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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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邂逅

照明を浴びながら、観客席のペンライトが揺れて見える。

ステージ上の熱気は凄いが、髪が崩れるので汗をかくのは最小限。

カメラ目線は絶やさずに、定着しているキャラを全力で演じる。

それがアイドル、白百合芽唯(しらゆりめい)の平常運転だ。


芸能界とは即ち、飾り立てられた舞台。

特にアイドルなんかは飾ってなんぼの商売であり、何も持たない人間に沢山の装飾品でかさ増ししてキャラを作り立てるのだ。

天然なら天然と言う装飾を、ぶりっ子ならぶりっ子と言う装飾を着用する。

要は顔の良さを主軸にして、カメラに映れるだけの付加価値さえあればいい。

勿論それだけではやっていけないけれど、より重要なのはコネ、実績、流行に見合った特色。

その点アイドルは芽唯に向いていた、天性の顔の良さに加えてストイックな性格もそう。

ただし純粋な気持ちでやっている訳ではない、これは闇を隠す意味合いでの選択。

華々しいアイドルの芸能界と、深い業を背負う事になる本業。

対比すれば明暗は一目瞭然。

それだけ代々続く魂鎮メのしがらみは、芽唯にとって憂鬱なものだった。


「カメラ回ります!3、2、1」


イントロが流れ、振り付け通りに身体を動かす。

飛びきりの作り笑顔で、今日も芽唯は所属するグループを牽引する。

大手芸能プロダクションの最有力7人組アイドルユニット「LOVE※(ラブコメ)」。

そのリーダーでセンターを任されている芽唯は、常に全力だ。

今日は歌番組の収録だが、客層はLOVE※ファンが多い印象である。

芽唯のイメージカラー、白のサイリウムが無数に揺れていた。


歌って踊るこの瞬間だけは、煩わしい自分の家柄からも解放される。

振り付けは完璧、歌もグループでは最も上手い。

ソロ活動も視野に入れてやっているのだ、これくらいは出来て当然だと芽唯は考える。

けれどメンバー仲は最悪で、芽唯を敬う者など誰もいない。

性格が捻じ曲がっている、それが理由に当った。

だがそんな事は芽唯にとってどうでもいい事。

他人との馴れ合いなど、何の意味もないのだから。

興味もない話題に付き合って、関心のない事柄を共有して、愚痴を言い合い他人を嗤う。

くだらない、見事に惹かれる要素が見当たらない。

それが芽唯にとっての他人との関りであった。




番組収録を終えた芽唯は控室で一人椅子に座り、メイク用に設置されている鏡に目を向ける。

見た目は完璧、非の打ち所がない。

長い黒髪はストレートで艶があり、瞳の色は母親譲りのアメジストの様な色と輝きの紫。

自分の外見には絶対の自信がある、中身は着飾る必要があるだろうけれど。

だがこれまでも、そしてこれからもきっと上手くやっていける、その才能が自負がある。

それを後押しする様に業界関係者も目に留めてくれているのだ、失敗する理由がある筈もない。

しかしあくまでもこれは芽唯にとって副業、これから合間を縫って本業に行かねばならない。

時間の割き方を考慮すると、どっちが本業か分からなくなるが。

でも芽唯は魂鎮メの仕事が嫌いな訳ではない。

ただ家柄などの付随する人間関係こそが鬱陶しいだけであり、祓い屋家業としての責任も誇りもしっかりと持っているのだ。


「じゃ、行ってこようかな」


誰もいない控室のメイク台に手をついて立ち上がり、再び鏡を覗き込む。

芽唯の両の瞳のアメジストが何かを告げる様にして、何処か妖艶に煌めいているのが気になった――。




隣町の海沿いは潮風が吹いており、後部座席の窓から入ってくる匂いがやたらと鼻につく。

空は快晴で気持ちが良いのかもしれないが、芽唯にとっては全てが不快そのもの。

日差しが強ければ肌に悪いし、潮の匂いが身体につけばこの後の収録現場でマネージャーに文句を言われるだろう。

手短に済まそう、そう決めて芽唯は乗って来たタクシーから降り、大通りから小道に入る。

今回の依頼は藤堂家の管轄内だが事前に承諾は得ており、依頼自体はいつも通りの単なるお祓い。

依頼主である自治体からの報告によると、女の霊の目撃情報が後を絶たないらしい。

場所が公園という事もあり、子供たちが心配だからと依頼に踏み切ったようだ。

案外こういった案件は多い、あまり表立っての公表などはされないけれど。


