30.アーノルドの瞳
「ヴィア、着いたよ。」
「ん…。」
アーノルドに優しく揺り起こされてシルヴィアはゆっくりと覚醒する。本当にアーノルドの膝の上で眠ってしまった自分に驚愕しつつ馬車を降りると、そこは王国の南部に位置するポンテと言う港町だった。今夜はここで宿を取り、明日はスッド海岸に向かうと言う。次のダークホールはスッド海岸沖に浮かぶ小島で目撃されているらしく、船を使ってそこまで渡るそうだ。
「明日もハードそうですね。」
既に恒例となっている全員揃っての夕食で、軽く明日の予定を確認している。馬車でたっぷりと睡眠を取り戻したシルヴィアは元気いっぱいで、今日もご飯をもりもりと食べている。
「やっぱり港町だからお魚が美味しいですね。」
王国の料理は日本のものとは全く違う味がするが、元々好き嫌いがなくなんでも食べれたし、既に18年もこの世界で暮らしているので、もはやこちらの方が食べ慣れていると言っても過言ではない。
「ヴィアは何でも美味しそうに食べていいね。」
ぐふっ…。
何か変なところに入ったかもしれない。アーノルドやイレーネあたりに褒められるのはだいぶ慣れてきたのだが、まさかのノエルから。それはもういい声のお褒めの言葉を頂き、それはもう胸が苦しくて…。いや本当に苦しい。喉に詰まった。軽く胸を叩いて飲み込み、水を口にする。
「そ、そうですか?ありがとうございます。」
自分の中では大パニックであったが、何とか平静を保ちつつお礼を言う。
「ノエル殿下は嫌いなものがあったりするんですか?」
これはチャンスだと、ノエルの声をもう一度聞こうと質問を投げかける。
「嫌いなものはほとんど無いんだけど…熱いものが苦手で。食べるのに時間がかかる。」
「そうなんですね!確かに、いつもゆっくり召し上がれているイメージです。」
貴重なノエルの声が聞けてテンションが上がる。
「料理が冷めるのを待っている間、ヴィアの様子を見ていたらこちらまで幸せな気持ちになるし、料理も美味しくなるんだ。」
ノエルは言い終えると、何を思ったのかシルヴィアに向かってにこりと微笑んだのだ。あのポーカーフェイスのノエルが。シルヴィアはボンっと真っ赤になった顔をテーブルに伏せて身悶えた。何だこの可愛い生き物…。平静を装う余裕は無くなった。
「だ、大丈夫?ヴィアはノエルの声を聞きたがっていたから嬉しいわね。初日は全く話せなかったもの。」
様子のおかしいシルヴィアを心配したイレーネが、そっと肩に手を置いて顔を覗き込む。そして、目線だけでアーノルドの方を向けと指令を受けた。その目に焦りが浮かんでいるため何だか怖くなり、ギギギと恐る恐る反対側に顔を向ける。そこには笑っているのに笑っていない激おこモードのアーノルドが鎮座されていた。
「ヴィア、ノエルと話せて喜ぶ姿も可愛いんだけど、私の相手もしてくれるかな?」
普段剣を握っているとは思えないほど綺麗な指で顎を掬い取られて、突っ伏していたテーブルから引き剥がされる。きっと顔は真っ赤なままだろうし、再度机に伏せたいが、意外とガッチリホールドされていて無理そうだ。
「ふふっ…。こんな風にヴィアの瞳に映るのがずっと私だけならいいのに。」
目を細めたアーノルドの瞳には、完全に乙女の顔をした自分が画角いっぱいに映し出されていて、恥ずかしさが限界突破したシルヴィアは塩をかけられたナメクジのようにぷしゅーっと小さくなってしまうのだった。




