1通目:小芝愛実②
庸介から手紙が届いた数日後の平日休み。
愛実はレターセットを買いに電車に乗ってターミナル駅の生活雑貨のチェーン店を訪れていた。
文具コーナーの片隅にあるレターコーナーを吟味する。
シンプルなものからファンシーなもの、動物のデザインに風景をモチーフにしたものまで。
じっくり考えて、今回は昔好きだったキャラクターのレターセットにした。
会計をしてコンビニに寄る。
2枚程写真を印刷して、近くにあるチェーン店の喫茶店に入った。
モーニングが人気の店だが、ちょうど終わったタイミングでランチにはまだ早い時間だからか、待ち時間なく席まで案内される。
ランチ限定プレートとたっぷり入ったブレンドコーヒーを頼むとカバンから万年筆とA5サイズの下敷きを取り出した。
書き出しはいつも同じだから迷わない。
ブルーブラックのインキでいつもの定型文を記すと、愛実の手が止まる。
(何から書こうかな)
文通を始めた頃は、何を書くか迷っていたのに、今は伝えたいことが多すぎて悩む。
一旦万年筆を置いたところでたいみ品物が運ばれてくる。
今日もメニュー表より大きなサイズ。
見越して朝食を少なめにしてきて正解だった。
ミックスサンドを一口。うん、今日も美味しくて幸せだ。
愛実は片手でスマホを操作し、庸介のブログを覗く。
地域おこし協力隊以前から、趣味のロードバイクのブログを開設していた庸介は、そのジャンルでは人気のあるブロガーなのだ。
昨日も業務の一環で橋を渡っていたようだ。
地域おこし協力隊の仕事がどのようなものか愛実はよくわかっていないが、ブログからも生き生きとした庸介の様子が伝わってくる。
彼には0から1を生み出す力があるのだろう。
こんがり日焼けした肌で楽しそうな庸介は、東京にいた時よりも満たされているようだ。
ふふっと笑った愛実は再び万年筆を手に取る。
そして、サラサラとペンを走らせたのだった。
※
6枚入っていた便箋を使い切った愛実は、念の為読み返す。
見返してよかった。
誤字を発見した愛実は二重線を引き、上に正しい文字を書く。
私信なのだ、これくらいの横着は許される。
それにもう便箋も余っていないのだ。庸介には大目に見てもらうことにする。
最後まで読み直すと、次は封筒を取り出した。
最初に記載するのは、裏面の自分の住所氏名から。
くるっと表を返し、スマホを操作するとメモを開いて庸介の住所を丁寧に書いていく。
最後に大きな字で「佐々木 庸介様」と記すと、便箋と写真を納めていく。
自宅から持ってきた両面テープでしっかり封をすると、レターセットに入っていたキャラクターのシールを「〆」と書くの代わりに真ん中に貼った。
残っていたコーヒーを飲み干すと席を立った。
今日もいいタイミングだったようだ。ランチに来た客と入れ替わるように退店すると、近くにある郵便局に向かう。
混んでいた郵便窓口に並んで、自分の番になるとしたためたばかりの手紙を差し出した。
便箋6枚と写真2枚、ギリギリ25グラム以下だ。
「記念切手をお貼りしてもよろしいでしょうか?」
訊ねる局員に頷くと、毎度の確認をする。
「いつ届きますか?」
お調べしますね、と端末を操作して郵便番号で到着日を調べる局員は、手早く切手を貼る。
今回の記念切手は浮世絵のようだ。うさぎのキャラクターと浮世絵の女性。
アンマッチな2つの絵に受け取った庸介はどんな反応をするのか。
その顔を見れないことを少々残念に思う。
「到着予定は週明け月曜日ですね。速達でしたら明日の午後にお届けできますが、普通郵便でよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
愛実は頷くと、手紙を局員に預けて郵便局を退出する。
「さて、と」
大仕事を終えたような達成感で伸びをすると、愛実は駅前にあるファッションビルに向かった。
わざわざ遠出したのはこれが理由だ。
洋服を見て、本屋に寄り、帰りにデパ地下で美味しいものを買って帰る。
手紙を出した時のルーティンだ。
愛実は歩を進めながらふと考えた。
東京はお金さえあれば何でも揃う。
けれど。
溢れんばかりの情報と商品にイナカモノの愛実は時々溺れそうになる。
地元は不便だったのに。
テレビで見るようなチェーン店も県内に1店舗とかだし、今はどうか知らないが本だって2、3日遅れ。
発売日に並ばなかったことが田舎っぽくて、嫌いだった。
車がないと遠出することもできずに電車は一時間に一本。
不便だったし、不自由だった。
田舎から脱出したかったのに。
不自由なりの幸せもあるんじゃないか、と。
生き生きとしている庸介を見ると故郷で過ごしている時、いくつも大事なものを見落としていたのではないか、と。
そこまで考えた愛実は自嘲するように笑った。
(考えたところで、帰る家はないから)
母が亡くなったことで結婚も破談になった。
祖母の相続で揉めた煩わしい親戚とも縁を切って、連絡とる身内は結婚している妹だけだ。
帰る場所もないし、今更地元に帰ったところで地域の繋がりが強いあの町で過ごすのには愛実は傷つき過ぎていた。
人に干渉しすぎない東京は、孤独な者にはぬるま湯のようにちょうど良くて、居心地がいい。
愛実は田舎では考えられないくらいの多くの人間とすれ違いながら、東京の雑踏の中に吸い込まれていった。