2通目:佐々木庸介⑦
拝啓。
連日の熱帯夜が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、兄からお聞きになっているとは存じますが思うところがあり前職を辞め、2年ほど前より地域おこし協力隊として瀬戸内海を望む町に赴任しています。
都会に比べると小さな町ですが、そちらにはない魅力のつまった町です。
地域おこし協力隊の任期は最大3年ですが、任期を満了した後もこの町に残り暮らしていく予定です。
そのために市の業務の傍ら、副業として会社を設立しました。
仕事柄よくご存知だと思いますが役所関係はどうしても法の縛りがありますので、協力隊では運営しきれない部分は市からは業務委託という形で会社名義で活動しています。
地域おこし協力隊としてこの町を選んだ理由は、かつてつきあっていた小芝愛実さんの地元だからです。
以前調査していたから、ご存知ですよね。
フラレたのに未練がましいですが「帰る理由もないし二度と地元に行くことはない」と言っていた彼女が何かのキッカケで戻りたいと願った時、理由の一つになりたいと思ったからです。
結婚するつもりでした。ずっと俺が側で支えたかった。
それほど、俺の中では彼女の存在は大きかったです。
だから、彼女のことを勝手に調査して独断で別れてくれ、と頼んだあなた達を当時は許せなかった。
そして、そんな彼女を説得できなかった自分も。
あの時、彼女の手を離してしまったこと。何が何でも別れたくないと、すがりつけばよかった。
親戚のことで煩わされたくないという愛実に、もう無理だと諦めてしまったことは今でも後悔しています。
だから、あなた達があの時愛実に金を積んで別れを頼まなければ、と恨みました。
もう二度と会いたくないと、連絡も取りたくないと思っていました。
でもあの時、もし俺があなた達と関係を断つのではなく、きちんと理由を聞いて解決に尽力すれば違った未来があったのでは、と最近気付かされる出来事がありました。
愛実への想いも両親との問題も何も解決しない状態で、地域おこし協力隊という大義名分を掲げて逃げるようにこの町に来て。
そんな自分の至らなさを指摘されました。
有り難いことに、まだ両親は生きているから膝を突き合わせて話しなさいと、諭してくれる人がいました。
あなた達の考えは変わっていないかもしれない。
けれど、俺は直接あなた達から愛実が駄目な理由を聞いていないから、一度きちんと話したいと思っています。
地域おこし協力隊の業務を行う上で色々揉まれたので、当時よりも多少は聞く耳も持っているつもりです。
ご都合に合わせます。一度話す機会を設けていただけませんか。
俺の連絡先を同封しています。会っていただけるなら、ご都合のよい日程をお教えいただければ伺います。
彼女――愛実とは別れた後は何年か直接のやり取りをしていませんでしたが、俺が協力隊でこの町に行くことになったのを機に文通をするようになりました。
敢えて電話やSNSでのやり取りはせずに書簡の往復だけ。その細くて途切れそうな関係。いつでも終わらせられるというくらいの距離感ですが、今の俺たちにはちょうどいいみたいです。
今どき文通なんて面倒くさいものは続かないと思っていましたが、途切れることなくやり取りは続いています。
メッセージでは言えないことも、何故か手紙なら書けてしまうのが不思議です。
それでも、きちんと対面でないと伝わらないことがあります。
一方的に連絡を絶った俺を見捨てず、機会を作ってくれるなら。
俺の本音を今度は逃げずに父さん母さんに伝えたいです。
連絡を待っています。
最後になりましたが、まだ暑い日が続きますのでご自愛ください。
敬具