妖怪
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関西のとある商店街。
一見賑やかな昼下がりだが、渚に着いて行き路地裏の角を二度三度曲がると、景色は一変した。
空は急に暗くなり、街は淡い紫色と橙色の二色の提灯の明かりで溢れている。
建物の外装も変わった、古めかしい時代の木造建ての物になった。
最早街との表現も違うように感じる、村の方がしっくりくるだろうか。
建物の密集具合からすると、栄えた村、これが一番合っているような気がする。
緩やかな勾配の階段が道沿いに続き、芽唯は渚と共にそれを昇って行った。
「……ここが、憑き神の本拠地。なんか仰々しいけど、雰囲気はあるわね」
そう言った芽唯に、渚は得意げな顔を見せる。
「せやろ?憑き神の歴史は浅いようで深いんや。なんと百年も続いとるのや!」
「いや、浅草の老舗和菓子屋の方が長いんだけど」
空かさず切り捨てる芽唯、だが渚はやれやれと力なく笑いながら続ける。
「あんた、分かってないなー。こういうのはな、年数が長ければええってもんちゃう。雰囲気がものを言うんや。え!?これだけの土地が、百年も続いとるんか!?……な?キリもええし、なんかええやろ?」
「……は?言ってること頭悪すぎない?はー、憑き神も大変ね。こんなレベルの知能のやつが、《《関西では負けなし》》なんだから」
芽唯は自分が勝ったという事実を強調してそう言ったのだが、何やら渚は違うニュアンスでその言葉を聞いていたようだった。
「え!?あ、ああ……。まあなー!ウチ、才能の塊やから!」
「……あんた、負けなしって嘘でしょ?」
「ま、まーなんや!負けてへんって思えば、負けてないっちゅーこっちゃな!」
「呆れた」
そうしてお喋りをしながら、二人はやがて一軒の大きな屋敷に行き着く。
厳格な雰囲気が、辺りに漂っている。
住人の隙の無さか、とにかくそういった仰々しい気配を感じる。
渚が門をノックし、中へと声を掛ける。
「おーいお婆ー!ウチや、渚やー!聞こえとるかー!おーい――」
渚が呼び掛けている途中で、門がゆっくりと開いた。
「――何じゃ、五月蠅いのう」
中から出て来たのは、中学生くらいの女の子であった。
顔立ちが整っていて、まるで人形のような子だ。
ボサボサの白髪によれよれのパジャマ姿で、口に手を当てながら欠伸までしている。
「……何じゃ、渚か。こんな朝早くから何用じゃ?」
まだ寝ぼけてるのかな、口調も踏まえて可愛らしい子だなぁ。
単純に芽唯はそう思った。
「お、出て来た。実は相談があってな。ウチを助ける思って聞いてくれへんか?な、お婆」
ああ、おばばちゃんって言うのか。
芽唯はそれがニックネームか何かだと思った。
「どの口が言っておるのじゃ。お主はワシの忠告も聞かずに島へ渡り、ワシの助言も聞かずに関東へ行きおった。お主の耳には彼氏の言葉しか入らんではないか。故にワシは怒った。お主などもう知らん」
腕を組んでおばばちゃんはそう言った。
そうか、怒っているのか。
それはどう考えても渚が悪い、芽唯は思った。
「堪忍やー!もう頼れるんはお婆しかおらんねん!頼んます!どうかウチらを鍛えてください!」
「まったく、お主はいつもそうじゃ。困り事が起きてからワシに縋って来おる。それなのにワシの言う事を全く聞かん。はぁ……それで、そっちの女子は誰じゃ?」
「ああ。この子は白百合芽唯ゆーてな、こう見えても魂鎮メの幹部の一人や。芽唯、この人が憑き神の鬼神て呼ばれてるお婆や。百年前に憑き神を作った第一人者やで」
「あ、どうもこんにちわ。白百合芽唯です……って、ん?百年前?」
芽唯の頭にクエスチョンマークが浮上した。
百年前と言うと、結構前だなぁ。
いや随分と前だ、でも浅草の和菓子屋よりは最近か。
何やら理解が追い付かない芽唯に、お婆と呼ばれた人物が改めて自己紹介をする。
「ワシは菊、この憑き神を束ねる者よ」
「……失礼ですが、ご年齢は?」
「乙女にそのような質問をするでない」
そう言ってそっぽを向く菊。
その会話のやり取りに渚が付け加える。
「お婆はこう見えても124歳や。気合で寿命と若さを保っとるらしいでー」
「これ渚、勝手にばらすでない」
それを聞いた芽唯はフリーズした挙句、うっかり口から零れ出てしまう。
「……いやいやいや、妖怪かよ――」




