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声が届くという想像

作者: ntpq

※これは短編です。


縄文時代のような、文字も通信もなかった時代を舞台にしています。

想像の限界と、時代によって変わる「当たり前」について、静かに考えてみました。


気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

村の空を、一羽の鳥が滑るように飛んでいた。


タカはその姿を見上げながら、じっと動かないでいた。

獲物を見つけて構えていた弓は、もうしばらく使っていない。


ここは村A。山に囲まれた集落で、タカは狩人として知られていた。

弓の腕は確かで、鹿や猪も一発で仕留める。

だが最近は、心がどこか上の空だった。


それは、数日前の出来事が原因だった。


狩りの途中、山中の小さな川辺で出会った女。

長い髪を結い、腰に薬草を入れた袋を下げたその女は、見知らぬ言葉を話した。

やがてわかったのは、彼女がこの山の向こうにある村Bの出身だということだった。


薬草を探しに来たが、道に迷ったという。

タカはその草の群生地を知っていた。


案内の道中、ぎこちなく言葉を交わした。

発音の違いもあったが、伝えようとする気持ちは通じていた。

彼女の名はユイ。別れ際、深く礼をして山道を下っていった。


その日から、タカの頭は彼女のことでいっぱいだった。


狩りに出ても、彼女の姿が浮かぶ。

鳥を見れば、「飛べたらいいのに」と思う。


もし自分も空を飛べたなら、山を越える苦労もなく、すぐに村Bへ行ける。

そしてまた彼女に会って、話をしたい。

それは、真剣な願いだった。


大きな葉を拾っては風を読んだ。

崖の上に立っては、鳥の羽ばたきを真似た。

形にはならなかったが、空を飛ぶという想像は、タカの中に根を張っていた。


けれど、ふとした疑問がよぎる。


――もし、飛んで行っても、彼女が村にいなかったらどうする?


薬草探しでまた山に入っていたら、何日も無駄になるのではないか?


そこでタカの思考は止まった。


彼は考えなかった。


「離れていても、声だけでも届けられないか?」と。


その発想は、一度も生まれなかった。


それは、当たり前のことだった。


言葉は、顔を向かい合わせて話すものだった。

声は風に消えるし、物理的に近づかなければ届かない。


獣の骨を鳴らしても、楽器にはなっても会話にはならない。


声だけが、どこか遠くの人間に届く――

そんなことを考える土台が、タカの世界にはなかった。


彼が夢見たのは、「飛ぶ」ことだけだった。

それが彼にとっての「最も可能性ある想像」だった。



だが、時代が進み、技術が積み重なり、人はやがて空を飛んだ。

そして、言葉や声を空気ではなく、波として運ぶ手段も手に入れた。


いまでは、どれだけ遠く離れていても、すぐに会話ができる。

顔を見なくても、声を聞ける。

それがあたりまえの世界に、私たちはいる。


でもそれは、タカの時代の人間にとって、“想像の外側”にあった未来だった。


どれほど鋭く、どれほど強く望んでも、

“声だけを届けたい”という発想自体が、存在しなかった。


想像は、いつも時代の中にある。


空を飛ぶことは、時に夢想できた。

だが、「声を飛ばす」という想像は、その土台がなければ生まれない。


ガリレオが望遠鏡で木星を見た時、もっと近くで観測したい、もっと高性能な望遠鏡が欲しいと思ったとしても、

でもボイジャーのような探査機を思い浮かべるには、あと三百年の知識の積み重ねが必要だった。


人は、想像できたことしか、実現できない。


けれどそれは同時に――


想像すらできなかったことは、見過ごされてきたのだ。


今この時代にも、

想像すらされていない何かが、

私たちの外側に静かに潜んでいる。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


「人が想像できたものは、いつか実現する」と言われますが、

この物語はその裏側――「想像すらできなかったものは?」という問いから生まれました。


もし何かひとつでも、心に残るものがあれば嬉しいです。


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