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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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隔世遺伝


今日も仕事を終えた勇太は片づけを終え、ガレージを閉めて鍵を掛ける。


客入りはまばらでまだまだ軌道に乗っている訳ではないが、まあ副収入としては及第点だろう。


いかに車を売るかが課題にはなるが、今後はネットの活用も考えている。


そこでふと勇太は思う。




「そういえば楓にはスマホを持たせていなかったな。そろそろ必要になってくるか」




三年前の出来事もあって、病み上がりの楓にはなるべく精神的な刺激は避けた方がいいと考え、勇太は極力そういった物を与えなかった。


今のネットは辛辣な文面も目立つ、そういった配慮の為である。


外に出るのも最低限に済まし、けれど楓の要望もあって買い物だけは任せているが必ず決まったスーパーに絞っている為、その点についてはそこまでの心配はしていない。


だがもう、あれから三年も経つのだ。


流石にそろそろ箱入り生活も潮時かもしれない。


その兆候として楓は最近よくドライブに出掛けている。


何か楽しめる要素があるのは良い事であり、勇太には初めから止める様な気も起きなかった。


やはり楓は、外に出たがっているのだ。


ならばそれなりの準備段階を踏んで、アルバイトなどを勧めてみるいいタイミングだろうか。


そんな事を思いながら職場から道を挟んだ自宅に着く。


三年前に建てた家はまだ綺麗なもので、白のスタイリッシュな二階建て一軒家は二人暮らしには広い程。


持て余している部屋もいくつかあり、けれど用途も特にないので手を付けていないままだった。




家のドアを開けると、玄関には楓の靴ともう一組。


見知らぬ女性物の靴が並べられていた。


勇太は不思議に思い、廊下を抜けてリビングのドアを開ける。




「あ、おかえりなさい勇太さん」




「ああ、ただいま楓。おや、珍しいね。いつ知り合ったんだい?」




リビングのソファーから立ち上がったのは、今朝電話でやり取りをした白百合芽唯であった。




「お邪魔しています、藤堂さん。夜御坂さんとは今日、たまたま現場で知り合いました」




「そうか、現場で。これはもう隠しておけない訳だね」




勇太は観念し白状する事を決める。


何をと訊かれると、それは勿論“楓の力”である。


勇太が検討をつけている見解を、芽唯に話す事にしたのだ。


隠そうとした所で、きっと隠しきれない。


それに楓にも訊かなければならない事がある。


やはり色々と潮時なのだ。




「まあその前に、まずは夕食にしようか。勿論食べていくだろう?」




時刻は午後六時。


これから支度をするならばちょうどいい時間。




「では、お言葉に甘えて」




端的な芽唯の返事を聞き、勇太は早速調理に入る。


買い物は楓が済ませているから、勇太はいつも冷蔵庫に入っているもので即席の献立を立てる。


ダイニングキッチンからはリビングを見渡すことが出来、楓と芽唯はソファーで楽しそうにお喋りをしていた。


いつも委縮してしまう楓が積極的に話しにいっている事に、勇太は珍しく思う。


ズバズバとものを言う芽唯の性格を考えると相性もそんなに良くは見えそうにないのだが。


保護者が板について来たのか、勇太は作業しながらもついつい二人の話に耳を傾けてしまう。




「え!白百合さんってアイドルだったんですか!?」




「そ。なに、意外?ていうかこれでもトップアイドルなんだけど?」




「すみません、テレビはあまり見ないもので。でも凄いです!あの、サインを貰うべきでしょうか?」




「いや、こっちが聞かれるパターンて普通ないから。無理に欲しがらなくてもいいわよ」




何だかんだ普通に喋れている楓に対し、勇太は思わず笑みを浮かべてしまう。


芽唯の着飾らない素顔が返って良かったのかもしれない、きっと遠慮しないで話せる要因になっているのだろう。


ただ勇太は思う。


これが普通の友達同士であったならば、背景さえ違っていればどんなに良かったかと。




(君たちはきっと、これから因果に巻き込まれていくだろう。だがどうか見失わないで欲しい。君たちにはまだまだ、これからがあるという事を)




勇太は内心でそう思わざるを得ない。


三年前。


楓の一件の少し前に謎の失踪を遂げた、自身の婚約者の二の舞にはなって欲しくないと。


それは勇太の切なる願いであった。








四人掛けのダイニングテーブルに次々と料理を運んでいく。


楓と芽唯は隣同士に座ってもらい、いつもの食卓が一気に賑やかになった気分になる。




「わあ!今日も美味しそうです!」




並べたのはローストポークに季節野菜のマリネを添えたメインディッシュ、楓お気に入りのスーパーのフランスパンを入れてチーズを乗せ、オーブンで焼いたオニオングラタンスープ。


