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第160話  ボスラッシュは炎精霊の香り

 炎を全身に纏ったモンスターが拳を振りかぶって襲い掛かってくるのを、横っ飛びで躱す。

 すぐさま振り向けば、今度は轟々と燃え盛る火球を連射してくる。


「あぶないっ! 『光と光と光! 護りの御手となりて厄災を遮らん! クリスタルガード!』」


 轟音を響かせながら飛来した火球が、弾丸が壁に当たったような音を美かせて神官ちゃんの防御結界で弾かれる。そのまま火球は、あらぬ方向へ飛び、地面に着弾。小さな爆発を起こした。

 隙を見て後ろからへティーさんが斬りかかるが、攻撃を受けながらもアッパー気味なパンチを繰り出す。へティーさんがそれを間一髪で躱す。

 今度は俺が後ろから斬りかかるが、なにせ攻撃が通りにくい。

 何発か食らわせられたが、強烈な廻し蹴りを食らってへティーさんのところまでフっ飛ばされてしまった。


「くっ……! 大丈夫ですか? へティーさん」

「平気です。それにしても……ジローさまの作戦は当たりでしたね。もし、普通に他所のスポットでも戦わせていたら、全滅してたかもしれません」

「ですね! まさか、こんなのまで出るとは……!」


 俺たちが戦っているのは、ボスラッシュ6体目のモンスター。

 ヒトツヅキ最終モンスターである……はずの、一体。


「ヴォー! そんなもんか! もっと熱くなれよ! 命の炎を燃やしてかかってこい!」


 真っ赤な体のスーパーマッチョ。

 死ぬほど暑苦しいオッサン。

 炎の魔神、イフリートである。




 ◇◆◆◆◇




 2体目である羅刹天を楽勝で倒した俺たちは、ちゃんと準備していた甲斐もあり、なんとかなるかもしれないと淡い希望を抱いていた。


 3体目は、頭が8本あるデカい蛇だった。

 頭の中に直接、言葉を語り掛けてくる敵で、精神攻撃がウザいモンスターだったが、こいつはそれほど苦労せずに倒せた。

 ドラゴンの範疇に入るモンスターだからか、レベッカさんの聖剣が唸りまくったのが勝因だろう。あの、古道具屋でさびついてた剣が、こんなに活躍することになるなんて、あのころは思いもよらなかった。

 ドロップアイテムは『ナーガの長財布』。

 冗談みたいなアイテムだが、持っているだけで運が良くなるらしい。神様がいるこの世界では、実際冗談にならない効果が見込めそうである。

 とりあえず戦闘には関係ないので、ワイバーンの卵の横に置いておいた。


 4体目は悪魔だった。

 山羊頭のデカい半裸のオッサンである。

 黒い羽まで生えちゃって、どっからどう見ても悪魔というルックス。

「吾輩はバフォメット。悪魔である。バフォー」

 と、雑な自己紹介をしてくるやつだったが、特殊攻撃が多彩で実に厄介な奴だった。

 特に呪怨系魔術というのだろうか、『おまえは石になれ!(ペトリファクション)』という叫びと共に指さされ、神官ちゃんが石にされかけたのはビビった。

 ディアナの精霊魔法で事なきを得たが、ディアナがいなかったら、どう回復すればいいのか皆目見当が付かない攻撃だったな。

 魔術は一切効かず、向こうは炎に氷に風に土にと色々な攻撃をしてきたが、いまいち地味な威力で、結局最後はシェローさんに両断されて滅んだ。

 それでも防御結界で精霊石を7個も使わされてしまった。

 ドロップアイテムは騎士剣の形をしたアミュレットだったが、鑑定する前に回復やらなんやらやっていたら、次のモンスターが湧いてしまった。


 5体目は――

「ガウガウガウガウ!」

「わんわん!」

「ワオン!」

 と元気いっぱいな、頭が三つある巨大な猛犬だった。

 口からはチロチロと炎がはみ出し、咆哮を飛ばし、デカいくちで咬みつこうとしてくるワンころ。地獄の門番、ケルベロスだ。

 ということで、こいつにはかなり苦戦したが、自分で言うのもなんだが俺が活躍した。

 魔獣殺しにとって、最も相性がいいモンスター。

 なにせ、脅威の『吸収』成功率100%。攻撃はちゃんと当たればクリティカル判定。咆哮は『百獣の王(ザ・ライオンハート)』のスキルで無効化。

 とはいえ、さすがにけっこう攻撃を食らって、回復魔法も貰いながらの戦いになったが、与ダメージ量の多さが幸いしてか壊滅的な事態になる前に倒せた。アイちゃんもここで呼び出したんで、実際にはかなり苦戦したと言える。ディアナの回復魔法もついにここで使ったしな。

