8.大忙しの3日間
翌日にはシルヴィアを借りる補填として、王宮所属の白魔術師が5名もアトリエにやってきた。正直、白魔術師だけ5人きてもなーっと思ったが、丁寧にお礼を伝えた。王宮の魔術師がこんな街のちいさなアトリエにやって来るのは屈辱的なのでは…と心配したが、みんないい人たちで真剣に話を聞いてくれた。教えた事の吸収も早く、なかなかに教え甲斐があった。リヴィオがある程度の薬品は作れるため、形だけ教えるつもりが、ついつい熱が入りオリジナルの商品についてもほとんど伝授してしまった。白魔術師はひとつ教える度に、驚いたり褒め称えてくれるので、最後の方はもはやシルヴィアが楽しんでいた。
2日目には営業の流れを皆で確認して、リヴィオとビアンカにアトリエを託し、シルヴィアはついに王宮に連行された。前世では何度も画面越しに見た風景だが、今世で王宮に出入りするのはまだ2回目だ。前回訪れたのは前世の記憶が戻る前だったため、改めてゲームの画面を思い出しながら廊下を歩く。聖地巡礼だな…などとぼんやり歩いていると、王宮の中にある聖堂に到着した。そこで聖女様による洗礼を受け、道中の安全をお祈りして頂く。その後は謁見の間に移動して国王陛下に謁見し、道中に身に付けるための装備一式が下賜された。忙しい。
3日目にはいよいよ出発である。
「早過ぎじゃない?もう出発だなんて…心の準備がまだ出来てないんだけど。」
「申し訳ございません。一刻を争うとの事で。」
身支度を手伝ってくれていた王宮の侍女が謝罪する。
「いえ、貴方が悪いわけではないから…。」
独り言のつもりであったが、責めているように聞こえたのであれば申し訳ない。
しかし、平民であるシルヴィアの身支度など誰も手伝いたがらないと思ったが、数人の侍女がせっせと動き回ってくれている。1日とはいえ豪華な客室も用意してくれた。陛下の計らいであろうか。
白魔術師らしく白いローブを用意してくれていたが、その中には丈夫な防具をつけている。どれも高品質の物で、補助魔術がいくつも付与されているらしい。針子たちが一生懸命採寸を行なっていたのはこの準備のためだったのだろう。この立派な装備一式、旅が失敗したら買い取りとかにならないよな…と怖い想像をしてしまう。絶対に成功させて帰ってこよう。
「さっさと国中回って帰ってきましょう!」
もう2度と会う事のないであろう王宮の侍女しか居ないと思い、平民ヴィアの口調で部屋を出る。
「ふふ、頼もしいね。よろしく。」
その声にピシリと固まる。聞き覚えのあるそのイケボ、しかしそれは現世ではなく前世で何度も繰り返し聞いた声だ。背中越しに掛けられた声だが、シルヴィアは絶対に聞き間違えるわけはない。この世界舞台とした乙女ゲーム『ロゼ恋』の中の最推し、『アーノルド様の御声』だ。
ギギギ…と音がしそうなほどゆっくり振り返ると、そこに立っていたのはやはり最推しその人であった。ただそこに存在しているだけだと言うのになんと眩しいことか。ああ、神様。彼だけはこのメンバーから外して欲しかった。アーノルドが一緒だと平静を保てる気がしない。推しは推し。現実世界でどうこうなりたいわけでなく、画面越しに眺めているのがちょうどいいのだ。
頭の中で画面越しに彼と過ごした日々が走馬灯のように蘇る。ああ、なんと美しい…。『神様、どうかこのまま意識を失って、全て夢であったと。何もなかったようにアトリエに戻してください!』と生まれて初めて神様に我が儘を言ってみたのだった。




