第154話 初日はザコ祭の香り
森の中にあるモンスタースポットから、感覚としては20秒に一体くらいの感覚でモンスターが排出されてくる。
モンスターの種類は、おなじみであるところの、骨骨モンスター「スケルトン」を筆頭として、「ゴブリン」に「コボルト」、さらに「オーク」が混じる。
ゴブリンは身長1メートルもない小鬼で、短剣や手斧を振り回して押し寄せてくるモンスターだ。
いわゆる雑魚敵である。移動も攻撃も、動きは全般的に遅く、剣がちょっと刺されば死ぬような脆弱さ。かなりイージーなモンスターであるのは間違いない。とはいえ、武器はボロボロといえど持ってるわけだし、あんまり舐めてると手酷い一撃を貰うという可能性もある。ゴブリン相手だろうが、戦いは常に真剣勝負だということは忘れないようにしなければならない。
コボルトはゴブリンよりも若干大きく、狂犬病にかかった犬みたいな(見たことないけど)顔をした犬人間である。ゴブリンより身体の線が細く、細剣や槍を持っておっかなびっくり攻撃してくるモンスターだ。こいつらもゴブリン同様弱い。
最後に豚人間であるところのオークである。
こいつらの最大の特徴は、身体がデカく力があるというところだ。時々、そのへんの石をぶん投げてきたりするんで注意が必要。新人さんたちが戦うには、こいつが最初の壁となるかもしれない。慣れればなんということもない相手ではあるのだが。
さて、こいつらの特徴だが、なんといっても全員「動きが緩慢」だ。
ゲームなら魔術のよい的になるだろう。弓の練習にも良さそうだ。まあ、だからこそ、雑魚モンスターとなり得るのだろうが。
現在は中央通路だけ閉ざし、左右に振り分けられたモンスターを狩っている。
ヒトツヅキだからといって、ものすごく強い敵がいきなり出たりとか、そういうことはないらしい。戦えない人間にとっては脅威だろうが、しっかり準備した上でなら問題にならないレベルだ。
シャマシュさんは、ルクラエラに出張中だ。坑道跡数カ所にトワイライトミミックを召喚して仕掛けなければならないからだ。ルクラエラとは一応約束してたからと、義理堅くもわざわざ飛んでいったのだった。あと1時間もすれば戻ってくるだろう。
俺は戦いには参加せず、物見ヤグラの上で戦況を見守っている。
「今のとこ、余裕ですね」
「この程度ならね」
なんだかんだ言っても、この世界の戦士はヒトツヅキと共に生きてきたのだ。
ヒトツヅキを戦うのが初めてであるマリナやエレピピ、新人騎士さんたちと違い、元傭兵団のメンバーはまったく危なげないフォーメーションで、淡々とモンスターを消滅させていく。
マリナもエレピピも今のところは余裕そうだ。
エレピピは武器も片手剣だし、マリナほど攻撃力に特化した感じではないけれど、それでもだいぶ戦えるようにはなってきている。最近は、店番ばかり頼んでたんで、あんまり戦闘の訓練はできてなかったんで心配だったが、初日くらいは大丈夫だろう。
二日目からはまだ経験が少ない娘は裏方に回ってもらうつもりだが。
「さらにあっちはさらなる怪物……と」
騎士さんたちが待ち構える出口の逆側の出口には、大剣を持った鬼が陣取っていた。一人で湧き出るモンスターたちを笑いながら屠る、巨漢。
モンスター以上にモンスターなシェローさんである。
「今回のヒトツヅキが『此岸めぐり』だって聞いて、喜んでたからね、あの人。我が父親ながら頭が痛くなるわ。もういい歳なのに」
レベッカさんが溜息をついた。
娘の立場からすれば複雑なのかもしれない。父親が戦闘狂だなんてのは。
父親……か。
俺がレベッカさんと結婚したら、シェローさんが父親なんだよなぁ。うん、まあ普通に頼りがいがありそうだな。筋肉は力だヨ。