 精霊石は9個使用。

 ドロップアイテムは金属のインゴットが5つと、短剣が一本。

 短剣だけ鑑定すると『サーベラスダガー』と出た。即死効果、猛毒効果が付与されたかっちょいい短剣だ。とはいえ、どっちもボス相手には効果なさそうなので、インゴットと一緒に置いておく。インゴットの鑑定は後回しだ。


「……やっとここまで来た……。次でラストか……?」


 ここまでで、精霊石もだいぶ目減りしてしまっていた。

 他のスポットにも貸し出しているとはいえ……。

 逆に言うと、エフタから100個手に入れておいて本当に良かった。

 精霊石なしでは、すでに満身創痍だっただろう。神官ちゃんの素の防御結界と回復魔法だけでは、防げないような攻撃が多すぎた。

 他のスポットでは、まだワイバーン相手にうまいことやっているらしい。

 ここまでで経過時間60分。

 残り一体なら、昼前には終わるはず。


 さすがはみんな体力的にはまだ余裕がありそうだ。

 俺は魔剣の吸収があるからともかく、マリナなんかはヘトヘトのはずだが、まだ元気である。他のみんなも、さすがは百戦錬磨の元傭兵といったところか。シャマシュさんは、さすがに魔術を使いまくってるんで、精神的な疲れはありそうだけど。


 強烈な怪我を負ってディアナの回復魔法のお世話になったのは、俺が1回、マリナが1回、レベッカさんが1回である。へティーさんとシェローさんはなし。さすがだ。

 戦闘前に、記憶が飛んだら回復魔法の効果と意識していたから、すぐに戦線に復帰できた。

 というか、けっこうエグイ怪我をしたはずなのだが、記憶が飛んでるので戦線復帰も余裕だ。もし、怪我の記憶が残ってたら恐怖で動けなくなってた可能性もある。


 ケルベロスを倒して5分。

 神官ちゃんの精霊魔法で擦り傷を治してもらい、用意してあったクッキーを食べ、某マンガの影響から用意しておいた炭酸抜きのコーラを飲む。

 腹も多少膨れて、そうでなくてもケルベロスからさんざん吸収したおかげで体力は万全だ。


 というか、ラストモンスターはすべてのスポットで、最速のところにだけ出る。

 ということは、もうなにも出ない可能性も高いということだ。

 あれ?

 もうこれで終わったかもってこと?

 いや、ケルベロスは強敵だった。あれがラストでもなにもおかしかないが……。


「ディアナ、まだモンスター出そう? 出たとしても次でラストなんだよな……?」

「それが……残念ですが、ご主人さま。理は反転し続けているのです。次も出るのですよ」

「マジかよ」


 ってことは、世界最速でうちが6体目まで倒したってこと……?

 そんな戦力あるの、俺たち。


「あっ」


 モンスタースポットに光の柱が立ち上がり、新しいモンスターの出現を告げた。

 しかし、あと一体ならやるしかない。

 これを倒せばヒトツヅキは終わりだ!


