兵(かずあわせ)
槍を振るう。
戦いとなれば、武器は持たねばならない。
敵に向かって槍を振るえば、相手はそれを避けるか、受けて血を流す。
弓を射る。
戦いとなれば、敵を倒さねばならない。
敵に向かって弓を射れば、相手の何処かに矢じりが届けば、それは向かってくる足を止める。
或いは、うまくすれば、殺すことができるだろう。
槍も弓矢もなければ、地面に転がる石を投げる。
戦いとなれば、手段は選んではいられない。
敵に向かって石を投げれば、相手が槍を振る前に、逃げる時間を見出だせるかも知れない。
或いは、逃げた先で、もっとマシな武器を手にすることができるかも知れない。
兵士は戦場を選べない。
俺のように、芸のないもの、学のないもの、であれば尚更だ。
指揮官の言われるままに集められ、指揮官の号令ひとつで前に進んで戦う。
一つ。矢を打てば、敵の足元にすら届かず、途中で落ちる。
二つ。恐ろしい形相で近寄ってきた敵に、槍を振るえば、それは避けられ、敵の槍の切っ先が俺の身体に傷を作る。
三つ。石を投げれば、それは見当違いの方向に飛んでいく。
隣の戦友が、その槍で敵を突き、尻餅をついた俺は、危うく命を拾う。
そんな事の繰り返しだ。
英雄でも、士官でもない、言われるままに戦う、数合わせの寄せ集めの兵士。
俺が助けることもあれば、助けるなんて考えられずに、仲間を置いて逃げることもある。
頭を割られた仲間が、俺の右足を掴んで、必死に助けを乞うこともある。
そんな仲間の腕を、槍の穂先で切り落として、見捨てて逃げることもある。
ただ戦争に加わって、戦場に並んで、後はなんとか生き残る事だけ考える。
それ以上のことなんて、指揮官は俺達に望んでいない。
俺達が必死に生き残ったその数が、相手の同じ様な連中の生き残った数より多ければ、恐らく、その戦いに勝ったと言えるのだろう。
今日は、五人殺した。
今日は、仲間が三人、眼の前で死んだ。
必死に生きて、生き残って、帰り着いた陣地で、煮えた湯と硬い生芋を腹に流し込んで、地面に倒れ込んで眠る。
夜中に敵襲で叩き起こされることもあれば、朝まで泥のように眠ることもある。
そして、また司令官が怒鳴り声を上げ、呼び集められ、戦場に並べられる。
雪が解けきった雨季に始まったこの戦争は、乾季を迎えている。
十日目からは、もう日にちを数えることを止めてしまった。
知らない顔。覚える必要もない戦友たちの顔。覚えても、どうせいつの間にか居なくなる。
俺とは別の戦場へ向かったのか、どこかの戦場に取り残されたのか。
ただ、これまでの戦争で、俺達を指揮する、士官連中の顔だけは覚える事ができた。
名前なんて覚えちゃいない。そんな学があれば、俺はこんな所に居ないだろう。
必死に生き残って、見たことのある士官の傍へ戻る。
そうすれば少なくとも、明日に繋ぐメシを食うこと、それと寝れる場所には辿り着ける。
その決まりを覚えるのに、俺の身体は生傷だらけになった。
決まりを覚える間もなく、死んでいった連中は山ほど居た。
俺の運が良かったのか、それとも、ソイツラの運が余程悪かったのか。
或いは、敵兵の運が輪をかけて悪かったのか。
俺はまだ生きている。それだけは確かだ。
まだ虫や野獣や鳥に食われるだけの腐肉にはなっていない。




