「僕の故郷の村は因習村より酷い場所なんだ」と先輩は語り出した
都の騎士団の飲み会も三次会になると、参加するヤツはほとんど居なくなる。
家族持ちはそもそも来ないし、もし参加しても一次会の序盤だけだ。
酒に強くないヤツは二次会であらかた脱落するし、早番のヤツも大体そこで帰宅する。
そうなると三次会まで残るのは、この送別会の主役に相当親しかったか、それなりに酒が強いか、もしくはかなりの無茶ができる若い騎士だけってことになる。
たまたま今回の送別会の主役である先輩と、先輩によく面倒を見て貰った俺だけが深夜の酒場でサシで飲み合うことになったのは、偶然とは言え、その条件に全て俺が合致していたからだろう。
「そういや」
気持ち良く酔いの回った頭で、俺は呟いた。
「先輩、騎士団を辞めた後ってどうするんです? 故郷に帰るんですか?」
先輩は今日付で騎士団を退団した。
明日から数日は有休を取るが、騎士として働くのは今夜でお終いだ。
酒場に飾られたお洒落な時計を何気なく見れば、もうすぐ真夜中だった。
俺が新入りの時から先輩にはお世話になった。
騎士の見本のような、本当に面倒見の良い優しい人だった。
少し感傷と寂しさに襲われた俺は、時計から目を離して向かいの席の先輩を見やる。
「故郷には帰らないよ。 二度と」
先輩はグラスをテーブルに置いて、ぽつりと言った。
「え? でも、先輩って村長の息子だって聞きましたよ? 後継として、帰らなくて良いんですか?」
他人にしては失礼な発言だったが、きっと先輩なら許してくれるだろう。
俺と先輩の距離感が通常とは多少異なっていたとしても、今は酒の所為だから。
そんなことを何とはなしに考えながら、俺はついそう言っていた。
いや、と先輩は重たい顔をして語り出した。
「僕の故郷の村は因習村より酷い場所なんだ。 君は知っているかい? 因習村だ」
「ええ? あの因習村ですか? 生贄を捧げるとか、壊しちゃいけない廃神殿があるとか、馬鹿馬鹿しい因習が残っている理解不能でへんぴな村でしょう?
でも、先輩の故郷にそんなおかしな伝承が残っているなんて聞いたことがありませんよ」
はは、と先輩は悲しそうに笑った。
「いっそ、ただの因習村だったらどれ程良かったんだろうね……」
そして、先輩は語り出したのだった。
*****************
僕の故郷の村で殺人事件が起きたのは、僕が十六になったばかりの年だった。
事件なんて滅多に起きないような平凡な田舎の村で起きたとはにわかに信じられないような、酷い事件だった。
ストーカーがね、真夜中に付きまとっていた女性の家に押し入って皆殺しにしたんだ。
でもね、この事件の本当に酷いところはそこじゃない。
背中を切りつけられながらも女性だけは生き延びて、村の騎士団の詰め所に駆け込んだんだ。
家族がストーカーに襲われた、助けてって。
でも、騎士団はすぐに動かなかった。
本部に連絡して、その指示を待とうって判断を下したんだ。
事件なんてほとんど起きない場所だから、平和ぼけしていたんだろうね。
実に愚かだったと僕は思う。
すぐさま動けば良かったんだ。
――ああ、君もそう思ってくれるんだね。
騎士の先輩として君を指導した甲斐があって良かったよ。
騎士団が指示をひたすら待機していた、その間にストーカーは自殺したようだ。
……女性の家族を皆殺しにした上でね。
事件の翌日のことはよく覚えている。
こんな大事件が起きたんだ。
報道関係者や騎士達が大挙して田舎の村にやって来た。
村長だった父は彼らの宿泊場所を手配したり、事件現場の周りの封鎖を手伝ったり……二日は家に帰ってこなかったな。
ストーカーの家族はすぐさま引っ越していった。
ろくな賠償もせずにね。
彼らが今どうしているかは知らないけれど、まあ、真っ当な生き方は出来ていないだろう。
本当に気の毒だったのは被害者の、生き残りの女性だ。
家にはもう二度と住めなくなった。
家族は皆殺し。
君も知る通り、殺人事件があった場合の死後の手続きって本当に大変なんだよ。
それに加えて、己も怪我しているのに報道関係者に追い回されて、どんどん心をすり減らしていった。
元はと言えば村の騎士団がしっかりストーカーを見張っていれば、起きなかった事件だったのに。
すぐに家に踏み込んでいれば助かった人もいたかも知れないのに。
あれは騎士団の所為で殺されたんだと僕は考えているくらいだ。
丁度、事件の起きた一年後さ。
彼女は……村の湖に浮かんでいた。
そして、僕が故郷に二度と帰らないようにしようと決意したのは、ここから起きたことが原因なんだ。
噂話だ。
娯楽の少ない田舎の村の住人達にとって、噂話ほど最高の茶菓子は無い。
有りもしないことをあったことのように言いふらして、とにかく貶す。
貶めて傷つけて痛めつけて苦しめて……そんなことを何十年も続ける。
そういう噂話が何よりも楽しい最悪な人間の集まりなんだよ、あの村は。
「女の家は悪いことをしていたから神罰が当たったんだ」
「家の中は血の海だったらしいぞ」
「騎士団が駆けつけるのが遅かったら、油が撒かれて火が点けられていたそうだ」
「そう言えば女の父親はどうしようもない飲んべえだったな」
「外で母親は大声で怒鳴っていたことがある」
「女は浮気性だった」
な?
君なら分かるだろう?
十六才の僕が絶望するには充分だった。
でも、泣きっ面に蜂って言葉があるように、僕の絶望に追い打ちがかかる。
「我が村には何も見所がない。 観光名所も無い。 湖と野原と羊しかいない。 だからあの湖を、女の幽霊が出る湖として広めて客を呼び寄せよう!」
あろうことか。
そう言い出したのは、僕の父だったんだ。
……。
僕は故郷の学校を卒業すると同時に家を飛び出して、この都で騎士団に入った。
君が僕の故郷について何も因習なんか知らないと言ってくれたから、きっと父達の企みは失敗したんだろうね。
でも、僕は二度と故郷には帰らない。
あそこは、人の悪意が平然と蔓延る地獄なんだから。
*****************
完全に、酔いも覚めた。
戦慄きながら俺が先輩を見つめると、先輩は困ったような顔をして笑った。
いつもの優しい、先輩の笑顔だった。
「いや、怖がらせて悪かったね。 でも、君も気を付けてくれ。 いいや、若い君にこそ誰よりも気を付けて欲しい。
人の悪意は果てしないし、底も無いし……何より、何処にでもあるんだからさ」
その時、時計が真夜中を告げた。




