EP :4 傾国の奴隷
___その日は、初めて街へ訪れた記念と、この世界に来てから初めての憤りを覚えた日になる。
海の緩やかな波が揺れると、船に触れてちゃぷちゃぷと音を立てていた。
島を出てからというもの、2時間程経っただろう。
船に乗っている間、退屈するだろうと思ったが、アゼルに勧められたエリュシアの本をいくつか見繕ってもらって、それを読んでいた。
基本的な内容はその国の生い立ちから、名産品まで、ありとあらゆることが書いてあった。
名前は日本とは違うが、見た目からして馴染みのあるものも多く、服装的に時代は中世、といったところだろう。
本の挿絵に載っていた街並みは、基本的にレンガ調で、催事が多いため、人同士の交流が多いそうだ。
山に囲まれているということもあり、比較的閉塞な街というのが俺の印象。
「なるほど………確かに立派な国だと思うけど、どうしてこんな辺境の地に?」
海のそばと周囲には山、もっと近隣の小さな町などが近い方がいいのではないだろうかと思ったので、アゼルに質問してみる。
小舟の舵を取るアゼルは、「そうですねぇ」と小さく呟いてから、親切に理由を説明してくれた。
「あくまでも推察ですが、あと2つの国よりも規模が小さいですから、その場に追いやられたというのが近しいでしょうか」
「あと2つと言うと、ロンザスタ国とベリュネ国だったっけ…」
「はい、その通りです。しっかり学習なされてますね」
「ま、まぁね!」
頭に入っていたことを言っただけで、まるで親が子供にするかのように優しい瞳と、そして声色で褒められてさすがに気恥しくなる。
いい歳して褒められたという事実に、視線を逸らして、近付いている港を見ることで気を紛らわせた。
身を乗り出してその港と街をよく見る。
ファンタジーの世界にある街だ、さすがにテンション上がるなぁ。
規模が小さめとは書いてあったけれど、充分立派に見えた。
「イヴ様、あまり身を乗り出すと落ちますよ。そろそろ着きますからお待ちを!」
「はーい!」
ワクワクした気持ちを何とか抑えながら、俺はアゼルの言われた通り、船に座り直した。
♦︎♦︎♦︎
無事、人気があまりない場所に船をつけて、止めた。
濡らさぬよう俺はドレスの裾を不器用ながら掴みあげ、木製の足場へ足を下ろした。
赤いパンプスが日に当たって輝いている。
上を見上げてみると、日本と同じように明るい空、そしてカモメが高い声で会話するように泣いていた。
綺麗な青い海も、真っ白な砂浜も、まるで絵本に出てくるような、綺麗な世界そのまま。
大きな船がいくつか、煙を空にくゆらせながら停まっているのも見える。
街の方から 、活気のある人々の声が聞こえてくるようだ。
その場に早く行くため、アゼルを急かそうと後ろを見ると、思わずギョッと目を見開く。
アゼルが、その顔を隠すように大きな仮面を取り付けている。
ペストマスクと言われる、物々しいビジュアルのもので、まるまる顔を隠してしまっていた。
「なにをしてるの?それは」
「えぇ、これですか…昨日も教えたとおり、俺のような容姿の者は軽蔑され、罵られる存在です。悪魔の使いと言う方々もいるそうです。自分を守るためのガードというわけです」
そこまで説明してくれたアゼルの姿を見て、自分の考えは"分かったつもりだっただけなんだ"と思った。
簡単に言ってしまえば、男だけに適応された美醜逆転と言う設定だったが、その重みはどうやら、想像を超える重みがあるらしい。
確かに、鞭で叩く音が聞こえてくる。
周りを見れば足枷をつけられ、所々破れた服を着た青年たちが見えた。
人が物のように扱われるのは、見ていて気持ちのいい物じゃない……。
俺は元気づけるなんてお畏れたことは出来ないのが、居てもたってもいられず、アゼルに近付いて、両手を差し出した。
すると、アゼルはそれに気づき首を傾げながら、跪いてくれる。
俺はアゼルの頬の辺りに手を添えて、ペストマスク越しに目を見つめた。
「お前は綺麗だぞ。確かに…世界はお前を罵るだろうが、お前の美しさは私だけが知っていればいいからな」
ふと思い出した。
働いていたとき、自分に自信のない後輩がいた。
いつもくよくよして、夜は一緒に酒を飲みながら、こうやって励ましてやっていたっけな。
懐かしい感覚に心を染めながら、アゼルに俺の気持ちを真っ直ぐ伝える。
マスク越しの瞳がゆらりと揺れたような気がして、その美しさに目を奪われていると、アゼルは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます」
「うん、分かってくれたなら…いい」
急に恥ずかしくなって、離れてからレースの手袋を直し、歩き出した。
トランクケースを持ち上げたアゼルも、それに続くよう着いてくる。
♦︎♦︎♦︎
街をしばらく歩いてわかったが、奴隷制度を直で見た衝撃は、やはり何にも変え難いだろう。
昼食に寄ったレストランの窓から、路地裏でガタイのいい男性に打たれる美少年を見た。
思わず助けに行こうと手を伸ばしたのだが、アゼルによってそれは阻止された。
ただ目が合って、有無も言わさずNOと首を振られたのだが、それに何故か抗えなかった。
そのまま、なんだか気分の良くないレストランでの食事を終え、店を出ようとした時、厨房の方から罵声が聞こえた。
「まったく、テメェは働かせてもらってる自覚がねぇのか!」
「…すみません、すみません」
大きな声は店の中に響き、食事していた人たちも思わず顔を上げて、辺りを見渡していた。
ガシャンという何かを落とすような音、小さく唸る悲鳴が聞こえて、今度こそ堪忍袋の緒が切れた。
アゼルからの静止の言葉も聞こえないフリをして厨房へ駆け込む。
そこには、興奮したように肩で息をしながら、ガリガリに痩せたか細い少年の胸ぐらを掴む男の姿があった。
男はここのコックらしく、血走った目で、入ってきた俺を見るなり貼り付けた笑顔をうかべた。
「いや〜、これはこれは…すみませんね、騒がしくて。このクズが言うことを聞かんもんですから、頭に血が登りましてね。食事は済まされましたか?うちの自慢のガトーショコラをサービスさせていただきますよ」
「結構だ」
店主を睨むのも程々に、俺はコックの手から呆気なく放り出された少年に駆け寄った。
……細い、見える肌からは生気すら感じられないような気がする。
素人にもわかるほど、ロクな食事を与えられていないみたいで、骨が浮きでている。
頭はベトベトで固まっているし、あちこちに生傷や痣が顔を出している。
俺を見上げるその体は、怯えているのか大袈裟に震えていた。
俺は、着ていたカーディガンを少年に被せる。
怯えた瞳で見られたのは初めてだったが、その目のあまりの濁りように同情を通り越した何かを感じる。
コックの方に体を向き直して、アゼルから渡されていた金貨をいくつか掴んで投げつけた。
「コイツは俺が貰う!人じゃないのか、お前は!」
金貨は拾われることなく、コックやキッチンの備品にはね返り、高い音を立てて落ちる。
せっかくの可愛い声で言う言葉じゃないなと、自分の体に申し訳なさを覚えながら、目を丸くして驚いている店主を気にもかけず、少年を立ち上がらせた。
俺とか言ってしまったが、誰も気づいてないだろうな…。
他の客の視線も、少年の戸惑った声も、アゼルの声すらしばらく頭に入らないほど、自分の咄嗟の行動に少しだけ戸惑いながら、店を後にした。
しかし、俺はこの世界に納得がいかないと、改めて自覚した衝撃の出来事だったのだ。




