36.眠り姫は捕獲される、いや捕獲された姫は眠る
「いい加減にしてくれないかな。」
アーノルドの声が急に低くなったので、驚いて振り返る。すると繋いでいた手を引き寄せられ、アーノルドのマントの中に閉じ込められてしまった。完全に視界を奪われる。
「私の事だけ見ててほしいな。」
唯一見ることを許されているアーノルドのご尊顔は、それはもう美しく、魅惑的な唇は綺麗な弧を描く。近距離で発せられている美声も、その香りももはや媚薬だ。
さて、これは困ったことになったぞとシルヴィアは思う。今この瞬間まで、アーノルドは完全に保護者枠だった。遭難した娘を迎えにきて抱きしめる母であり、夜に男の子の部屋に行った娘を迎えにきて叱る父であった。しかし、母は子どもをマントの中に閉じ込めないし、父は自分の顔だけ見てるように何て言わない。そして、こんな風に誘惑してくることもないはずだ。シルヴィアはようやく、アーノルドは自分の事を好きだなんだと気がついた。色気にあてられてくらくらとしてくる。
「とうとう捕まったな。」
「もう、逃げられないわね。」
「ごめんね、ヴィア。」
「自業自得だな。」
「可哀想…。」
外野で好き勝手言っているが、冗談ではない。ここで捕まっては人生を賭けた『シナリオ離脱計画』が台無しである。しかし、シルヴィアは知っている。前世は二十歳を超えた大人であった。男性というものは逃げるから追いかけるのだ。ここでジタバタしてはいけない。取り敢えず……寝よう。そう思ったシルヴィアはゆっくりと瞼を閉じる。疲れがピークに達していたシルヴィアは、一瞬にしてアーノルドのマントに包まれたまま眠ってしまった。本当に色気にあてられたのか、疲れて眠気でくらくらしていたのか、実際のところは定かではない。ほんの数秒でスースーと寝息をたて始めたシルヴィアに全員が驚愕する。
「信じられないよね。この状況で眠ってしまうなんて。まだ私の押しが甘いということかな?」
アーノルドは首を傾げて苦笑いを浮かべている。
「ヴィア、最近よく眠ってしまうわね。」
イレーネは心配そうにシルヴィアを見つめる。
「魔力量がずば抜けてはいるが、あれだけの魔術を使いながら戦闘しているんだ。そりゃ疲れるだろう。」
オズワルドはイレーネに寄り添いながらそう指摘する。
「今回はさらに魔物に攫われたしな。」
ランドルフは苦笑いだ。
「海の中に道も作っていた。」
ノエルが呟く。
「無理をさせて申し訳ないとは思うが、今はヴィアの力を最大限に借りて、この現象を一刻も早く収束させたい。」
エミリオが眉を下げる。
「ヴィアがいないとこのスピードで浄化して回れないからね。」
アーノルドもエミリオの言葉に同意する。
「俺もヴィアの助けになるよう強くなりたい。」
「そうだな。」
ランドルフの言葉に皆が頷く。アーノルドのマントに包まれてスヤスヤと眠るシルヴィアを皆が暖かく見守りながら、ボートはスッド海岸を目指す。
「さて、もう一度魔物に攫われたらシャレにならないから交代で見回るぞ。」
「分かった。」
ランドルフの声かけに対してノエルがすぐに立ち上がる。ボート両脇に立ったふたりは見張りを始める。
「日が沈む前に岸まで辿り着くかしら?」
すっかり落ち着いたイレーネだが、今度は少し不安そうだ。
「暗くなったら俺が【炎玉】でも頭上に浮かべればいいんじゃないか?」
「魔物寄せになるから絶対にやめろ。」
一度攫われたオズワルドは真剣だ。
「私の【聖火】にしよう。そうすれば魔物除けにもなるだろう。」
そう言うと、エミリオはボートの真上に【聖火】を発動する。そしてそれを維持したまま海上移動を続け、日没とともに岸に辿り着くことができた。