結婚の件はレベッカさんには告げていない。
というか、ディアナとマリナにも、まだ言うつもりじゃなかった。
フラグっぽいから――とか、そんな理由ではなく、ヒトツヅキが終わって、いろいろ一段落したら、ちゃんと準備して(指輪とかな!)、そのうえで――と思っていたのだ。
それがつい勢いで言ってしまった。
きっと神様のせいに違いない。
ディアナとマリナには黙っとけと言っておいたが、ディアナは表情を緩ませ、その度にイカンイカンとキリッとして、また少しするとニヤァ~とする一人芝居を続けているし、マリナはマリナでやたらとテンションが上がって、「絶対になにがなんでも生き残るでありますよ!」などと味方を鼓舞して回っている。
しかし結婚……結婚かぁ。
もしかすると断られる可能性ゼロじゃないかも? なんて思ってたけど、断るなんて節、微塵もなかったもんなぁ。うふ。
「どうしたの、ジロー。ニマニマしちゃって。なんかいいことあった?」
「あ、いえ。なんでもないッス!」
顔に出てしまっていたか。イカンイカン。俺もディアナのこと言えないな。
「あっ、レベッカさん、また出ましたよ、ハーピー」
「あら」
森から一体の巨大な鳥人間が飛び出してきた。
翼を付けたイカロスみたいなモンスター。ハーピーだ。
しかし――
『ハーピー一体確認。よろしく』
レベッカさんがトランシーバーで指示を出す。
しばらく後に、空から下にいる人間に襲いかかろうとしたハーピーは、高速で飛来した5本もの矢に貫かれ消滅した。
「お見事」
地上では10名からなる弓兵隊がスタンバイしており、空を飛ぶモンスター対策もバッチリだ。
「ま、このぶんだと初日は大丈夫ね。いつものヒトツヅキと同じ程度に収まるんじゃないかしら。問題は明日、明後日だわ」
「だといいんですけど。……ところで、僕も戦いに行ってもいいですか? そろそろ」
「ダメよ」
ダメかー。
というのも、俺は最初から一戦闘員として戦おうと準備してたのに、なんやらかんやらと前線から押し出され、気付いたら物見ヤグラ係にされてしまっていたのだ。
現在の担当は、物見ヤグラ(司令塔)が俺とレベッカさん。物見ヤグラ(召喚塔)がシャマシュさん(今はまだルクラエラから帰ってきていないが)とエトワ。現場指揮がヘティーさん。少し後ろで支援魔法要員として神官ちゃんが配置されているという具合である。
シェローさんは西側戦線で一人奮戦中だ。いちおう、すぐに応援に行けるように、何人かスタンバイはしているが。
俺もあとで、食べ物と飲み物を差し入れに行こう。
◇◆◆◆◇
「余裕こいてるわけじゃないけど、すごく予定調和的ですね……」
ヒトツヅキが始まって5時間。
現在14時を回ったところだが、今のところ全く危なげなく戦闘は推移している。
倒したモンスターの数はもう900ほどになるだろうか。こちらが強すぎるのか、ほとんどのモンスターが一撃の下に消滅している。バリスタも定期的に撃っているんで、まとめて死ぬモンスターも多い。
シャマシュさんも帰ってきて、空を飛ぶモンスターも倒しやすくなった。
「予定調和かぁ。うん、確かにそう見えるけど、実際はうちらがそれだけの力があるからだわよ。うちはジローが用意してくれた兵器とか、戦術も効いてるし。今まで広場で闇雲に戦ってたのが馬鹿みたいね。さっき神官様にうかがったけど、他のスポットじゃあもう精霊石二つも使ったみたいよ」
マジっすか。
こんなことなら、他のスポットに何人か回したほうが良かったのか? うちは伝説級の傭兵団がほぼ丸ごといるみたいなもんなんだし……。
いやいや、油断は禁物。