加えて瞬間燻製したサーモンと、作り置きしていた三色のパプリカをムース状にして固めた三層のテリーヌに、カラッと揚げたイカのフリットの前菜プレート。


今日はお客さんがいるから、勇太もそれなりに張りきった卓上となった。




「……え、藤堂さん料理上手だったんですね。これは確かにファミレスなんて必要ないわ」




「ファミレス?何の事だい?」




「いえ、こっちの話です」




何やらはぐらかされたように思うも、楓が説明してくれる。




「実は今日、白百合さんとファミレスに行ってしまいまして……」




「ああ、なるほど。大丈夫だったかい?」




勇太の心配は楓の人混みに対しての苦手意識であった。


楓はそれを理解し、すぐに満面の笑みで返してくる。




「はい!白百合さんと一緒だったので、全然大丈夫でした!」




「そうか、それは良かったよ。さあ、冷めないうちに食べよう」




食事をしながら、他愛もない話に花を咲かせる。


楓も随分と楽しそうにしているから、自然と勇太も嬉しい気持ちになった。


芽唯も着飾らない性格を隠しもせず、けれどもいつもの素っ気なさというよりは正直な気持ちを述べているように感じる。


楓にとっても勿論そうだが、やはり芽唯にとっても良い影響を与えているようだと勇太は思う。


今日はとても楽しい食卓となった。




「はぁ。こんなご飯が毎日食べられるとか、夜御坂さんて贅沢し過ぎじゃない?」




「すみません、居候の身なのに」




食べ終えた皿を洗いながら、二人はそんなやり取りをしている。


勇太は食後のコーヒーを入れながらも、ついつい聞き耳を立てていた。




「いや、冗談だから。ここにいるのには理由があるんでしょ?」




「……まあ、いろいろありましたね」




さて、そろそろ本題に入るとするか。


勇太はそう考え、二人がテーブルに戻って来たタイミングで話を切り出す。




「芽唯、先ずは楓について気になった事はあるかい?」




「そりゃあいっぱいありますよ。何から何までイレギュラーです」




「だろうね。先ずは楓の霊力に関してだけど、楓も聞いてくれ」




「はい……」




不安げな表情を見せる楓だが、もう話さずにはいられないだろう。


きっとその方が楓にとっても良い筈、勇太はそう信じる事にする。




「楓は藤堂家の血筋だが、純血ではない。嫌な事を思い出させて悪いが、楓の母親は一般人だ」




「……。」




二人は黙って勇太の話に耳を傾けていた。


楓には悪いが、一から話さなければ納得できない所も出てきてしまう。


なので勇太はそのまま続ける。




「本来、混血は純血に比べて霊力が落ちる傾向にある訳だが、楓の場合は例外だ。楓は“隔世遺伝”だと僕は考えている。芽唯は知っているだろうが、遥か昔、四世家は一つの家系だった。時代が変わっていくと共に四つの家系に派生したと言われている。その初代魂鎮メの家系、『黒羽根家』はとてつもない霊力を持っていた。楓にはその力が備わっていると考えられる、それが現状での僕の見解だ」




「なるほど。それなら確かに夜御坂さんの爆発的な霊力にも納得できますね」




「そうなんですか?」




楓はまだよく分かっていないようで、そんな疑問を口にした。


自身の霊力が異常なほど強いという事すら分かってないのだ、当然と言えば当然だろう。




「勿論こんな事、今までにない事だ。でも僕ら魂鎮メの人間なら知っているだろう。四世家にも稀に、とてつもない力を有した者が現れるとね。例えば八重桜の現当主、八重桜玖々莉(やえざくらくくり)然り。そして、君の母親然りだ。芽唯」




「……そう、ですね」




芽唯がそう言って俯きがちになるも、勇太はその理由を知っている。


だが今はそれよりもハッキリさせなければならない事がある。




「それと、楓に憑いている影だが」




ピクっと楓が反応を見せた。


気付かれていないとでも思っていたのだろう。


驚いたような表情がそれを物語っていた。




「残念ながら僕にはその正体が分からない。いずれ訊かなければならないとも思っていたんだが。三年前、楓は九死に一生を得た。それは影が何らかの影響を与えた事はもう疑う余地はないだろう。だから僕は感謝すらしている」




そう素直な意見を述べるも、同時に不安が全く無いかと言えば嘘になる。




「けれどそろそろ知っておく必要があるだろう。楓、その影について何か分かる事はあるかい?」




楓は俯き、考え込む。


勇太も芽唯も楓を見つめながら、言葉を待っていた。


やがて意を決したように楓は口を開く。




「影は、彼女は、酷く恨んでいます。酷く傷ついて、絶望して……。だから私は彼女の力になりたいと思いました。彼女は探しています、弔イ歌の真実を」




「弔イ歌?」




自然と勇太は疑問を溢した。


その言葉が何を意味するのか、謎は謎のままである。


だがこれで一つ分かった事がある。


楓は影と意思疎通を図れ、現状害はないという事に。


そう、あくまでも現状の話になるのだが。


けれどこの時、勇太は大きな思い違いをしていた。


影は怨霊であると同時に未知の存在である事、その存在が今後楓たちの脅威になるという事を、この時はまだ知る由もなかった——。

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