鴉の知らせ
ボクは、『みゃあ』。
マンション・浴荘のみゃあ。
本当の名前は、『みゃあ』じゃないんだけど、今は、こう呼んで欲しいんだ。
だって、かっこいいでしょ?
それで、何の用かって?
あのね、今日は、ボクの住んでる、マンションのお友達を紹介するね。
《その1・104号室のたぁくん》
「やぁ、みゃあ」
たぁくんは、眼鏡をかけた36歳。
どこかの大学の教授なんだって。
物知りだけど、奥さんは、いないんだ。ちょっと心配。
「うん。今日も綺麗だね」
たぁくんは、いつもそう言って、ボクの頭をなでるんだ。
気持ちがいいけど、口では言ってやらないんだ。
だって、男の子のみゃあに『綺麗』だなんて、失礼だよ。
ボクは、『かっこいい』んだ。
でもね、なでなでされると、つい目を細めちゃうから、たぁくんには、お見通しなんだ。
やんなっちゃうよね。
「おや、ご機嫌ナナメだね。そうだ、昨日大学でね────」また始まった。
たぁくんの、物知り講座。
これって、意味が分からない上に、長いんだ。
ボク、いつもアクビを抑えられないんだよ。
だからね、途中で逃げちゃうんだ。
だって、いちいち聞いてると日が暮れちゃうよ。
仕方ないよね。
《その2・301号室のかなちゃん》
かなちゃんは、たぁくんよりも若いんだ。
何歳かは、知らない。
女の人の年齢は、聞いちゃいけないんだって。
「はい、みゃあ」かなちゃんは、ボクが行くと、いつも、ミルクをくれるんだ。
ボク好みのあったかいやつをね。
やっぱり、ミルクはホットに限るよ。
「私のかわりに、たくさん飲んでね」
かなちゃんは、牛乳が大嫌いなんだって。
それなのに、ボクのために、わざわざホットミルクを用意してくれるんだ。
優しいよね。
「今日の拓海さんは、どうだった?」
こんなにも、若くて、いい人なのに、なぜか、104号室のたぁくんの事が好きなんだよ。
変なの。
《209号室のみっちー》
「あら、みゃあ。口のまわりが、白くなってるわよ」
そう言って、手を振ってくるのは、みっちー。
女の人なのに、大きくて、体が固くて、かなちゃんと比べたら、声が野太いんだ。
「さぁ、おいで。お姉さんがふきふきしてあげますからねぇ」
い、痛いよ、みっちー。
「うふふ。かわいい」
実は、みっちーも、たぁくんの事が好きなんだ。
これって、三角関係って、言うんだよね。
でも、ボク最近気になる事があるんだけど、みっちーとたぁくんの匂いって、なんか似てるんだよね。
それに、みっちーの部屋の表札が、滝川光博になってるんだけど、誰か他にすんでるのかな。
《その3・106号室のひーおばぁちゃん》
「あらあら、宮。いらっしゃい」
ひーおばぁちゃんは、ボクのことを『みゃあ』って呼んでくれないんだ。
本当の名前で呼ぶんだよ。
でも、ボクは、怒ったりしないよ。
ひーおばぁちゃんは、お年寄りだし、何しろボクは、大人なんだから。
「よしよし」
ひーおばぁちゃんは、ボクのおばぁちゃんじゃないけど、ボクの事を本当の孫みたいに可愛がってくれるんだ。
だからね、ボクも、ひーおばぁちゃんの事が、大好きなんだ。
ちなみに、ひーおばぁちゃんの本当の名前は、『ひさこ』って言うんだよ。「可愛いねぇ、宮は」
ひーおばぁちゃんになでなでされて、ひーおばぁちゃん宅のこたつに入ったら、ボクは、もうダメなんだ。
ほにゃほにゃってなって、すぐに寝ちゃうんだよ。
「眠いのかい?」
うーん……。
もう、ボク、ダメ………。
《その5・マンション・浴荘のボクの家》
カァ
カァ
うーん、鴉君ダメだよ。
ボクもう、そんなに食べれないよ………ムニャムニャ…………。
「───、みーや。宮ちゃん」
うん……?
ひーおばぁちゃん………?
「もう、夕方ですよ。そろそろ家に帰らないと」
ん……うん?
あれ?
ご馳走は?
「お鴉さんも、迎えに来てますよ」
あれ……。
ボク、すっかり寝ちゃってた?
うーん。
やっぱりひーおばぁちゃんの魔法には、かなわないなぁ。
ちりん
ボクお気に入りの鈴を鳴らして、のびをする。
「また、いらっしゃい」
うん。
また来るね、ひーおばぁちゃん。
その時は、ボクの事、『みゃあ』って呼んでね。
カァ
カァ
真っ赤な夕日をみあげて、お友達の鴉君と、お家に帰ろう。ボクとおそろいの鴉君の真っ黒な体は、ピカピカ光ってとっても綺麗。
ちりん
マンション浴荘のボクのお家は、とっても素敵だったでしょ?
もっと、たくさんお友達は、いるんだけど、ボク、お腹がすいちゃったから、今日は、おしまい。
また、ボクと、遊ぼうね。
おしまい。