、ある言葉を放つ。
「あの……『うそぴょん!』だったりします?」
「はい?」
「あ、いえ、な、なんでもないです……」
素で「はい?」と、言われ、恥ずかしくなる。しかしそれよりも、この解答で重大な事が決定づけられた。
(フェイリスート様の執事なのに彼の口癖を知らない……)
たとえこの執事が新人だとしても、あの悪戯好きなフェイリスート様の事だ、必ず一回ぐらいは「うそぴょん!」って、遊んでいるハズ。
だから、この反応はありえなかった。
あたしは冷や汗が伝うのを感じる。
そして、脳裏に浮かぶのは「この人は一体、誰?」という疑問だけだった。
お読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)
かるーい感じに仕上がっているハズ?ですので、お暇がありましたらまたお願いいたします<(_ _)>ペコリ




