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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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記憶

――何も見えません。

――何も聞こえません。


楓はきつく目を閉じ、耳を塞いだ。


――何も見えません。

――何も聞こえません。


暗い闇の中、薄っすらと声が聞こえてくる。


――何も見えません。

――何も聞こえません。


ふとその声が止み、恐る恐る目を開く。


――何も、見えま……。


血まみれの男が悲痛に泣き叫ぶ。

そんな光景が、顔のすぐ近くにあった――。





楓が5歳の時に父が亡くなった。

それまで優しかった母は、日ごとに疲れていっている様に見えた。

特に楓が霊に対して反応を見せると、ヒステリーを起こすようになってしまう。

だから楓は見えない聞こえないと、自分にそう言い聞かせてきた。

けれど見えるものは見えるし、聞こえるものは聞こえてしまう。

物心ついた頃から、霊に脅かされて生きて来たのだ。


やがて母は楓に話し掛けて来なくなる。

仕事はするのだが遅くまで帰って来ない日も段々と増え、お腹を空かせても食べるものがなかった日も少なくない。

そんな幼少期を過ごし、小学校に上がってからもそれは続いた。

しかも楓にとって辛い出来事はそれだけでは留まらず、学校でもイジメられるようになってしまう。

楓にしか見えないものが学校にはよくいる。

その為、過度な反応が周りの子供たちを面白おかしくさせてしまったのだ。

例えばロッカーの中から覗き込む者や、トイレに潜む者。

廊下ですれ違うのは教師か、或いはそれらかの区別も次第に曖昧になってくる。

そうなればもう、外も怖い事だらけであった。


中学に上がると状況は更に酷くなる。

小学校から続くイジメはエスカレートし、栄養不足でどんどん痩せ細っていった。

母は全く料理をしなくなり、それどころか必要最低額の小銭を残して家に帰らない日々。

コンビニなんて高い物が買える筈もなく、いつもスーパー最安値弁当の半額シールを待った。

見える聞こえるは日ごと強くなり、楓は目を閉じ耳を塞ぐ時間が多くなっていく。

常に極限状態の精神は、すり減らされる一方であった。


助けてくれる人も分かってくれる人もいない環境下で、楓の精神はついに限界に達する。

それが三年前の自殺未遂である。

あの日は珍しく母が帰って来た事もあり、普段何も話さない楓は勇気を振り絞って声を掛けてみた。

だが案の定、母は無視をするだけであった。

楓が何を言っても、涙を流しても何の反応も示してくれない事に絶望し家を飛び出した。

母に何故、自分は嫌われているのだろうか。

見える事がいけなかったのだろうか、何も言ってくれないから何も分からない。


だけど海辺では本当に、楓の精神は無であった。

悲しみも痛みも苦しみも、綺麗に洗い流されてしまったようで。

或いは脳が拒絶反応を起こしたように、処理する仕事を止めてしまったのか。

楓は本当に、生きる意味を見失っていたのだ。


けれど結果的に勇太が楓を引き取ってくれた。

当初、楓は戸惑いを覚えたし引き取ってくれる事に対しても理解ができなかった。

それは今でも思う所ではあるが、勇太は本当に良くしてくれる。

楓にとって心の底から信頼できる、優しい兄が出来たのだ。

この先何があっても、勇太には恩を返していきたいと強く思う。

けれど、同時に。

自分の選択がいずれ勇太を苦しめるのではないだろうかと、葛藤する気持ちも存在していた――。




霊装を済ませ、紅葉色の着物を纏った楓は針葉樹林を進む。

気配はそこまで強くはないが、間違いなく恨みを持った怨霊の類。

楓には分かるのだ、その霊が何を示したいのかが。

経験で身に着いたのは、そんな特殊な感覚機能であった。


やがて少し開けた場所に出た楓は、辺りを伺う。

日差しが届かないのは木々のせいだけではない、怨霊から滲み出る悪意がそうさせる。

そんな暗がりの中で目を凝らし、霊の居場所を探っていると、背後の気配が一層濃くなった。

楓は振り返り、その霊を視界に収める。


『……あああ……憎い……』


髪の長い女の霊はそう呟きながら、そこに立っていた。

まるでゾンビ映画のようなユラユラとした動きで両手を突き出し、そのまま楓に迫って来る。

それを避けて数歩下がり、深紅の刀身をした刀を両手で握り構えた。

抑えていた霊力を解放する前に一度、その霊に向き直って言葉を告げる。


「あなたの恨みは、私が祓います。だからどうか、安らかに……」


刹那、一瞬の斬撃。

深紅の刃が横薙ぎに払われ、紅い線が怨霊を透過する。

と同時に霊力を解放し、紅の残光が辺りを染めた。

事はその瞬間のみで決着が着き、次第に怨霊は光の断片となって散り散りになっていく。

その淡い光の粒子が、ゆっくりと空へ舞い上がっていった。


「……私もきっと、いつか」


楓はそれを物憂げに見つめながら、そう呟いていた――。




――何も見えません。

――何も聞こえません。


楓はきつく目を閉じ、耳を塞いだ。


――何も見えません。

――何も聞こえません。


暗い闇の中、薄っすらと声が聞こえてくる。


――何も見えません。

――何も聞こえません。


ふとその声が止み、恐る恐る目を開く。


――何も、見えま……。


目の前には誰もおらず、何もいなかった。

だがすぐに光の向こうから楓を呼ぶ声が聞こえてくる。


「――さあ、家へおいで。これからは僕が君の家族だ、楓」


楓は呼ばれた方へと歩みを進める。

その先で待っていたのは、これまで頑張って来た楓に対しての。

天から与えられた、ご褒美のような日々であった――。

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