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110円+α  作者: 雪本 風香
1/10

1通目:小芝愛実①


――拝啓小芝 愛実(こしば まなみ)様。

お元気ですか。俺は変わりなく過ごしています。――


愛実はクスリと笑った。

毎回判を押したように同じ文言で始まる手紙は月1回のペースで愛実の元へ届く。


差出人は佐々木 庸介(ささき ようすけ)。過去に付き合っていたこともあるが、今はよき友人だ。


書いていることはいつも大体似たようなことだ。

サイクリストの彼が、相棒の自転車で訪れた場所。

地元の人との交流や新しくできたお店や閉店したお店の話題。

同封されている2枚の写真。

そして、毎回別の便箋にポツンと書かれている「墓参りしています」の文言。


最後の文言に少しだけ息が苦しくなる。

過呼吸の前兆だ。

息を吸ってしばらく止める。ゆっくりと息を細く長く吐くのを数回繰り返す。


よかった、過呼吸まではいかなかったようだ。

ホッとしながら墓参りのことが書いた便箋だけ素早く畳んで封筒に戻すと、もう一度頭から読み直す。


よくまぁあんなに代わり映えのしない田舎で、月1とはいえ毎月手紙を書ける日常を過ごせることに感心する。


今庸介が移住しているのは、四国の片田舎。愛実が18歳まで過ごした町だ。

海と山、そして有名なゆるキャラとサイクリングロードで人気の高い、本州へ渡る橋がある以外はのどかなどこにでもある田舎の町。

大学進学を機に上京した愛実にとってはよっぽど東京のほうが過ごしやすいと思うのに。

東京、それも世田谷区出身でいいところのボンボンである庸介は何が気に入ったのか2年前にいきなり移住したのだ。


別れた後、個人的には連絡を取ってはいなかったのだが、元々が大学の同じ学科で、サークル仲間だ。

共通の友人との飲み会や結婚式で顔は合わせていた。


「俺、今月末移住するんだ。愛実の地元に」


突然告げられたのは、サークル仲間の岸本 大和(きしもと やまと)柚葉(ゆずは)の結婚式のことだった。


「え……」と言った愛実は、思わず訊ねた。

「よくご両親許したね」

まぁな、と苦笑いを浮かべる庸介に愛実は察する。

「言っても聞かないもんね、庸介くんは」

「そうそう」

俺、ずっと反抗期だから、と笑う庸介の言葉をそのまま受け取るほど、愛実は浅い付き合いをしていない。


「とりあえず地域おこし協力隊として行ってくる。まぁ任期は最大3年だから、そのあと残るかどうかはまだ未定だけどな」

両親からは3年経ったら戻って来いと言われるのだろう。

その時に庸介がどうするのかは、愛実にはわからないし、口出しする権利もない。

付き合った期間より友人に戻った時間の方が長いのだ。

だから「そうなんだ」と言葉少なに答えた愛実に、庸介は提案した。


「なぁ、文通しないか」




その時のことを思い出すと愛実の口角は緩む。

今の世の中便利なものが沢山あるのに。

通話無料でメッセージもすぐ既読になるメッセージアプリに、全世界の赤の他人とも繋がってやり取りができるSNS。

郵便なんて年賀状くらいしか出さないのに文通とは……。


最初は「令和の時代に……」と二の足を踏んでいていたが、庸介から直筆の近況報告が届くのは意外と嬉しいものだった。


地域おこし協力隊の応募の書類を送った余りのような無機質な真っ白い封筒に、沢山の切手が貼られている。

鮮やかな緑のメジロの柄の50円切手が1枚。

茶色い背景にたんぽぽの柄が映える10円切手が6枚。

合計7枚もの切手が縦に貼られている。

久しぶりに見る50円切手に懐かしさを覚え、切手だらけの封筒に笑いが起きる。

きっと誰かのタンスの中で眠っていた切手を総動員したのだ。

中の便箋は、封筒と同じくシンプルな罫線しか引いていない縦書きのもの。

真っ白な便箋に、黒のボールペンで記されている文字は左利きのクセなのか、少々右下がり気味だが、力強い。

文通をきっかけに庸介の字をマジマジと見ることになったが、彼らしい生命力に溢れた字だ。

同封されている写真は来島の渦潮を間近に撮影したものと、ソフトクリームをパクついている庸介の顔を撮ったものだった。


懐かしい場所。昔母と訪れたことを思い出して胸が少しだけ痛む。

それでも、東京から遠く離れた故郷の写真を見れるのは案外楽しいものだった。

メッセージアプリで来たら忙しさにかまけてスッと流してしまうものなのに。

わざわざ開封しないといけない手紙は時間のある時に腰を据えて読むからか、印象に残るのだ。

そして自分がしたためる手紙もまた、同じくらい記憶に残る。

月1回、多くて2回程度のやり取り。なのに付き合っている時に何度も送り合ったメッセージよりも手紙でのやり取りの方が濃厚だ。


愛実はもう一度頭から読み直しながら、あの町で庸介がどんな様子で過ごしているのか、文章から想像する。

物怖じしないし、人の心の機微に敏感な彼のことだ。

うまく馴染んで、地域の人に可愛がられているのだろう。

楽しそうに過ごしている庸介を想像すると、何故か愛実は自分のことのように嬉しくなるのだった。


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