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敗因は彼女が圧倒的に馬鹿であったからである。

作者: 粗挽きがごめ昆布(函館産)

お、始まるかな?というところで終わります。

そもそも、私が階段から滑って転げ落ちなければ良かった話である。


そもそも、私が階段で足を滑らせ頭を何度も強打しながら転がり落ちてそのまま息絶えなければ良かった話である。




――などと。

取り返しの付かなところまで過ぎた話を並べるのも私の自由であるが、そんな話を並べたところで間抜けな鈴木縁(すずきゆかり)が階段で足を滑らせ頭を何度も強打しながら階段を転がり落ちてそのままお亡くなりあそばされたという現実がどうにかなるわけではない。そんなことは、分かっている。


どうにかなるのであれば、地縛霊や怨霊といった概念はないだろう。どうにかなるのであれば、今頃それらの多くは恨み辛みに身を焦がすことなくさっさと第二の人生を謳歌しているはずだ。それでも、どうにかなるものではないと分かっていても。恨みと辛みと後悔と−−客観視すれば不毛だと思える言葉ほど並べたくなるのが人間の悲しい性である。人間、それほどポジティブには出来ていないものだ。




鈴木縁はその平凡な見た目に沿うように、誰かを庇って死んだなんて小説のような死因を選べるほど決してドラマチックな人生を送ることはなかった。事実だ。だが、それこそどこにでも転がっているような平々凡々とした人生の締めとしては些か突拍子もないコント芸のような行動を以ってその一生に幕を下ろした。これも事実だ。


一つ訂正をするとすれば――"頭を何度も強打した"と述べたな。あれは嘘だ。いや、いや、嘘というか……実際は、階段から落ちて頭を打った一度目の衝撃までは覚えているけれど、その後何度も打ったに違いないと想像するに容易い殴打の数々は記憶にはないのである。「あの流れはきっとそうだろう!」という私の中のドラマチックが囁いていたものだからペロッと口にしてしまった。だが、あながち間違いではないはずだ。


一度目の衝撃が強すぎて意識がそのまま吹っ飛んだのだという推測は、それこそドラマチックに、あの時階段で転がる私を救うべくヒーローが現れでもしなかった限り外れてはいないだろう。もし現れたのならばその時まで意識を保てなかった己が憎らしくて絞め殺してしまいたくもなるが、もう死んでいるのでこれ以上殺しようがない。横たわった私が鼻をほじりながらアホ面で「はい論破」と言っている光景が脳内で再生されたのでやっぱり野郎ぶっ殺してやりたい。駄目だ死んでた……。


嗚呼、と世を儚んだところで私の存在の方が余程儚いわボケェと世に対して喧嘩を売るという謎展開を迎えたところで、神様が私を愛しすぎたのか頭を憐れんだのか「五月蠅いからもうどっか行ってよ」と厄介払いをしたかったのかはさておき。



「私もさ、ちょっと夢見ちゃったのよ。」



物語でよくある目が覚めたら異世界で、赤ん坊で、記憶がお金みたいに繰り越しされて世渡りイージーモードの展開とかさ。俺TUEEEEEっていうの?チートっていうの?……まぁ何でも良いんだけれどさ。そんな感じでドラマチック求めちゃったからかな。それとも神様が私を嫌いすぎたのかな。やっぱり厄介払いだったのかな。私が頭を打った次の瞬間――――ベッドの上で目が覚めたなんて素敵な話は待っていなかった。







次の瞬間、私は私( ・ ・ ・ )ではな( ・ ・ ・ )くなっ( ・ ・ ・ )ていた( ・ ・ ・ )。何を言っているのか分からないだろう。私にも分からない。いや、分かりたくないという方が正しいのかもしれない。何せ、ドリフも真っ青な階段落ちを披露した時の周囲の反応も自分が死んだという確証――落ちた瞬間に「あ、死んだわ」という自分の抱いた感想しか覚えがない――も分からぬままに、得られぬままに。


