27.アーノルド襲来
「魔術の事を聞きたくて。しかし、部屋に連れてくる必要はなかった。自分が人に魔術の事を聞いている姿を人に見られたくないと考え…。未婚の女性であるという事を完全に失念していた。申し訳ない。」
ランドルフが謝っている。しかもとても丁寧に。『未婚の女性』でなければ何だと思っていたのかが少し引っかかるが、まあ聞いてもきっといい事はないためシルヴィアは聞き流しておく事にした。それにしても、ランドルフも出発する前のオズワルドも素直に謝っていたし、アーノルドは怒ると誰よりも怖いのでは…という仮説を立てた。普段はすごく穏やかなだけにその豹変ぶりがかなりのインパクトだ。
「なるほど?」
アーノルドは怒気を引っ込め穏やかな表情を作ると、シルヴィアの方に向き直る。そして、シルヴィアの口元を解放して問いかける。
「それで、何を前向きに考えて、何を出来るだけ早く伝えるのかな?」
シルヴィアは目を丸くした。数秒前のアーノルドと別人のようだという事と、自分の発言をしっかり聞かれていた事。両方に驚いている。
「炎魔術の新しい技を考えて、出来るだけ早くお伝えします。そうお話ししていました。」
シルヴィアは恐る恐る答える。
「そう、だったのか。」
アーノルドは目を瞑って大きく息を吐いた。その様子を見て、私もランドルフもホッとする。完全にいつものアーノルドの雰囲気に戻ったからだ。
「いやぁ、困ったなぁ。」
いつもの調子でふわり笑うアーノルドに私もランドルフも首を傾げて苦笑いを浮かべた。何に困っているのだろうかこの人は。そして困っているのは絶対に自分たちの方だとシルヴィアは思う。
「自分がこのように狭量な人間だとは思っていなかった…。驚かせてすまなかったね。」
その言葉を聞いたランドルフは驚愕の表情を浮かべてシルヴィアの方を見た。
「え?」
シルヴィアはアーノルドの言葉の意味も、ランドルフの行動の意図も読み取れず、さらに首を傾げる。しかしシルヴィアにその疑問を解決する時間を与えないようアーノルドが声をかける。
「さあ、今夜はもう遅い。明日は移動日になるようだから、私たちは部屋に戻ろう。」
アーノルドはシルヴィアの背中にそっと手を添える。
「はい。」
それはもちろんその通りで、ランドルフとの話ももう終わっていたため、シルヴィアも笑顔で頷く。
「悪かったな、ヴィア。おやすみ。」
ランドルフはバツの悪そうな顔で再び謝罪する。そんな彼の様子がまたも叱られた大型犬のように見えて、シルヴィアは自然と笑顔になる。
「いえ、大丈夫です。おやすみな…。」
バタン。
言い切る前にアーノルドによって扉が閉められてしまった。えっ、と思ってアーノルドを見上げてみたが、極上の笑顔を返されただけだった。そして、アーノルドは怖がらせた事を再度謝罪して、部屋まで送ってくれた。
「じゃあね、おやすみ。また、明日。」
その笑顔を見ていると、先ほどのアーノルドは幻覚だったのかと思うほどだ。
しかし、翌朝のミーティングでエミリオより、男女ふたりきりで部屋に入る事は今後禁止するという言葉を聞いて、アーノルドの怒りを思い出し、シルヴィアとランドルフは震える上がった。紛れもなく現実だった。
「エミリオ、抜けているよ。婚約者でもないのに、だよ。」
アーノルドは今朝もキラキラ笑顔である。
「あ、ああ。そうだったな。婚約者同士ではない場合、とする。」
対して、エミリオの顔は引き攣っている。それもそうだろう。自分たちの中に、婚約者同士のものはいない。実質、その前置きは意味をなさないだろう。この時はまだシルヴィアはそう思っていた。




