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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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異形の主

格子窓から差し込む月明かりを頼りに、玖々莉は早速行動に移す。

辺りを警戒しながら玖々莉は雪奈と共に座敷牢を出ると、通路上にある扉に手を掛け、同時に雪奈に言う。

ここから先は間違いなく、異形が徘徊している事だろう。

あの圧倒的脅威が存在している以上、選択肢は一つ。

逃げの一択だ。


「走るから、私について来て。振り向いちゃダメ、いい?」


『う、うん』


そう言って玖々莉はゆっくりと扉を開き、外側の廊下を見渡した。

気配はするものの、今のところ敵の姿は見当たらない。

玖々莉は一度、ここで静かに霊装を行う。


「霊装――残桜」


霊体化した玖々莉は同じく霊体の雪奈の手を取り、目配せをした。

雪奈もそれに応じると、二人は一気に走り出す。

屋敷に通じている雪奈を先頭にして、二人は外を目指した。

とにかく今は蒼たちと合流してそのまま禁地を抜ける、これしか出来る事はない。

そして雪奈もここから出してあげなければ永遠に成仏できないままだ、とても看過できる事ではない。

そうして長い長い廊下を駆け抜けていくと、途中で異形に遭遇してしまう。

咄嗟に玖々莉は雪奈の前に出て、雪奈の手を引く形を取った。

もしかしたら雪奈の大事な人だった者かもしれない、そんな人物の変わり果てた姿を見せるのには抵抗があった。


先程の者であろうか、異形は素早く刀を抜き出して玖々莉へと斬りかかってくる。

だが今の玖々莉は怯まない。

そのまま構わず異形へと突っ込み、刃が玖々莉の鼻先すれすれに迫ったその瞬間、特性を行使する。


「桜雅楽――桜々伝花」


演奏の始まりを合図に、時間の流れが極限のスローな空間を生み出す。

玖々莉は一度雪奈の手を離して、懐から抜き出した脇差を両手に握る。

刀の軌道から抜け出て異形に接近し、躊躇わずその胸元を斬り裂いた。

何故かこの手の霊は空間の歪みが生じてしまう、その為玖々莉は調律を合わせていく事から始める。

歪みが生じない隙を狙って脇差を振るうのだ、そうする事で攻撃は当てられるようになった。

蒼が一撃の威力で歪みごと祓うならば、玖々莉は時間の緩急で歪むタイミングをずらしていく。

一種のバリアのような働きのそれは、必ず展開される瞬間と展開が解かれる瞬間があった。

そこを正確に刻んでいくのだ、まるでリズムよく叩かれる和太鼓の様にして。


そうして一定数の斬撃を与えた玖々莉は静止している雪奈の手を握り直し、時間の流れを元に戻す。

異形はその刃もろとも玖々莉に届く前に消え去り、二人はそのままその場から駆け抜けた。


『あ、あれ?今だれかいたような気がしたけど』


「んー、気のせいじゃないかな?」


ほぼ停止した世界にいた雪奈にとって、玖々莉の行った行動は何一つ感知できなかったと同義である。

つまり最初から誰もいなかった、そういう事にしたのであった。


長い廊下もようやく終わりを迎える。

この扉を抜ければ外である、屋敷の裏手に回る事にはなるのだが。

裏庭から迂回して正門まで戻る、そうすれば蒼たちとも合流できるであろう。

なのに、あとちょっとのところだというのに。

背後から、あの異常な瘴気が漂ってきた。

思い出し、嫌な汗が滲み出て来る。

だがもう臆しているような時間もない、そう玖々莉は自分に言い聞かせ扉を思い切り開け放つ。

扉は勢いよく開き、玖々莉は倒れ込むようにして外へと飛び出た。


「雪奈ちゃん、走って!」


『うん!』


裏庭を迂回して正門まで突っ走る二人。

だが外の方が多くの異形が待ち伏せており、ぱっと見ただけでも十体近くはいるだろうか。

玖々莉は雪奈の手を引きながら、すぐに特性を行使する。


「桜雅楽――蝶彩花弁(ちょうさいのはなびら)


