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110円+α  作者: 雪本 風香
5/10

2通目:佐々木庸介②


転機だった。

全てがトントン拍子に進む。

たまたまその町地域おこし協力隊の募集要項の一つに、サイクリングを推進する部署の募集があったのだ。


当時の庸介のサイクリングの経験は豊富だった。

愛実と別れてから、一人の時間を持て余した庸介は、学生時代の趣味のロードバイクにのめり込む時間が増えたのだ。

仕事の忙しさを忘れるかのように最低限の荷物を持って自転車を走らせる。

近所を走ることもあったし、遠出することもある。

計画を立てて泊まる場合もあったし、行き当たりばったりでスーパー銭湯のようなところで仮眠を取ることもある。

次の日が仕事の時は、最終電車やフェリーで日帰りだ。

記録がてら、SNSでサイクリングの投稿をしていたら繋がったサイクリスト達と連れ立って旅することもあった。

愛実と別れてから2年程の月日が経っていた。そして、その段階で庸介は国内の主要なサイクリングロードは制覇していたのだ。


現職の仕事のタイミングも良かった。

庸介が当時勤務していたのはベンチャー企業だ。

社内でノウハウを学び、大体30歳前後で皆、独立したり外資系に転職したりする。

庸介もそろそろ、というタイミングだった。


入社してからコツコツ行っていた投資の配当で働かなくても最低限の生活はできる。

導かれるように全てのタイミングが合致した。


面接時と異なったのは、ミッション型で申し込んだのが、より自由度の高いフリーミッション型採用に変わったことくらい。

無事地域おこし協力隊に任用されることが決まり、庸介は会社に辞表を提出した。



庸介から報告を受けた両親の怒りはそれはもう激しかった。

だが、30歳になっている息子には何を言っても響かない。

仕事はもう辞めることが決まっていたし、今更文句を言われようが、両親には関係ない。

淡々と準備をし、庸介は引っ越しの準備を整えた。

そして、岸本と柚葉の結婚式の次の日、引っ越したのだ。




市が用意していた住まいは、古い一軒家だった。とはいっても水回りはリフォーム済みで使い勝手はいい。

庭はないが、家の横に自動車と原付が止められるスペースがあるのは幸いだった。

庸介を一番喜ばせたことは、三和土が広いことだ。ロードバイクを置けるし、簡単な整備なら玄関先で出来る。

旧市街地に用意された家の隣近所は昔ながらの住民と、先に赴任している地域おこし協力隊のメンバーが住んでいる。

住めば都だと思っていたが、想像以上の住環境に庸介は幸先の良さを感じた。


いいときの予感は当たる。


市役所の地域支援課の中のサイクルプロジェクト推進係に配属された庸介は、サイクリストを町に呼び込むというミッションはそのままに、かなりの裁量権を与えてもらって活動をスタートすることができたのだった。


地域おこし協力隊の仕事は、面白いの一言だった。

外から見ていただけでは知らなかったこの町の本当の姿も垣間見えてきた。


町の人は総じて親切だった。

初対面の庸介にも気さくに声をかけてきて、困っていることがあったら何でも言ってくれ、と言い残して去っていく。

道端ですれ違った時は「ちゃんとやれよんかー?」と気遣いの言葉をかけてくれる。

関西弁とも広島弁とも似ているようで少し違う方言を早口で話す町の人の言葉は、東京出身の庸介にとって少々気圧されたが。

それもすぐに耳が慣れた。


この町の人は郷土愛が強い。特に庸介の借り家の旧市街地に昔から住んでいる住民は。

郊外の新興住宅地はまた少しは違っているが、地域の繋がりが強いのは変わらない。

昔の日本は全国にこんなところばかりだったのだろうが、隣近所の関わりが薄れたところで生きてきた庸介にはカルチャーショックではあった。


庸介が引っ越してきたことも数日以内には地域の住民は知っていた。

地域おこし協力隊の仕事柄、顔が広がるのは悪くないし、あまり物怖じもしない性格だ。

庸介にとってはすぐに自分の情報が知られたことはある意味良かった。


特に一軒家の大家である村上シズ子、シズ子の息子でこの周辺の顔役の武夫、市役所の担当者で同い年の神野。

特にこの3人に支えられ、庸介はこの町でのスタートを切ったのだった。

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