それに、他に割けるという意味じゃあ、すでにギルドの割当てなしでやってんだから。
ちなみに神官ちゃんは、精霊通信で他のスポットの神官と常に連絡を取り合っている。
状況次第では、ほんとに応援を回さなきゃならなくなるかもしれない。
モンスターは、スケルトンの上位バージョンであるらしい「スカルナイト」と、石でできた小悪魔「ガーゴイル」が追加で出た。
スカルナイトは鎧を着て、腕が4本もあって、四刀流攻撃してくる面白いモンスターだ。面白いというか、オモシロモンスターというか……。
鮮やかな剣捌きと、ただのスケルトンとは比べものにならない軽やかな体捌きで肉薄してくる強敵――のはずだったが、マリナの戦槌で叩き潰され、ノリリンの戦斧でバラバラにされ、ほとんどいいとこなく沈んだ。
ガーゴイルのほうは、石でできてるくせに翼を使って空を飛ぶ敵だったが、シャマシュさんの魔術を食らってドスンと墜落。墜落後は袋叩きにあって死んだ。
後方のベースキャンプを窺うと、ディアナが暇そうに菓子を食いながらお茶を飲んでいた。
騎士さんたちも、思い思いに食べたり飲んだりして休んでいる。
休憩は交代制だ。騎士さんたちはみんな笑顔で、ぜんぜん疲れている感じはない。
もちろん新人さんたちは、それなりに疲れているはずだが、まだ余裕を持って戦えている状況だ。精神的にもまだまだ余裕があるだろう。
そんなこんなで、俺自身は全然戦闘する機会もないまま16時半。
これくらいの時間となると、さすがにみんな疲れが見える。そりゃそうだ。一日ずっと戦ってたんだから。
とはいえ、あくまでちょっと疲れたなーという感じだ。戦闘慣れしてる集団だから、そこまで戦いで消耗したりしないのかもしれない。
「……そろそろかな」
レベッカさんが呟く。
モンスターの湧きは、だんだんと途切れがちになってきている。
スカルナイトが連続で湧いたのを最後に、小康状態だ。
「ん? 終わりですか? ずいぶんアッサリしてるんですね」
「違うわよ。最後にその日のラストモンスターが出るはず――」
その時だった。
森の中、モンスタースポットがある付近から、一条の光柱が立ち昇った。
『気をつけて下さい! それは今までのとは比べ物にならないモンスターなのです!』
ディアナの緊迫した声が、トランシーバーから聞こえてくる。
ガサガサと森を掻き分けて、なにかデカいやつが出てくる。
「う~ん。まさか、初日にアレが出るとは……」
レベッカさんが独り言のように呟く。
森を掻き分けて出てきたのは、真っ白い身体の巨大な石像だった。
ヒトツヅキでは比較的定番のモンスターらしいのだが、その硬さ、重さ、デカさで白兵戦オンリーな戦士たちを絶望のドンゾコに叩き落す動く石像。
リビングスタチューである。
◇◆◆◆◇
とはいえ相手は一体だ。
ああいう相手が出ても問題がないように準備を進めていたのである。
「じゃあレベッカさん、指揮お願いします」
「わかってるわ」
レベッカさんがトランシーバーを使い、それぞれに指示を出す。
トランシーバーは地味に便利だ。ヘティーさんに言わせると、伝令をシームレスで行えるなんてズルいもいいとこで、部隊ごとにエルフがいるようなもの――ということだしな。
シャマシュさんはゴーレムに指示して、中央扉を開放。
モンスタートーチを作成。それをエトワに渡してモンスターの誘導を頼む。
破壊鉄球をスタンバイ。
騎士さんたちは中央戦線に集合。数名のバリスタ組だけ西と東に残って準備。
リビングスタチューは、体長4メートルほどもあり、手には石の棒を持っている。
ローマ時代の兵士を石像にしたかのような意匠で、彫りの深い顔立ちをしている。