――――目が覚めたその瞬間、私は鈴木縁ではなく桐谷友梨香(きりたにゆりか)としてシャープペンシルを握りしめて呑気に黒板を眺めていたのだから。


私が友梨香になってしまった、というとまるで友梨香の体を乗っ取ってしまったようになる。そうすると、乗っ取られた友梨香の存在を思うと何とも後味が悪い。私が友梨香を乗っ取ってしまった。端的にいえばそうなのかもしれないが、どちらかというと友梨香と融合してしまったという方が正しいのかもしれない。脳内に常に二つの意思を感じる。私の意思と、もう一つ。明確に分かれているわけではなくて、まるでよくある天使と悪魔のようなイメージで。それでも確かに私は友梨香の存在を感じるのだ。

瞬きを繰り返しても、例えば階段から落ちた痛みが体を襲うわけでも横倒しになった世界が戻ってくるわけではなかった。瞬きを繰り返しても、教師らしい女性が握るチョークが黒板の上でカツカツと音を立てながら文字を生んでいくだけ。


頭おかしいだろってさ、私もそう思う。

だけれど――晴天の霹靂、とでも言うように頭を打った時の白んだ思考が行き成り晴れて、突然二人分に増えていた記憶の存在を説明しようとするとそれが一番私の中でしっくりきたのも確か。元から頭がおかしかったと言われてしまえば、どうしようもないのだけれど。妄想っぽいだろし、夢でも見ているのかもしれない。明晰夢ってやつ。でも、妄想にしては嫌に現実的だし、夢にしては長すぎる。ちっとも覚めないものだから、これが本当に夢だった場合現実世界の私があのまま生死を彷徨い続けているのかもしれないと考えると、途端に息苦しくなるこの体が本当に夢の中でみ動く私の媒体なら夢の精度半端じゃないなって思う。





「ここ、テストに出すわよ」





そんな教師の言葉に、思わず黒板を睨みつけ咄嗟にノートを取る。ふふふ私ったら学生の鑑ねふふふと自分を褒めてから泣きたくなった。綺麗な字なのに汚いという斬新なノートを見下ろして、新しいページに書き始めた私の英断を誰か褒めるべき。カラフルにすれば見やすいと思ったら間違いである、を見事に表しているノートを見返しながら先生の話からポイントになるだろう言葉を書き留めていく。擦り切れそうな蛍光ピンクで書かれたポイントという文字の下に蛍光オレンジで書かれた内容などは頭に入るどころか拒否反応が出た。





「(何をどうしたらこんな色に……)」




「(可愛いじゃない?)」




「(はぁ?ノートは後で勉強する時に見直せるように分かりやすくするものであって別にデコレーションを競い合うもんじゃないし、それともあれですかノート可愛い選手権にでも出すつもりなんですかそんなものがこの世にあるんで…………は?)」




「(え?)」





内心ぶつくさ文句を垂れていた。そしたら囁き声で茶々が入ったから文句を返した。囁き声の主がどうにも近すぎて隣の席とか前後の席とかいうレベルじゃなくてとりあえず右隣を見たら透明感溢れる――というよりも体が透けている――女の子が居ました。今ここです。


私が友梨香の体を乗っ取ってしまったといえばそうなのかもしれないが、どちらかというと友梨香と融合してしまったという方が正しいのかもしれない。と言ったな。あれは嘘だ。いや、嘘というか私が融合したと結論付けたところで、融合したと思い込んでいたものが何か隣でふわっと浮いていたというか……。


どちらかというと私が友梨香に入ったことで友梨香がポンッとはじき出されて浮遊霊状態になってしまったっぽいよ――というふわっとしたものが、原理は良く分かっていないらしい友梨香の考えなのだが。正しいかどうかは私に任せるというおいお前そんなんで良いのかと私が心配になるような緩い話を彼女は私に話して聞かせた。




「(ていうか友梨香それ、ロケット鉛筆じゃん……)」



「(やめてよ……)」



「(あ、ごめ……)」



「(100円くらいで買えない奴にして)」



「(そこかよ)」




全く訳が分からないが事実は小説よりも奇なりという言葉が頭を過ぎる。奇なり過ぎて正直ご遠慮した限りだが、引き取ってくれる相手が見つかりそうもないのだから唾と一緒に飲み込むしかない。着払いの荷物を受け取って判子を押した気分だ。判子だけ持って判子を押して受け取るだけの心積もりで玄関に行ったのに、開けてみれば「え、財布要るんですか?」というあの感じも込みで頼む。友梨香の本当かどうかも分からない話を聞いていると、脳内に世にも奇妙な物語のテーマソングが流れてきた。



