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ホラー短編集

蜃気楼の都

喉がカラカラの時に見る、一滴の水。それって、命そのものだよな。今回は、砂漠の蜃気楼をネタにした、古典的なホラーだ。救いを求めた先が、実は、一番の地獄だった、ていう、救いのない話。大好きだろ?

 陽炎が、地平線をぐにゃりと歪ませている。


 僕、地質学者のケンジと、三人の調査隊員は、この灼熱の砂漠の真ん中で、完全に遭難していた。三日前にジープが故障し、昨日、最後の水筒が空になった。唇は切れ、喉は張り付き、意識は、熱と渇きで朦朧としている。


 もう、終わりだ。誰もが、そう思った時だった。


「み、見ろ! あれは……!」


 隊員の一人が、震える指で、遥か前方を指さした。そこには、信じられない光景が広がっていた。


 白い壁に囲まれた、美しい都。緑の木々が生い茂り、中央には、湖が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


「蜃気楼だ」

 僕は、かすれた声で言った。

「光の異常屈折が見せる、ただの幻だ。あそこには、何もない」


 だが、渇ききった仲間たちの瞳には、もう、理性の光は残っていなかった。

「幻でもいい! 水があるなら……!」


 彼らは、最後の力を振り絞るように、その幻の都へと、歩き始めた。僕は、一人、取り残されるのが怖くて、その後を、追うしかなかった。


 不思議なことに、都は、近づいても消えなかった。それどころか、建物の細部や、人々の姿まで、はっきりと見えてくる。


 僕たちは、まるで夢遊病者のように、その都の門をくぐった。


 中は、楽園だった。


 涼やかな風が吹き、果物がたわわに実り、中央の湖には、透き通った水が、なみなみと湛えられている。都の住人たちは、僕たちを見つけると、天使のような笑顔で駆け寄り、水と食事を、惜しみなく分け与えてくれた。


 僕は、生まれて初めて、水が、これほどまでに甘く、美味しいものだと知った。


 僕たちは、奇跡に救われたのだ。


 数日間、僕たちは、その都で、至れり尽くせりの歓待を受けた。体力が回復すると、僕は、この不可思議な都について、調べ始めた。


 だが、奇妙なことばかりだった。住人たちは、皆、驚くほど親切だが、どこか、表情が乏しい。そして、誰も、この都がどうやって成り立っているのか、教えてくれないのだ。


「この水は、どこから?」

「都が、与えてくださるのです」


「あなた方は、何を食べて生きているのですか?」

「我々は、もう、何も必要としないのです」


 そして、何よりも奇妙なのは、誰も、絶対に、都の外へ出ようとしないことだった。


 出発の日。僕は、都の長老らしき老人に、礼を言った。

「大変、お世話になりました。僕たちは、そろそろ、行かなければ」


 その瞬間、老人の、穏やかだった表情が、すっと、消えた。

「行く? どこへ? ここには、全てがあるというのに」

「ですが、僕たちには、帰る場所があります」

「帰る場所など、もう、ありませんよ」


 老人の言葉に、ぞくり、と、嫌な予感がした。


「あなた、最初に、我々を見た時、何だと思いましたかな?」

「……蜃気楼、だと」


「その通り」

 老人は、にっこりと、笑った。だが、その目は、全く、笑っていなかった。


「我々は、蜃気楼。百年前に、あなた方と同じように、この砂漠で渇き、死んでいった者たちの、無念の集合体。あまりにも強く『ここにオアシスがあれば』と願った、その想いだけが、この場所に、都の幻を、結んでいるのです」


 僕の、血の気が、引いていく。


「で、では、この水や、食べ物は……」


「ええ、本物ですよ。この都は、我々と同じように、渇きに苦しむ旅人を、引き寄せる。そして、その命を、少しずつ、糧にするのです。あなた方が、この都の水を飲み、食事をするたびに、あなた方の『生気』が、この都に吸い上げられ、幻を、維持する力となる」


 長老は、僕の肩に、そっと、氷のように冷たい手を置いた。


「あなた方も、もうすぐ、我々の仲間入りです。そして、次の旅人が来るのを、我々と一緒に、ここで、永遠に、待ち続けるのですよ。我々は、もう、一人で逝くのは、寂しいのですから」


 振り返ると、親切だったはずの住人たちが、皆、同じ、虚ろな、飢えた目で、僕たちを、じっと、見つめていた。

優しい絶望ってやつだ。親切にされて、歓待されて、気づいたら、もう、帰れない。最高のホラーだよな。

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