59.今日は移動日のはずでは?
次に到着したのはフェルマータと言う小さめの街だ。ここから東に向かうと、ラナロッソの洞窟があると言う。一行は馬車を降りて宿へのチェックインに向かう。しかし、ロビーに入ろうとしたところで、止められてしまった。全速力で走り込んできた騎士が道を塞いだからだ。
「突然の無礼お詫び申し上げます。」
「いい。話せ。」
火急の知らせであることは明白なため、エミリオが短く答える。
「はっ。ここより西に10kmほどの町に突然ダークホールが発生しております。聖女様ご一行がこちらに向かわれているとお伺いして、前線を抜けて救援のお願いに参りました。」
聖女イレーネがダークホールを浄化して周っている事は、ひとつ目の浄化が成功した時点で公にしている。さらに、その動向は逐一王城と騎士団に共有され、浄化後地点の見回りや、アンティカの街では亡くなられた方の弔いや瓦礫の片付け、道中に放置して来た魔獣の亡骸の後片付けなどを行なってくれている。王都から離れたところでもきちんとその連絡網が機能している事に驚く。
「馬車で移動するには時間がかかるわね。」
「丸一日移動して、こいつらは今日はもう限界だろう。」
「この時間だ。動ける馬を探すのも時間がかかるな。」
「恐れながら、別の者が同時に屯所に向かって走り、馬を手配しております。間もなくこちらに到着するかと…。」
騎士が言い終わるのを待たずして、馬の足音が聞こえてくる。連絡網だけじゃなく、非常時対応も完璧だ。さすがロゼフィアーレ王国の騎士団。
その頃、ダークホールが出現した町、テルミネでは例の如くオーガが大量発生していた。自衛団と近くの駐屯地から見回りに来ていた騎士団が力を合わせ、何とか建物の中への侵入を防いでいる。住民は出歩いている時間ではなかったため、家の中で息を潜めているが、いつ侵入してくるのかと皆怯えている。自衛団と騎士団も住民を避難させる余裕はない。
「ねえ、ママ。あの鬼たち、お家の中には入ってこない?」
「ええ、大丈夫よ。すぐに居なくなるわ。だから静かにして隠れていましょうね。」
「うん、分かった。」
時間と共に、自衛団と騎士団の連合軍は疲れの色が見え始め、オーガは徐々に数を増やしている。そしてついにその時が来た。ドーンという大きな音と共に、ひとつの建物の扉が破られた。
「ギャーーー!」
「いやーーーー!」
「やめろ!」
ガッシャーン。
住民と思われる人の悲鳴と何かが割れる音が町に響き渡り、一斉にパニックに陥る。住民たちが建物から飛び出して、オーガから逃げ回る。それまでも苦戦していた連合軍は、住民を守りながらの戦いとなり、更に窮地に立たされる。
ガラガラガラ……グシャ。
「……っ!」
「ママ!大丈夫?」
母親の足が上から降ってきた瓦礫の下敷きになった。直ぐに母子で瓦礫を下ろすが、足は変な方向に曲がっていて恐らく折れているのであろう。
「……ごめんね、この足じゃもう逃げ切れないわ。1人で行ける?」
「嫌だ!ママと離れたくない。」
「そう……ごめんね。」
「ウグググゥゥーーー。」
足を怪我した母子の元にお腹を空かせたオーガが近づく。
「あああ…。」
母子はお尻をつけたまま後ずさるが、その距離はどんどん縮まる。とうとう背中が壁につき、母親が子どもを抱きしめる。
「ごめん、ごめんね。」
「グガァァァァア!」
「【土魔術 重力増大】」
ドシーン。ズシャー。
地面に這いつくばったオーガをバトルアックスで一刀両断したのはもちろんシルヴィアである。
「間に合いましたね。」
「あ、ありがとうございます。」
「【白魔術 治癒】」
シルヴィアの手からキラキラとした光が放たれる。
「足が…。」
「治しました。」
母親の足を一瞬で治療する。魔法薬でゆっくり治した方が綺麗に治るのだが、そんな事は言っていられない。
「立つ!」
「「はい!」」
シルヴィアの声で母子は勢いよく立ち上がる。
「痛みは?!」
「ありません!」
「じゃあ、走って逃げる!」
「「はい!」」
しっかりとした足取りで駆ける母子の背中に向かって、シルヴィアは叫ぶ。
「絶対に逃げ切ってください!何があっても諦めない事!」
「「はい!」」
走り去る母子を見送りつつ現状をさっと確認する。
「さて、人に諦めるなど叱咤激励してしまいましたし、私たちも諦めるわけにはいきませんね。この地獄を何とかしましょうか。」
「ヴィア、早すぎるよ。」
「ヴィアが乗ると馬も早くなるのね。」
「自分の馬だけ魔術をかけたな。」
「すみません、悲鳴が聞こえたので咄嗟に飛び出してしまいました。」
「さて、どうしようかな。」
いつの間にか追いついた他の6人がシルヴィアに並ぶ。
「ここは我々が引き受ける!自衛団並びに騎士団は住民の避難へ回れ!」
「「「「はっ!」」」」
珍しくアーノルドが指揮を取る。騎士団への影響力はエミリオよりもアーノルドの方が大きいのかもしれない。一斉に返事が返り、住民の誘導を始める。
「さて、我々は我々のやる事をやりましょう。」
「オーガを一体でも多く倒す。」
「ダークホールの前までイレーネを連れて行く。」
「行こう!」
7人は町の中心部に向かって進み始めた。