……友梨香の話をまとめると、だ。

一昨日、鳶職の格好をした中年男性が行き倒れていたところを助けたらしい。どう助けたかと言うと、両腕を掴んで引き摺る様に背負って家に連れ帰り飯を食わせたのだと言う。親はどうしたのかと聞くと、男を背負って連れ帰った娘を見て「熊仕留めた猟師じゃないんだから」と母親が諌めたらしい。怒られちゃったと肩を竦めるが、諌める所が違うと私は言いたい。


その中年男性は目が覚めてすぐ大飯をかっ食らったかと思うと「助けてくれた恩を返したい」とまるで鶴が化けた娘の様にしおらしく頭を下げたという。そんなおっさんに向かってこの世の女神か生き仏かとたたえたくなるような慈愛の心を持ち合わせた友梨香が「そのようなことは望んでいない」と言うと、まるで湖の女神のようなことを言いながら感涙に伏した中年男性は胸を叩いて「私は神だ、何でもできる」と宣ったらしい。そいつは危ないから逃げろとその時の友梨香に言いたいところだが、良い子なのか天然なのか馬鹿なのか友梨香は「日常にちょっとしたスパイスを下さい」と興奮気味に立ち上がったらしい。よしきた任せろ、と神様(自称)が友梨香の両肩を叩いた二日後の今日





「((スパイス)がきましたってか!?)」



「(きたね、超半端ないのが!!)」



「(馬鹿?馬鹿なの!?いや、あんた馬鹿だよ!!)」





圧倒的馬鹿だよ!!


己の声が己の中でエコーする感覚。

己が友梨香に加味された理由が意味不明すぎて頭が死にそうです助けてください。待って神様、待って。「下さい」と言われて「はいどうぞ」と差し出される程度の重さですか、私の存在。悲しいわ。そもそも神様、スパイスの定義おかしくないか。やり口が神様と言うよりも邪に感じるし、姿が鳶職の中年男性というのも納得がいかない。もっと神々しいものを想像していたから夢を壊された気分だ。熱心に信仰していたわけでもないけれど、いっそ宗旨替えしてやろうか。くたびれたおっさんなんか私信仰できない、と漏らしたところ友梨香から「ゴリゴリのマッチョだったよ」と茶々が入る。ああ、うん、そっか……ゴリゴリのマッチョも信仰できるかと言われたら……できないかな。




「(ていうかあんたさ、スパイスどころか体から追い出されてるじゃん。いいの?)」



「(いいよ?)」



「(いいんだ……)」




友梨香の理解できないところを私の中で増やしていく。ひっくり返したおもちゃ箱状態の記憶から友梨香の生年月日を知り、ハッとして指折り数えた――鈴木縁の二十三年間と、桐谷友梨香の十四年間。合わせるとアラフォーである。合わせないことにした。友梨香の目が「何?今何考えたの?」と言っているが絶対に教えてたまるか。落ち着いて頭を整理してみると不思議な気分になる。友梨香は確かにそこにいるのに、友梨香の記憶が自分の中にもあるのだ。かといって私の記憶が友梨香の中にあるわけではないようで、「ずるい」と口を尖らせた彼女は腕組してそっぽを向いている。だが、横目でチラチラこちらを見ているのが丸分かりでちょっと笑ってしまった。


自分が経験したことのないことをまるで経験してきたように思えて、それこそ――まるで私がずっと友梨香であったような気までしてくるが、今まで己は確かに縁であったのだ。そこを間違えてしまえば私の人生が消えてしまう気がして怖い。でも、私って何だろう。縁でもあって、友梨香でもある。私って、何だろう――――。