パアっと桜の花びらが無数に舞い、その一つ一つが蝶の羽ばたきのような形を取る。

やがて無数のそれらが異形たちに止まり、ゆっくりと浄化を促していく。

この技は対複数用の一手であり、通常ならば一斉に浄化が見込める大技だ。

だが恐らく異形相手では牽制がやっとのところだろう。

けれどその隙をついて、二人は異形の合間を駆け抜けて行った。


あともう少しで表の中庭まで辿り着く。

この建物の角を曲がれば、もうゴールは目と鼻の先だ。

しかしここで、とうとう追いつかれてしまう。

後ろから迫っていた、あの恐ろしいまでの異形だけは見逃してくれなかった。

玖々莉は急な重さに足を止める。

振り返ってみれば、そんな異形の(ぬし)とも言える者が雪奈の手を掴んでいた。


『おねえちゃん!たすけて!』


「雪奈ちゃん!」


恐るべき瘴気を身に纏う異形は一際大きな体躯をしており、焼け爛れたようなぼろぼろの着物を纏って、真っ赤な眼でこちらを睨んでいる。

口が大きく開いており、怨霊でありながらも恐ろしい化け物のような要素も見受けられ、間近で見上げた玖々莉はゾッとした。

だがここで雪奈の手を離す訳にはいかない。

今の玖々莉には、守りたいと思えるものがある。

そうして玖々莉はすぐに気持ちを切り替え、リベンジを挑む。


「雪奈ちゃんから手を離して!桜雅楽――桜々伝花!」


スローモーションの空間の中で、玖々莉は舞い始める。

異形の主へと、舞に乗せた幾重もの斬撃を見舞った。

けれど現実は無慈悲なもので、なんと異形の主はこの空間内で通常通りの動きを見せたのだ。

要はスローモーションになってくれなかった。

この技が通じないなんて、こんな事は玖々莉にとっても初めての経験であった。


異形の主は手のひらを玖々莉に向けて、何か波動のようなものを放ってきた。

咄嗟に身構えるも、その衝撃で後方に大きく吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」


反射的に受け身は取ったものの、ここからどう動くべきか思案する玖々莉。

桜々伝花は解除された、他の異形がこちらへと向かって来るのも時間の問題だろう。

だが異形の主はそんな僅かな思案すら許してはくれず、そのまま追撃を放ってくる。

回避に専念する玖々莉。

何とか、何とか雪奈だけでも逃がす事は出来ないだろうか。

そうなれば、後はどうでもよかった。

そう思った玖々莉は一か八かの特攻を仕掛ける、のだが。


『おねえちゃん!わたしのことはいいから、おねえちゃんだけでも逃げて!』


未だ異形の主に手を掴まれたままの雪奈がそう声を張り上げた。

だが玖々莉にはそんな言葉など届かない。

雪奈一人救えないで何が天才だ。

それならばもう、何もかもどうだっていいから。

せめてこの少女だけは助け出さねばならない。


それなのに。


『はやく!逃げて!』


現実は無慈悲で、残酷で。


『おねえちゃ――』


雪奈は玖々莉の目の前で、消え去った。

パサッと地面に落ちたのは、雪奈が纏っていた白の着物。

だがそれも程なくして、音もなく消えて行った。


「……雪奈、ちゃん?」


現実が受け入れられない、到底無理だった。

雪奈は何処へ行ったのだろうか、この地で成仏は見込めないというのに。

異形の主は、愉悦の笑みを浮かべているようにさえ見える。

こいつが当主だった者ならば、雪奈は実の娘ではないのか。

娘を消し去って笑みを浮かべるだなんて。

それはなんと、惨たらしい事であろうか。


「……私は雪奈ちゃんを、守れなかった?……どうして、守りたかったのに」


そして自分は何と無力だろうか。

八重桜玖々莉という《《凡人》》では、白百合舞唯のような最強には到底なれない。

誰一人、守ることなんて出来ない。


「守れない、私なんかじゃ……。誰も……救えない」


憧れは手の届かない場所にある事を否応なく痛感させられた玖々莉。

魂鎮メも、四世家も、天才も。

少女一人救えないのならば、何と無意味な事か。

そんな考えに至った玖々莉の瞳からは徐々に色が消え始め、虚ろな色にゆっくりと沈んでいく。

周囲からは、とうとうどす黒い気配が漂い始めた。


「……酷い、酷いよ!どうしてこうなるの!?雪奈ちゃんがなにをしたの!?赦せないよっ!」


玖々莉は憎んだ。

憎んで憎んで、心が擦り切れるような痛みを覚えて。

そうしていく内に見えて来たのは、純黒の心境の極致であった。


――……ああ、でも。もう、どうだっていいや。


ポツリと空いた、まるで底の見えない深い虚無と言ってもいい。

玖々莉は引き寄せられるかのようにして、その虚無の深くへと沈んでいく。

何処までも真っ逆さまに、堕ちて行く。


――私は、舞唯さんのようにはなれない。……なら、私は――。


そうして玖々莉もまた、負の感情に染まってしまう。

“陰の力”に引き寄せられるそれを、魂鎮メ最大の禁忌と呼ぶ。

『黄泉化』であった――。

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