「……でもおかしいのです。伝承にあるラストモンスターの湧き方と違うのです」


 ディアナの呟きは、出現したモンスターの絶叫でほとんどかき消された。


「ヴォ―――――!! わしはイフリートだ! もっと熱くなれよ! その肉体でブツかってこい!」


 真っ赤に燃え盛った分厚いボディ。

 凛々しいねじくれた角。半裸。

 炎の脳筋だ。




 ◇◆◆◆◇




 すぐに襲い掛かってきたイフリートだが、動きが速く、クレバーで、攻撃も多彩。

 シェローさんと、へティーさんが対応してくれているが、二人でも押され気味だ。

 俺とレベッカさんとマリナも必死に喰らいついて、少しずつ攻撃を通していく。


 イフリートは強烈なモンスターだ。

 まず身体そのものが、近寄るだけでヤケドしそうなほど熱い。

 燃え盛る巨人だ。そんなやつが力任せにブンなぐってくる。蹴っ飛ばしてくる。炎を発射してくるのだ。


「はっははははは!」


 イフリートの攻撃をやり過ごしながら、どうにか魔剣で少しずつ攻撃を加えていく。

 命のかかったギリギリの戦闘。全力で四肢を動かし、心臓が激しいビートを刻み、呼吸が荒くなる。

 それでも、正面に立つ巨大な敵を倒すために、また立ち向かう。

 そんな自分を客観視して、つい笑いがこみ上げてきてしまった。


「主どの! こんな時に笑うなんて、大丈夫なんでありますか!? まだ、絶望するには早いでありますよ! マリナが主どののことは絶対に護ってみせるであります!」


 マリナに心配されてしまった。

 俺は状況に絶望して「もう笑うしかないよ!」となってしまったと誤解したらしい。

 

「いやいや、違うよ。だってさ。この世界に来る前は、運動すらろくにせずダラダラ生きてたのに、今はこうして魔剣なんてもん握って、あんな燃え盛る魔神と戦ってるんだからさ! 人生の不思議に笑いがこみ上げてきちゃってさ!」


 喋りながらも、イフリートの鉄拳を避け、反撃する。

 その燃え盛る身体に近付くだけで、ヤケドしそうなほど熱い。

 だが、これしきのヤケド。また魔法で治せばいい。

 俺は完全にバトルハイになっていた。


「うおおおおおお! もう死んだっていい! いっけー!!」


 そうして、一進一退の攻防が続いた。

 イフリートの攻撃方法はパンチにキック、体当たりに、炎の魔術。

 さらに体を掴み、ブン投げてきたりもする。

 どれを食らっても普通に死にそうなレベルの攻撃ばかりだ。

 そもそも、こいつも身長4メーター近いわけで、倍以上もデカいモンスターってだけで、だいぶ厳しい。

 じゃあ離れて戦えばいいかと思えば、魔術は効きにくい。

 炎のモンスターなら氷が効くだろうと、シャマシュさんが喜々として氷の魔術を放り込んでくれたのだが、体に届く前に氷が蒸発してしまった。

 何度やっても同じで、つまり氷の魔術は効かない。かといって炎や風でも同じだろう。結局、アイちゃんビームぐらいしか有効そうな手段はないのだった。


 体感時間ではかなり長い時間。

 実際に時計を見れば15分ほど、攻防は続いた。

 さすがに、ハイテンションを維持して戦っていた俺にも限度がある。

 ダメージは入っているだろうが、有効打を入れられている気がしない。

 アイちゃんもとっくに召喚を試したのだが、ふわふわ浮かんでいるのを火球で狙い撃ちされすぐに落とされてしまった。アイちゃんは攻撃は強いが、飛び道具にはすこぶる弱いのだ。


「クソッ! あんなやつどうやって倒すんだよ!」


 さすがに悪態もつきたくなる。近寄ることすら難しいレベルの難敵である。

 長柄の武器を持つ、へティーさんとマリナ、シェローさんぐらいしか有効打を与えられていない。そもそも、あんな燃え盛った奴の近くに寄っただけで、軽く酸欠になりそうなのだ。