「(私たちっていわゆる『ウンメーキョウドウタイ』ってことになるのかな!?)」



「(……ああ、そうかも)」




暗くなる思考に飛び込んでくる友梨香の声に掬いとられる。正しくは運命共同体、だと訂正をしておくが「ウンメェキョードンタイ」に進化したので運命共同体への道程は長い。


友梨香と縁が足されて今生まれたばかりの私は、やはり赤ん坊らしく頭でっかちだ。縁の経験と友梨香の経験が掛け合わされて、どちらかが経験していればそれが可能になる。例えるならば、写真を眺めたり動画を見るだけでその通り出来てしまうという鈴木縁の感覚から述べると「ぶっ飛んだ」スキルを得られたようなものだし、それを今実践して見せろ、と言われればできるような気がする。だが、記憶が整理しきれずに頭が重い今の段階では"頭では分かっているが体がついていかない"という事態に陥ってしまう可能性も捨てきれず、安易な挑戦は控えるべきだろう。


鈴木縁が未経験で「無理無理できない!」と言うがが、桐谷友梨香が経験済なので「大丈夫出来るよ!」と言う。友梨香の意識――は隣で浮いている状態なので――が私の意識と同居しているわけではないが、やはり最初の様に友梨香の価値観などが縁の価値観と時折反発しあって、まるで人がよく頭に浮かべる"天使と悪魔"状態になっているのだ。鈴木縁の指先は不器用極まりなかったが、桐谷友梨香の指先はそれなりに器用である。多少は精神と肉体の齟齬が生じもたついてしまうかもしれないが、不思議と「絶対出来ない」とは思えない。私は桐谷友梨香のできることを少しずつなぞることにした。







**********







私が友梨香に慣れ出すにつれて、友梨香の交友関係の広さに度肝を抜かれた。縁の出不精が極端だったと言われてはぐうの音も出ないが、それにしても同じクラスだけではなく歩く度に誰かしらが声をかけてくるというのは凄いことなのではないだろうかと縁の感覚が心臓のあたりを抑えて苦しそうにしている。ビビリは辛いらしい。友梨香は「分からないでもないけれど」と笑っていた。


友梨香の頭は出来が良くもなかったが悪くもなかった。そこも良かったのかもしれない。少し自分の頭の良さを鼻にかけるようなタイプの人間には緩く下手に出ていたようで、縁が忌避しそうなタイプに見える人からも度々声をかけられた。数人のそういうグループに呼び止められて囲まれて「勉強はしているのか」「どうせお前のことだから碌にしていないのではないか」「また散々な点数をとるのではないか」と言われた時には変なプライドばかりが高い縁の部分が苛立ちを感じたが、その後どうやら授業とは別に作ったらしいノートを押し付けるように渡された時には縁が鳩が豆鉄砲を食らったようになっていた。いかにも高慢ちきな態度ばかりをとるのに何なのだ、と動揺に目を泳がすも拗ねたように口を尖らせた縁を友梨香が宥めすかし、おかしそうに笑った友梨香が指した彼らの耳は良く見れば少し赤らんでいた。思い返せば照れ隠しのような行動も見受けられたと、見た目で判断していたと縁が己の態度を省みたところで、友梨香が嬉しそうに笑う――――友梨香が相手と交流を持った理由を垣間見た気がした。しかし、「お前の為じゃないから」と言う人間が本当にいるとは思わなかった。ここは二次元か。


ノートを開くと、出題部位のポイントが赤い四角で覆われていたり例題がいくつか載せられていたりと、それが大変分かり易い対策ノートであることが知れる。蛍光色に目をやられた友梨香の劇物とは正反対だ。




「(失礼ね)」




私の思考を読んだらしい友梨香がプリプリと文句を言うが、それを無視してノートをパラパラと捲ってくと、終わりに小さく書かれた文字に目が止まる。何故だかそこだけ擦れているので見難いが「分からなければ聞きに来るように」と書いてあるようだ。縁が「教科書を見れば分かるじゃない」と言った横で友梨香が言った言葉に縁が倒れる。





「(会いに来てって言っているのよ)」





やっぱり二次元か。








**********







――――それから、それから。

大分スキップしてお伝えするが、ツンデレハンター友梨香と出不精縁の共同生活は存外上手くいっていた。縁のネガティブを優しく母のようなおおらかさ――と一応褒め称えておくが、実際何も考えていないことが多かった――で友梨香が補っていたのだ。友梨香の頭の悪いところは縁がカバー出来た部分もあったが、一部逆に引っ張ることで「これはダメかもしれない」と駄目なフラグ建築が進んでしまった。だが、そこで頑張るのが友梨香の射止めたツンデレ達である。彼らが縁の想定以上に秀才ばかりであったがために友梨香はどうにかこうにか留年もせず、卒業を迎える運びとなったのだ。


