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声が届くという想像

作者: ntpq
掲載日:2025/05/24

※これは短編です。


縄文時代のような、文字も通信もなかった時代を舞台にしています。

想像の限界と、時代によって変わる「当たり前」について、静かに考えてみました。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

村の空を、一羽の鳥が滑るように飛んでいた。


タカはその姿を見上げながら、じっと動かないでいた。

獲物を見つけて構えていた弓は、もうしばらく使っていない。


ここは村A。山に囲まれた集落で、タカは狩人として知られていた。

弓の腕は確かで、鹿や猪も一発で仕留める。

だが最近は、心がどこか上の空だった。


それは、数日前の出来事が原因だった。


狩りの途中、山中の小さな川辺で出会った女。

長い髪を結い、腰に薬草を入れた袋を下げたその女は、見知らぬ言葉を話した。

やがてわかったのは、彼女がこの山の向こうにある村Bの出身だということだった。


薬草を探しに来たが、道に迷ったという。

タカはその草の群生地を知っていた。


案内の道中、ぎこちなく言葉を交わした。

発音の違いもあったが、伝えようとする気持ちは通じていた。

彼女の名はユイ。別れ際、深く礼をして山道を下っていった。


その日から、タカの頭は彼女のことでいっぱいだった。


狩りに出ても、彼女の姿が浮かぶ。

鳥を見れば、「飛べたらいいのに」と思う。


もし自分も空を飛べたなら、山を越える苦労もなく、すぐに村Bへ行ける。

そしてまた彼女に会って、話をしたい。

それは、真剣な願いだった。


大きな葉を拾っては風を読んだ。

崖の上に立っては、鳥の羽ばたきを真似た。

形にはならなかったが、空を飛ぶという想像は、タカの中に根を張っていた。


けれど、ふとした疑問がよぎる。


――もし、飛んで行っても、彼女が村にいなかったらどうする?


薬草探しでまた山に入っていたら、何日も無駄になるのではないか?


そこでタカの思考は止まった。


彼は考えなかった。


「離れていても、声だけでも届けられないか?」と。


その発想は、一度も生まれなかった。


それは、当たり前のことだった。


言葉は、顔を向かい合わせて話すものだった。

声は風に消えるし、物理的に近づかなければ届かない。


獣の骨を鳴らしても、楽器にはなっても会話にはならない。


声だけが、どこか遠くの人間に届く――

そんなことを考える土台が、タカの世界にはなかった。


彼が夢見たのは、「飛ぶ」ことだけだった。

それが彼にとっての「最も可能性ある想像」だった。



だが、時代が進み、技術が積み重なり、人はやがて空を飛んだ。

そして、言葉や声を空気ではなく、波として運ぶ手段も手に入れた。


いまでは、どれだけ遠く離れていても、すぐに会話ができる。

顔を見なくても、声を聞ける。

それがあたりまえの世界に、私たちはいる。


でもそれは、タカの時代の人間にとって、“想像の外側”にあった未来だった。


どれほど鋭く、どれほど強く望んでも、

“声だけを届けたい”という発想自体が、存在しなかった。


想像は、いつも時代の中にある。


空を飛ぶことは、時に夢想できた。

だが、「声を飛ばす」という想像は、その土台がなければ生まれない。


ガリレオが望遠鏡で木星を見た時、もっと近くで観測したい、もっと高性能な望遠鏡が欲しいと思ったとしても、

でもボイジャーのような探査機を思い浮かべるには、あと三百年の知識の積み重ねが必要だった。


人は、想像できたことしか、実現できない。


けれどそれは同時に――


想像すらできなかったことは、見過ごされてきたのだ。


今この時代にも、

想像すらされていない何かが、

私たちの外側に静かに潜んでいる。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


「人が想像できたものは、いつか実現する」と言われますが、

この物語はその裏側――「想像すらできなかったものは?」という問いから生まれました。


もし何かひとつでも、心に残るものがあれば嬉しいです。


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