「氷の魔術も効かないんじゃな……。せめて鎮火できなきゃ……ん?」


 視界の端に赤い物が映る。

 今回のヒトツヅキのために、本当にいろんなものを用意したのだが、使わずに放置しているものがたくさんあって忘れていた品。


「あ……あれだ……! 効くかわからんけど、やる価値はあるか! マリナ! レベッカさん! ちょっと来てください!」


 必死でイフリートに喰らいついているマリナとレベッカさんを呼ぶ。

 数に不安があるが、それでもちょうど3本用意してあった。ガソリンを扱う以上、必要だと思ったから用意したわけで、こういう用途で使うつもりはなかったのだが……。

 二人にそれを渡し、使い方を説明する。


「このピンを抜いて、ノズルをイフリートに向けて発射してください。白いのが出なくなるまでレバーを離さないように! 3人同時にいきましょう!」

「わ、わかったけど、これってなんなのー?」

「白い粉が出て火を消すアイテムです」


 つまり、消火器である。

 ガソリンが想定しない燃え方したりした場合に備えて用意してあったのだ。

 もちろんモンスター相手に発射する可能性も考えてはいた。

 ただ、その場合は目くらましとして有効だろう程度の考えではあったのだが。

 モンスターそのものを消火するために使うことになるとは……。


『エトワ! 俺たちがある程度モンスターに近づいたらシェローさんとへティーさんに離れるように指示を出してくれ。その2秒後に発射する!』


 エトワにトランシーバーで指示を出す。

 次はシャマシュさんだ。


『シャマシュさん! 今のうちにゴーレムを4体召喚してください。あと、確かデカい魔結晶使ったらデュラハンを召喚できるって話でしたよね。それも召喚しちゃってください。魔結晶使いどころですから! 俺たちが攻撃を開始したら同時にそいつらに攻撃命令を出してください!』


 その指示を受けてシャマシュさんが、召喚魔法を唱えはじめる。

 もちろん、すでに何度かゴーレムは召喚していたのだが、イフリート相手には動きが遅すぎで、全く意味がなかったのだ。だが、タイミング次第では使える。

 デカい魔結晶による召喚で、デュラハンを呼び出せるというのも、忘れていたわけではないが、こういうタイミングで使い捨てみたいに使うという贅沢な発想がなかったのだ。

 デュラハンは、二日目のラストモンスターと同じ種類のモンスター。それなりに強力なはずである。


 エトワがマイクでシェローさんとへティーさんに退避を指示。

 俺たちは、二人が引いたタイミングで3人同時に消火器を発射した。


 バシュゥー! 

 と、勢い良く白い粉体が3方向から発射され、4メートルある巨人を包み込む。


「ヴォ!? ヴァー―――! なんだこれは! 消えるゥ! 体がァ!!! メラメラと燃え盛るわしのたくましい肉体がァアーーー!!」


 想像してたより苦しそうなイフリート。

 消火剤を浴びせているだけなのに、光の欠片が飛び散って、ダメージが入っているのを伝えてくる。

 暴れられたらすぐ逃げられちゃうかと思ったのだが、その場で悶え苦しみ、消火器攻撃をもろに喰らい続けてくれる。


「マジかよ。普通に効いとる!」


 その隙に、シャマシュさんに召喚されたゴーレムたちがやってきて、4方向からイフリートを殴り始める。

 さらに――


「この槍の錆にしてくれますわ! とつげきー!!」


 突然、女性のお嬢様言葉が聞こえたと思ったら、馬に乗った首のない騎士がイフリートに強烈に突撃した。

 バッカーンと激突して、激しく光の欠片を飛び散らせる。

 俺たちは、そのデュラハンとゴーレム、さらにイフリートを消火器で真っ白にしていく。

 イフリートはというと、未だに体の炎を消される苦しみに悶えていた。


 そういえば、魔術の極意は『理』を知る事だと夢幻さんが言っていた。

 だから、その理に沿った攻撃をするのが、あの世界での正解なのだと。

 あの世界ってのは、つまりこの世界。

 そして火に対しての理とは、『酸素がなくなれば消える』ということだ。

 粉末の消火剤を全身に浴びれば、炎を消されるのは理の必然というものだ。


「粉が出なくなったであります!」

「こっちも!」

「じゃあ、それは捨てちゃって、攻撃再開!!!」


 三人同時に消火器が空になった。

 そのタイミングで、真っ白い巨人と化したイフリートに突撃する。

 イフリートはというと、炎を消されたのが想像以上の大ダメージだったのか、地面にヒザを突いて動かなくなってしまった。

 放っておくと、またセルフバーニングして復活するかもなんで、このチャンスを逃すわけにはいかない!


「うおおおおおお! 死ねぇええええ!」


 ちょいと口汚く魔剣で執拗に顔面をぶったたく。

 他のメンバーも似たようなものだ。

 モンスター相手に、剣技もへったくれもない。とにかく全力でぶったたくのみだ。

 弱点らしきところを執拗に攻めるいやらしさも忘れない。


 俺、マリナ、レベッカさん、シェローさん、へティーさん、シャマシュさんの6人から全力で攻撃を入れられれば、さすがの魔神も堪らない。


「真っ白に燃え尽きたぜ…………」


 どっかで聞いたようなセリフと共に、イフリートはいくつもの赤い欠片になって消滅した。

 