受験に関しては、余裕だと推された滑り止めに落ちて、引っかかれば儲けものだと笑われた本命に受かるという周りを唖然とさせることをやってのけたが「それもまぁ、良い思い出である」と友梨香が言うので、縁は何も言わない。何だかんだと、毎日が新鮮で楽しかった。秀才がどうにか各自一緒の学校に友梨香を連れて行こうと頑張った――激しいアピールに縁がドン引きした――が、頑張り虚しく友梨香はその誰もが行かない学校への進学を決めたのである。


新しい制服に身を包んだら、ちょっとテンションがあがった。腐っても私も女であると思いつつ、縁へのサービスのつもりで鏡の前で一回転してみせれば、彼女はニィ~と口を緩ませて笑った。最近分かったことだが、友梨香は凄く嬉しい時にこんな顔をする。テンションが高いうちについでに、と母親の前でも同じ仕草をして見せれば、母親は感極まったように熱い抱擁をくれた。




「(お母さん超可愛い)」




「(はいはい)」




友梨香の母親を完全に萌えキャラか何かと勘違いしている節がある縁の言葉に、友梨香が呆れた声を出す。通りかかった兄は何も言わなかったが、足を暫く止めて私を見つめていたことに気づいた。だが、目があった母親に素晴らしく可愛いウィンクを貰い「くそかわ……!」と悶えたために兄の存在をシャットアウトすることになった。友梨香が「やれやれ」と肩をすくめて首を横に振る。ソファに座ってコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた父親が顔をあげて私を見たことには残念ながら誰も気づくことがなかった。





両親と共に向かった駅で切符を買う。縁にして友梨香にしても人生で初めての体験、というわけではないのに何故だか妙にドキドキした。一時間に一本、というほどではないがそれでも都心と比べてしまえば少ないだろう本数が載る時刻表を見て縁がそわそわと体を揺らした。アナウンスと共にホームに入ってくる電車の古めかしさに縁が興奮に足をパタパタ動かしたところで、友梨香から落ち着くようにと諭される。「そんなに電車が好きなの?」と微笑ましそうな笑い声に恥ずかしくなって俯いた私を見て、母親が早く乗りましょうと背中に手を当てて促した。


電車に乗って揺られる町並みは目新しく思わずまじまじと見てしまう。目的の駅を知らせるアナウンスに出入り口の方へと体を寄せ、停車駅で降りれば同じ制服を着た生徒をちらほら見かけて何だか嬉しくなる。目に新しい道を歩き、目に新しい校舎を前に深呼吸をする。新入生はこちらという案内に従えば、上級生と思われる生徒に「入学おめでとう」と声をかけられ胸ポケットに花を刺される。それにお礼を述べて案内通りに体育館に足を踏み入れれば、すぐに寄ってきた先生らしき人に自由に座って良いからと並ぶ席を指さされる。それにまたお礼を述べてちらほらと座る人の隣に腰掛けて式が始まるのを待った。校長先生の、来賓の、新入生代表の、在校生の、挨拶。有り触れた式典が終わりぞろぞろと移動を始める。前日に郵便で来た封筒を取り出して、中身の書類を確認する。"一年三組"と印字された部分を指でなぞり、誘導する声に倣い足を動かした。目に新しい教室の前で、扉に貼られたプリントで席を確認する。廊下側二列目の四番目。良いとも悪いとも言えない微妙な席だと縁は思った。そして、恒例行事だろう自己紹介と言うイベントにて私は、大変誠に遺憾ながら








「初めまして、百合川真璃絵(ゆりかわまりえ)です!」










――この世界が、乙女ゲームの世界であることを知ったのである。







最後までありがとうございます。

頭にポンッと出た縁と友梨香のやり取りをどうしても書きたくて書きました。続きません。続くときはまた短編になるかと思います。


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