絶体絶命
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絶体絶命なんて事は、人生の内で何度あるだろうか。
経験した人間は果たしてどれくらいいるのか、人口の何割を占めるのか。
大体はこれ以上は無理なんて事でも、案外乗り越えて行けるのが人生である筈だ。
逆にそういう風に出来ていなければ人間は生存さえも難しくなってしまう。
勿論ケースバイケースであり、各々程度も異なるのだが。
余程の波乱万丈な人生でもない限り、生死を分けるなんてそんな展開など頻繁に起こる訳がないのではなかろうか。
だからこそ人は刺激を求めたり、娯楽に興じたり出来るのだから。
その上であえて言おう。
今現在、手毬は絶体絶命のピンチを迎えている。
「どどど、どうすんですかこの状況!おい蒼ー!なんとかしろよー!」
「あぁ!?お前なに堂々とタメ口聞いてんだコラ!せめてさり気なく言えよ!」
パニック、イッツァマジカァルパニックゥワァァルド。
とまあ一先ず霊装を再度使用したのはいいものの、相手は先程と同等レベルの異形が既に七体も現れている。
幾ら一体祓えたという実績があろうとも、七体同時に相手にしなければならない事を考慮するとその実績はカスである。
つまり蒼はカスである、そう結論付けた手毬は仕方なく妥協点を探る。
「蒼さん、さっきの技で一気に倒せないんですかー!?」
その妥協点はやはり、他力本願であった。
基本自分の手を煩わせたくない手毬。
使える物は何でも使う主義とは実に素晴らしい、人間の本分であると考える。
例えカスの擬人化したような存在が相手であろうとも、今はそんな人間のフリをしたカスの手でも借りたいところであった。
「この数相手じゃ無理だ!霊力溜めてる間にこっちがバラバラにされちまう!」
「もういいじゃないですかそれで!いっその事バラバラになって数だけでも対応するべきです!行け、蒼ー!」
「パニくってんじゃねぇ!お前の脳みそに溜まってるアホ遺伝子から祓ってやろうかぁ!?」
声を張り上げながら、二人はお互いを鼓舞し合った。
だがそんなやり取りも長くは続かなかった。
異形たちが一斉に刀を抜き出して、二人へと斬りかかってくる。
手毬の右からも左からも攻撃が続き、回避、或いは両側に刀一本ずつで受け止める。
だが例え左右の異形を同時に受けても、今度は別の異形が正面から斬りかかって来るのだから、最早どうしようもなかった。
その正面は蒼が殴った事により防げたが、今度はまた別の異形が刀を振って来る。
そうして何とかやり過ごす事だけに専念していた二人は、いつの間にか中庭の中央に追いやられていた。
「蒼さん、今こそ四世家の力を見せる時ですよ!さあ、やっちゃってください!」
「できるならとっくにやってるわ!お前もなんか考えろ!」
「えー!私ですかー!?私に振るんですかー!?」
そう言い返された手毬は、不本意にも蒼の言葉に従って状況の打破に考えを巡らせる。
試しに自分に何か出来る事は無いか模索してみた。
だがどうしたところで、思いつく方法なんて“一つしか浮かんでこない”。
仕方なく手毬は諦めて、自分の手を汚す事を選択する。
「……はー、しょうがないですねー。蒼さんの為にってのは反吐が出そうになるので、今回は玖々莉さんの所に早く行きたいからという理由にしておきましょう」
「あ!?お前なに言って――」
蒼の言葉を遮り、手毬は瞳を閉じて呟く。
「おいで、……流亜」
そうして手毬は、人格の入れ替えを行った。
突如、爆発的に湧き上がる霊力。
その波動が波紋となって、辺りの瘴気を洗い流していく。
霊力は純粋な物なのに、何処か異様な重たさが場を満たす。
「……おい。手毬お前、一体何して――」
「――手毬ぃ?あんな弱いのと一緒にしないでちょうだい」
手毬の目付きが変わった、鋭いものになった。
そして手毬トレードマーク、髪のインナーカラーのグリーンまでもが、赤く染まっている。
それだけではない、纏う和服までもが黒地に赤帯の二色となっていた。
「あはは、久方ぶりの現世ねぇ。さぁて、暴れがいのある相手はいるのかしら?」
そう言って手毬であった者は、辺りを見回して早々に、ため息を吐いた――