炭坑の主
◇
「はあ?じゃああんた、こっから出ようと思えば出られたって事?それなのに私を待ち続けてたの?」
「ええ、そうね。暇だったから、ずっとお祈りしながら過ごしていたわ」
芽唯は現在、朔耶と共に炭坑の奥深くまで進んでいた。
会話を交えながら歩くものの、朔耶のあまりのマイペースさに言葉を失い掛けていた。
「……馬鹿じゃないの?タイミングが分かってたなら、わざわざここに居続けなくても良かったじゃん。三年前から前泊なんて頭おかしいって」
芽唯がそう言うと、朔耶はどこか影を落としたかのように視線を少しだけ下げた。
「……それだけじゃないの。私がいたら、勇太はきっと楓さんを引き取ることを躊躇してしまう。それもあって、三年前のあの時しかなかったのよ。楓さんには勇太が必要だったし、魂鎮メにとっても楓さんは必要不可欠。だから私は、家を出るしかなかった。この炭坑から出たら今度は、蒼に居場所を突き止められてしまうしね」
朔耶はそこまで言うと再び視線を上げて、芽唯の方を見て笑い掛けて来る。
「あ、でもそんなに深く考えなくてもいいのよ?蒼には悪かったかもしれないけれど、これは蒼の為でもあるから。それに、ここにいると食べる必要もないから太らなくて済むの。勇太と暮らし始めたらきっと、一気に太りそうでちょっと怖かったのよね」
「ああ、藤堂さん料理男子だもんね」
きっと朔耶なりに気を使って言葉を選んでいるのだろう。
だからそれ以上は芽唯も言及しなかった。
マイペースでありながらも、その使命を最優先に考えている。
みんなの事を一番に、自分は二の次にして。
朔耶は昔からそういうきらいがあったのを、芽唯は思い出していた。
「あんたってほんと苦労人だよね。新婚生活を送る間もなくこんな事になっちゃってさ。ま、私には別にどうでもいい事だけど」
「ふふ。でもそう言ってくれると、少しスッキリするわ。ありがとう」
「別に、思った事を言っただけだし」
二人はそんなやり取りをしながら、気付けば炭坑の最奥までもう少しの地点に来ていた。
途中途中の分岐点は全て朔耶の示した最短ルートを通って来られたので、何の苦労もなかった。
だがここから先何が待ち受けているのか、芽唯には分からない。
けれど少なくとも、芽唯は一人ではない。
渚はいなくなったけれども、代わりにカバーしてくれる姉のような人がいるのだから不安もなかった。
「ねえ、朔――」
だがそう思ったのも束の間、隣を歩いていた筈の朔耶が急に姿を消した。
芽唯は慌てて周囲を警戒する。
何だ、この感覚は。
そんな言葉が浮かぶ程に、異様な気配が漂っていた。
「……何?」
ポツリと呟いた芽唯の一言が、炭坑内に微かに響く。
視線を彷徨わせながら、異様な気配の発信源を探す。
この先の更に奥だ。
芽唯は覚悟を決めて、歩みを進めた。
するとそこにいたのは、明らかな別格の存在であった。
異形の放つ瘴気を大幅に上回る真っ赤な瘴気。
可視化できる程の満ち溢れたどす黒い邪気。
一際大きな体躯をした、炭鉱夫の姿を借りた異形の主であった。
朔耶は何処にいったのだろうか。
まさかまた裏切られた?と、そんな思考が脳裏を過った。
けれど疑ってばかりいても仕方がない、今はただ。
芽唯は孤独な決戦へと、一人挑むだけだった――。