見えるんです、赤い糸。
ある朝起きたら 自分の小指に赤い糸が見えた
「運命の赤い糸だよ」
直感 雑感 視認 確認
私はこれまでずっと独りで
家族なんてもの知らなくて
知らないものを作れるはずもないから
最期の最期まで独りなんだって
そう思っていたのに
「運命の赤い糸だよ」
囁き 呟き 運命 延命
その糸を辿れば逢える
独りじゃない証明 存在 理由 未来
けれどもしも 糸が切れていたら?
誰とも繋がっていなかったら
この世界と繋がっていなかったら
そしたら私はこの糸を自分の首にかけて
地面から足を浮かせてしまうんじゃないかとか
「運命の赤い糸だよ」
辿る 歩く 乗る 走る
先にいる人 糸の先にいる人
誰か どこか いつか 今も
信じていい?
私は 私は独りじゃないって
何も考えず 財布片手に飛び出した
もしもこの糸の先にいる人が外国にいたらどうするんだとか
そういう考えはなくて ただ必死で
辿って 歩いて 乗って 走って
見つけ出した その人を
糸の先 辿りついた場所は病院
少し蒸し暑いこの季節 木陰で休んでいる青年の小指と
私の小指 繋がっている赤い糸
誰も知らない 誰にも見えない 赤い糸
私の隣を通り過ぎる人々
呆然と立ち尽くす私
青年はやがてこちらを見て 目を見開き
私に向かって小指を立ててみせた
木陰で交わす言葉
誰にも分からない言葉
「あなたにも糸が見えてるの?」
「見えてるよ けれど僕は」
小さなごめん そのあとで続く言葉
「僕は 余命一年だと宣告されているんだ」
ほらやっぱり
やっぱり私の最期は独りぼっち
それでも それでもいいから
「最期の一年 あなたの隣にいてもいい?」
三年の月日が流れ
私は一人 整然としたキッチンに立っていた
今日はあの人の好物を作ろうと思う
私は独りじゃないと教えてくれたあの人に
「おお 今日の晩飯は肉じゃが?」
背後から聞こえてきた声に
私は驚き そして笑った
「驚かせないでよ おかえり」
「ただいま 腹減ったあ 肉じゃが肉じゃが」
「……どこの誰が余命一年だったって?」
余命一年だと宣告された
そんな嘘をついた彼は笑う
「そう言った方が 一年は優しくしてもらえるかと思って」
「――馬っ鹿じゃないの」
私は自分の小指を見る 相変わらず見える赤い糸
その先にいる 穏やかな笑みを浮かべた彼
「……この糸 包丁で切れないかしら」
「無理無理 そんなもんで切れる糸じゃない」
自分の小指を見ながら 彼は笑う
「そんなもんで切れる関係じゃないから」
今日も明日も 私の隣には彼がいて
彼の隣に私がいる
二人の小指には 赤い糸