霊魂などの存在は科学的根拠がない上に、対策手段も中々ない為に暗黙の規制が敷かれている。

魂鎮メが代々ひっそりと存続してきたのも、時代に合わせて鳴りを潜めてきたが故。

このご時世、怨霊やら心霊など動画サイトの企画やテレビの特番がやっとのところ。

ホラージャンルのフィクションとは訳が違う。

心霊スポットを巡るなど危険が伴う上にマナー違反になりやすいコンテンツは、退廃を辿る一方なのだ。


「さて、確かこっちの方に。あ、あった」


事前に地図アプリで確認していた為、目的地には案外早く辿り着く。

そこそこ広めの公園で、駐車場も完備されている。

今日は平日という事もあり数は少なく、何台かの乗用車とスクーターが一台だけ停められていた。


「えーっと、林の方って話だったけど。ああ、あれね。確かに霊力を感じるわ。……でも、一体じゃない。二体いる?」


霊力とは文字通り、霊の持つ力だ。

浮遊霊であれ怨霊であれ、霊体であるならば必ず含んでいるエネルギーの名称。

そして魂鎮メもまた霊装という工程を経て、「霊体化」して怨霊を祓う。

霊装時は霊感体質の人間でもないと見える事も叶わなくなる為、安心して依頼はこなせる訳なのだが。

けれどおかしい。

目撃情報から察するに、怨霊は一体の筈。

確かに複数いてもおかしくはない、けれど集まる場所と言うのはそれなりの条件が必要になってくる。

こんな公共の場のしかも子供たちという陽の強いエネルギーが集まりやすい環境下で、その条件は絶対ではないが成り立ちにくい。


「……誰か、同業者が来ている?」


芽唯の足は次第に速くなっていく。

今回芽唯は直接許可を取り付けている為、他の同業者がこの依頼を正式に受ける事は出来ない。

加えて藤堂家の管轄内で、勇太の許可なく関与して来るなど在り得ない。

藤堂家は魂鎮メの代表、「四世家(しぜけ)」の一角を担っている。

白百合、藍葉、藤堂、八重桜の四つの家から成る、いわゆる重役的なやつだ。

芽唯はその仕組みも嫌っているし、藤堂勇太以外の人間もいけ好かないと思っていた。

とにかく勇太の許可なく魂鎮メの者が除霊をするならば、それは重役の意向に背く事を意味する。


「誰?バカな奴もいたもんね。四世家を敵に回してどうすんのよ」


言いながら芽唯はいつの間にか駆け足になっていた。

現行犯で四世家の緊急会議に叩き出してやる。

規律を守らない者がどうなるか、いい示しになるだろう。

思いながら芽唯は針葉樹林へと足を踏み入れた。


周囲の空気が変わる。

快晴の陽ざしが急に届かなくなったかのような薄暗さ。

鬱蒼とした気配。

こういった全身がざわつく様な感覚にはもう慣れているが、これがいわゆる心霊スポット特有の空気感だ。

肌寒さを感じながらも芽唯は奥へと進む。

多少のあぜ道ではあるが、山道などとは比べるまでもなく進みやすい。

大きな起伏もないので、芽唯は駆け足のまま突き進む。

木々を避けながら、立てる土埃さえ気にもせず。


(何だろう。何か、胸騒ぎがする)


先程までのさらし者にしてやろうという気持ちはどこへやら。

この時、芽唯は直感に駆り立てられていた。

今、この場にいるのは誰なのか。

気になって仕方がないのはその一点のみ。

やがて感じたのは、刹那の波動。

芽唯が今まで対峙してきたどの怨霊や魂鎮メの人間よりも、強い霊力。

爆発的な力。

全身の鳥肌が立つような焦燥に、足を止めざるを得ない程の衝撃を覚える。


「何、これ!?在り得んの、こんな霊力!?」


しかしそれは感じ取ったかと思えば、すぐに薄まった。

霊力は隠せるものじゃない、抑え込むなど本来は出来ない。

ならば霊装を解除したのだろうか?

この一瞬で霊装と除霊と解除の工程を全て行った?

そもそも完全に気配が消えた訳ではない。

どうにも腑に落ちない芽唯は再び走り出す。

やがて見えて来た場所で、自分の目を疑った。

紅葉色の着物を着た見知らぬ女が、浄化されていく怨霊を虚ろ気に見つめていたのだ。

結論、霊装は解除されていなかった。

ならばこの見知らぬ女は、本来出来ない事をやってのけている。

四世家の誰にも出来ない事を、誰にも出せない程の霊力を、この女は。


「……あんた、何者?」


対峙する何者かに向き合いながら、芽唯の口からは自然とそんな言葉が漏れ出ていた。




鬱蒼とした木々の隙間から差し込む日差しが、陽だまりを作り出す。

その中心にいるのは夜御坂楓であり、今この時を以てあらゆるしがらみが楓を中心に動き出すのであった――。

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