EP:6 ドリームエンカウント
「誘拐された!?」
俺の驚いた声に気圧されたフィスが、少しのけ反りながら何度も頷く。
目的地に着くまでの間、偶然同じ方向に向かう馬車に出会い、俺たちは後ろの荷台に乗せてもらっていた。
到着に時間が掛かるらしいので、何故あそこに居たのか、生まれてからずっとあそこに居たのかと聞いたが、それは違うらしい。
向かっている町に以前は住んでおり、齢6歳から生活しているようで、育ててくれたのは医者。
クセが強いけれども、凄くいい人だと頑張って説明してくれた。
切り詰めた生活だったが、それはそれで楽しんでいたところ、人攫いに遭いそのまま売り飛ばされたらしい。
「それであちらに…でしたら、育ての親という町医者は今頃気が気じゃないでしょうね」
黙って聞いていたアゼルが、ふむとでも言いそうなポーズで呟く。
心配しているだろうという言葉に、フィスは心做しか申し訳なさそうに俯いていた。
なんとなく気まずい雰囲気の中、ふと気になったことを口にしてみる。
「6歳までは、どこにいたの?」
「それは……すみません、僕も覚えていないんです。気付いたらハシュテリテに居たんです…」
「……なるほど」
___ハシュテリテ、エリュシア国の外れに位置するのどかな村。
そこまで人がいるという訳でもなく、かと言ってド田舎という訳でもない、程よい町。
馬車から覗いた町は、まるで絵本に出てくるような美しさだった。
レンガ調なのは変わらずに、ひとつの山の側面に段々畑のような形で家々が建っている。
そこそこ広い田んぼが周りを囲い、果樹園もあるようで、熟れた赤い実も見つけた。
そういえば、リンゴに似ていたような気が……。
新聞に書いてあった住所は、ハシュテリテの有名食堂の斜め後ろだそうで、入口は路地裏の方。
俺たちは3人揃ってその扉の前に立っている。
___コンコン…
控えめにノックすると、暫くの静寂。
留守かな?と思った矢先に、建物の中からドタバタという慌ただしい足音と、何かが倒れる音が聞こえた。
突然の騒々しさに目を白黒させていると、勢いよく扉が開き、俺の顔にクリーンヒット。
景色は、静かに暗転した。
♦︎♦︎♦︎
「………は、…………すね………い」
なにか聞こえる、暗闇の中から語りかけられている気がして、うっすらと目を開けると、そこには真っ黒な空と、見渡す限りの草原。
所々、地面から赤黒い結晶が突き上げるように露出している。
どうやらここは夢の中のようだ。
自分の視界から見える体に、違和感こそないものの、そこにあるという実感を感じなかった。
そして、1番に驚いたのは、俺の体が日本にいた頃の姿になっていること。
「お、俺の体が…戻ってる!!」
嬉しいような、まだ美少女で居たかったような、複雑な感情に苛まれながら、自分の拳を握りしめた。
扉が突然開いて、頭にぶち当たったのは覚えているが、そのあと目が覚めたらここに居た。
どうしたもんかと頭を抱えていると、突然その頭を小突かれる。
「さっきから話しかけているんだけれど」
「えっ、い……イヴ!?」
じんわり痛みを帯びる頭を庇いながら、声の主の方へ振り返ると、そこには俺が美少女だったときの姿があった。
名前をイヴ、10歳くらいの見た目で、長く艶のある髪の毛が特徴的な、人形のような少女。
名前を呼ばれたイヴは、怪訝な顔して眉をひそめながら「煩いわね」とボヤいている。
俺の一挙一動が気に入らないと言ったような不機嫌っぷりで、俺を見ていた。
「貴方ね、勝手に私になってしまったのは」
「……と、いうと」
「神のいたずらのようなものね、確かにバチが当たったって仕方ないけど、悪い奴じゃなさそうで安心したわ。だけど信じらんない、こんなオッサンを入れられて、私の純情は誰も尊重しないのかしら」
捲し立てるようにブツブツと文句を言い始めたイヴ。
イライラが貧乏ゆすりからも見て取れる。
俺はどう言葉をかけたらいいやら、自分よりも頭5つ分くらい小さい少女に怒られ、萎縮しているしか無かった。
「それで、次の宿り主は貴方みたいだけれど、勝手なことはしないでちょうだいね、陰謀だの復讐だの私はうんざりなんだから。そうそう、あのイケメンな執事……アゼルだったかしら、彼は元気?最近新しい気配も感じるけど、それもイケメンなのよね?」
「ど、どういうことかさっぱりなんだけど……君はイヴなんだよね?……なんでか俺、君の体に入っちゃってたみたいなんだ」
そう聞き返すと、少女…イヴは、正に「あんたバカ?」とでも言いたそうな顔で俺を見る。
首を傾げてこれでもかと眉をひそめながら、これでもかとまた貧乏ゆすりしている。
「何よそれ、勝手に使っといてよく言うわよ。今更知らないフリって……まぁ、いいわ。せいぜい私の体を使ってるなら美少女らしく振る舞いなさいよね!あと、私の周りにブスは置かないでちょうだいね。全く、デブで油汚い男の何がイケメンなんだか、あぁ!腹立たしい!」
その内容から察するに、イヴは元々美醜逆転には納得のいっていない、俺からしたら正常な人間なんだなと納得した。
あの異世界だとB専扱いだろうが…それなら、アゼルをそばに置いたのも納得がいく。
一度話し始めると、饒舌に語り始めるイヴは、綺麗な見た目の割に活発な女の子の印象を受ける。
内容は思想強めだけど…年頃の女の子って感じがしていいんじゃないか、と俺の頭の中は考えるのをやめた。
イヴに聞きたいことは山ほどある、いつ目が覚めるか分からないし、俺は彼女が黙るのを待っていたが、その前に時間は来てしまったようだ。
突然の目眩と、眩しい光。
___次に目が覚めると、俺の目の前にはあの美しいアゼルの顔がドアップで映っていた。
「大丈夫ですか?もう夕飯時になりましたよ、イヴ様」
アゼルが離れた途端、跳ね起きて顔や体をぺたぺた触った。
やはり、イヴの姿に戻ってしまったらしい。
黒く艶やかな髪が、いつも以上に他人のものだと思うと、なんだか生々しく感じた。