石像というだけあって、全身は石かなにかでできており、実に硬そうだ。
いわゆるグラディエーターサンダルでズッシズッシと突き進んでくる。
動きは遅いが、その重量感はハンパじゃない。踏み潰されたら余裕で死ねる。
ノッシノッシとまっすぐ向かってくるスタチュー。
3メートル。2メートル。1メートル。
「放てっ!」
レベッカさんの合図の下、解き放たれたバリスタの極太の矢が飛来し、スタチューの胴体に鈍い音と共に接触。
光の欠片が激しく飛び散る。矢はスタチューの身体に食い込んで止まっている。
バリスタの矢は先端のみ鉄で補強してあり、鋭く硬い。石でできたモンスターにも、十分有効だ。
だが、まだこれだけでは致命傷にはならなかったらしい。
スタチューは無言で矢を引き抜き、何事もなかったかのようにまた歩き出した。その場に留まってくれれば、バリスタで第二射もできたが仕方がない。
次は鉄球である。
スタチューが歩き、中央通路に差し掛かったところで、レベッカさんが合図を送った。
ロープで鉄球を引っ張りあげている二体のゴーレムが、シャマシュさんの命令でロープを離す。
重さ1トンほどの鉄球が、莫大な位置エネルギーを消費して石像へ飛来する。
スタチューは、高速で自分に向かってくる鉄球に気付き、腕を交差させ防御の姿勢を取った。
だが、次の瞬間――
バッカーン!! と気持良く鉄球がブチ当たり、そのまま向こう側へ抜けた。
後には、バラバラに砕け散った石像の上半身と、上半身と泣き別れになって佇む下半身だけがその場に残される。
「お、おおおおお!」
「あ、あれえ? 一撃?」
防御も虚しく、リビングスタチューは鉄球の一撃でバラバラになって消滅した。
まさかの一撃必殺である。破壊鉄球とはよく言ったものだ。
硬い物により硬い物を当てるとこうなる……とはいうけれど、まさかこれほど効くとは思わなかった。
「いやぁ。一撃でしたね。見てくださいよ、みんなポカンとしてます」
物見ヤグラからは、みんなの顔が良く見える。
ボス戦に備えていたみんなは、拍子抜けしたやら、驚いたやらで、口を開けて状況の整理ができていない状態だ。
まあ、でかくて硬くて威圧感があるボス敵だったからな。
「……とにかく、大変な思いして用意した甲斐がありましたよ、鉄球。相性もあるでしょうけど」
「リビングスタチューには、ああいうのは特に効くからね……。でも一撃なのは凄いわよ。いつも、あいつ倒すだけでどれだけの犠牲が出るか……」
「いちおうラストモンスターなんですもんね……」
レベッカさんにとって、よほど想定外だったらしい。厳密にはバリスタを当てた分もあるから、一撃というわけでもないのだが、鉄球のインパクトが強すぎて一撃で倒したということになってしまっているほどだ。
スタチューが消えた後には、大きめの魔結晶が残されていた。バレーボールほどのサイズの魔結晶は、ラストモンスターの証だ。
ちなみに、もともとの作戦は、バリスタと鉄球である程度弱らせてから、シャマシュさんにアイちゃんを呼んでもらって、魔術と弓とアイちゃんで交戦、さらに倒しきれなかったら最後に騎士さんたちで戦うというシナリオだった。
それが、まさか一合目で終わってしまうとは……。モンスターは物理攻撃に弱いとは聞いてたけど、露骨すぎるだろう。
「ま、なんにせよ良かったわ。まだあと2日あるんだからね」
「そうですね。結果オーライですよ。明日、明後日に向けて温存できる力は温存しなきゃですし」
「そういうこと。ジローもおつかれさまでした」
「レベッカさんも、おつかれさまです」
こうして一日目は無事に怪我人もほとんどなしでクリアーできたのだった。