 そして、粉々になった真っ赤な欠片がこぶし大の石となって、地面にボトボトといくつも落ちた。

 魔結晶はドロップせず、その大量の石だけがその場に残される。


「なんだ……?」


 真紅にきらめく石を指で触れ、鑑定してみる。


 ――――――――――――――――――――――

 【種別】

 精霊石


 【名称】

 精霊石(ルビー)


 【解説】

 最もレアリティが高い真紅の精霊石

 ルビーの精霊石の中でも特別な赤


 天色『緋紅玉(あけこうぎょく)


 【魔術特性】

 なし


 【精霊加護】

 なし


 【所有者】

 ジロー・アヤセ 

 ――――――――――――――――――――――


「おおう」


 え……? これ全部、精霊石なのか……?

 しかも、『緋紅玉(あけこうぎょく)』って、特別なやつだったはず。鑑定結果にもそう出てるし。

 まあ、種類はともかく精霊石がドロップしてくれるのは正直助かる。


「あ……ああああッ!」


 突然、ディアナが叫び、頭を抱えてうずくまる。

 精霊石を回収してる最中だったんで驚く。

 見れば、神官ちゃんも同様に顔を真っ白にして、空に浮かぶ月を茫然と見つめている。


 へたり込んだディアナに駆け寄る前に、まるで太陽がなにかで遮られたようにあたりが暗くなる。


「えっ!? な、なに? なんなの?」

「急に夜になったであります!」


 灰色だった空が、突然漆黒に染まり、月だけがひとつだけポッカリと浮かんでいる。

 井戸の底から丸い空を見上げているかのように、漆黒の中にそれだけが浮かんでいる。

 空が黒いかわりに、大地は薄く白く輝き、不思議と暗さは感じない。


「ディ、ディアナ! なにごとだよ! なにが起きたんだ!? なにが起きるんだよ! あのイフリートで最後なんじゃなかったのか!?」


 ディアナに詰め寄る。

 立て続けにいろんなことが起きて、頭が回らない。

 終わったんじゃ、終わったんじゃなかったのか?


 ディアナが、青白い顔で俺を見上げ、その震える唇で告げた。


「理がずっと裏返っているのです……。星と大地が……ひっくりかえって……、伝承通りなのですよ、ご主人さま。……気を付けてください、これから、ほんとうのラストモンスターが……」


 本当のラストモンスター。

『「此岸(Globe - )めぐり(trotter)ヒトツヅキ』のラストモンスター。

 頭の真上にポッカリと浮かんだ月から、発射されるかのように伸びてきた光の柱が、モンスタースポットと一直線に結ばれる。

 まるで、月へ続くエレベーターだ。

 そして、その月の真ん中で、黒い光点が発生し、何度も瞬き、エレベーターを一直線に、ゆっくりと降下してきた。

 なんの音もしない世界の中、そのスペクタクルと言っても過言じゃない天体ショーを、茫然と見詰めている。

 

 ヒトツヅキは、男月『ミスミカンダル』と女月『リンクルミー』の結婚。

 そして、そこで湧くモンスターは、ふたりの子供。

 確かに前、月の綺麗な晩にディアナにそう聞いた。


 ズシン――という地響きと共に、それが地面に降り立つ。

 土煙が湧くほどの衝撃。

 煙が晴れる。

 そこには巨大な剣を手にした、巨大な白銀の騎士が立っていた。


「しゅ……守護騎士の鎧……?」


 レベッカさんが戦く。だが、守護騎士の鎧って前の普通のヒトツヅキの時に出たんじゃなかったっけ?

 確か、振り(Fall)子落(pen)とし(dulum)の時に出たとか。

 今回みたいな大規模なヒトツヅキのラストに、そんなのが……?


「……レベッカ、あれは『守護騎(Fullplate)(of)の鎧(guardian)』ではないのです」


「じゃ、じゃあ、なんなのよ!? 確かに前にも出たわよ、あいつ!」


「あれは……霊的な分身体である『守護騎士の鎧』ではなく、守護騎士(Guardian)そのものなのです!」


 月光を受けて、鈍く輝く『守護騎士(ガーディアン)』が、一歩前に出る。

 魔法生物ではなく、確かに重量を伴った騎士が、一歩一歩確かな足取りで向かってくる。


 本当の、ラストバトルが始まる――




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