28.馬車で始まる恋愛話
「ふふ、ヴィア。昨日はよく眠れなかったのかな?」
「…ええ、おかげさまで。」
アーノルドから特大の飴と鞭を与えられ、脳が異常を起こして昨夜はなかなか寝付けなかった。そのため、南へ向かう馬車の中でシルヴィアは落ちてくる瞼との静かな戦いを強いられていた。寝る直前のアーノルドは今後控えた方がいいだろうとシルヴィアは思う。
「今日は移動だけだし、眠っていてもいいのよ?」
「着いたら起こしてあげるから。」
この兄妹、神だ。前世では特に推しているふたりではなかったが、今世では王国民の忠誠心と言う名の推し心で一生推していこう。そんな意味不明な事を考えるくらい本当に眠たい。
「きゃっ。」
いきなりくるりと視界が反転した。
「ふふ、昨夜のお詫びに私の膝をかしてあげる。」
アーノルドの顔が真上にあり、彼の膝の上に頭を預けている事に気がつく。引き寄せられた肩を、トントンとされて寝かしつけに入られる。慌てて起きあがろうとしても肩を離してもらえる様子はなく、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠す。しかし直ぐに意識がぼんやりとしてきて、シルヴィアはあっという間に眠ってしまった。
「本当に眠ってしまったわね。」
「ヴィアにだいぶ負担をかけてしまっているからね。無理もない。」
シルヴィアがスースーと静かな寝息をたてる中、3人が小声で会話する。
「慣れない環境で、本当に頑張ってくれているね。一度は断られたとは思えない。」
エミリオが眩しそうにシルヴィアの寝顔を眺める。
「私が巻き込んでしまった様なものだから、罪悪感もあるんだけど…。」
「だけど?」
「こんなに近くで一緒にいられる事にどうしようもなく喜んでいる自分もいる。不謹慎だね。」
アーノルドはシルヴィアの頭を撫でながら苦笑いを浮かべる。
「こんなに近くで想ってくれる人がいるなんて、ヴィアが羨ましいですわ。」
イレーネは柔らかく微笑む。
「おや、イレーネの想い人だってすぐ近くにいるじゃないか。」
エミリオがもう一台の馬車が走る方向に視線を向けて言う。
「イレーネはまだ彼のことを?」
アーノルドは目を瞬く。
「彼はずっと近くにいるようで遠いもの。ぶっきらぼうだし何を考えているか分からない…。でも諦められないんだから、いいでしょ別に。」
イレーネは頬を染めて窓の方に顔を向ける。
「そうだね、彼は無愛想だけど…。イレーネの事は気に掛けていると思うよ。」
アーノルドはふわりと微笑んで頷く。
「そうだと…良いんですけど。」
イレーネは頬を赤くしたまま俯いた。
「ふたりとも羨ましいよ、想える人がいて。」
エミリオが話題を引き取る。
「エミリオの方が早くお嫁さん探さないと、だよね。」
アーノルドが首を傾げてエミリオの顔を覗き込む。
「そうなんだよね。陛下からも急かされているところなんだ。この旅で捕まえてくるように言われたけど…。」
エミリオは眠るシルヴィアの方に一瞬だけ視線を落とし、アーノルドを直視する。
「誰の事を、かな?」
アーノルドは笑顔のまま少しだけ声のトーンを下げる。
「まあ、まだ死にたくないから諦めるね。」
アーノルドの質問には直接答える事なくエミリオはにこりと笑った。その言葉だけで十分な答えとなる。しかし、その笑顔から本心は読み取れないな…とアーノルドは思う。シルヴィアに視線を落とし、汗ばむ手を強く握りしめた。




