道中
◇
十三年前に失踪した白百合舞唯。
三年前に失踪した藍葉朔耶。
半月前に藜獄島に一人残った夜御坂楓。
蒼の仮説が正しければ全員に共通しているのは禁地であり、だとすれば全員もれなく救い出せる可能性が高いと踏んでいた。
だがその仮説を確定させるには、一度検証してみなければならない。
今回の禁地への遠征は朔耶を求めてというよりも、そちらの意味合いの方が強かった。
それに何より、どうやら少なからず因縁めいたものが玖々莉にはあるらしい。
ならばこれこそ一石二鳥。
風向きは今、少しずつ変わり始めている。
誰一人とて失わせはしない、四世家当主の名にかけて。
そう心に誓う蒼であった。
「はい、蒼さんはサイコパスに連れ去られた挙句に死亡しました。脱落でーす」
「いや縁起でもねぇな。何だよ『ミンナシアワセナ人生ゲーム』って。いきなり真逆が来たぞ。ってかタイトルもホラー要素しか見受けられねぇ」
「いえ、蒼さんの善意でサイコパスさんはシアワセになりましたよ?」
「プレイヤーの俺が不幸の極致だよな!?なんでNPCの幸せが重視されてんだよ!」
現在三人を乗せた車は東北自動車道を走っており、目的地へと徐々に近づいていた。
そんな中、手毬が車内で始めたのがこのボードゲームである。
ワゴン車の後部座席を一列倒し、テーブル代わりにしてそれを広げて遊んでいる。
そしてどうやら蒼は最初のルーレットで死亡宣告を受けたようであり、急展開どころか開始早々に終わりを告げたこのクソゲーにやや苛立ちを覚えている最中であった。
「はい、次は玖々莉さんの番ですよー」
手毬はそんな蒼を気にも留めず、さっさと次のターンに回す。
指名された玖々莉は車の揺れに耐えながらも、何とかルーレットまで手を伸ばした。
「……えっと、職質された挙句に連行?一回休み」
「ありゃー、玖々莉さんでしたら割とありそうな事でしたねー。では私の番ですね」
そう言って手毬がルーレットを回し、淡々とコマを進める。
「どれどれ、宝くじで散財したが逆転の発想で宝くじをフリマアプリで売ってミンナをシアワセにした。300万円獲得。やったー!」
「いや何でだよ、狂気しか感じねぇよ」
蒼は思わずそうツッコんだ。
そんな蒼を見て何を思ったのか、手毬が鼻を鳴らして提言してくる。
「なんですか蒼さんはー。しょうがないですねー、じゃあもう一回だけチャンスをあげましょう」
「あぁ?別にやりたい訳じゃねぇよ」
「あれー?また死亡するのが怖いんですかー?まあしょうがないですよね、人間とは臆病な生き物ですから」
「誰が臆病だコラ。ったく、やりゃあいいんだろやりゃあ。ちっ、くだらねぇ」
手毬の挑発でいいように乗せられた蒼は、大雑把にルーレットを回して雑に持ったコマをタンタンと進める。
「えーっと蒼さんは、ヤクザの事務所に連れて行かれるが意気投合してミンナの仲間になった。おめでとうございます、職業獲得です!」
「おい、誰がヤクザだコラ。もうミンナってワードが怖えよ」
そうして三人はこれから戦場に向かっているというのにも係わらず、藍葉家の自家用車に揺られながらも和気あいあいとした様子で目的地へと進んで行った。
そう、あんな事になるとは知らずに……。
「いや地の文も縁起ねぇな!無駄にフラグ立ててんじゃねぇ!」
これが最後の言葉になるとも知らずに……。
◇
玖々莉はダウンのポケットに手を入れる。
入っているのは手ごろなサイズの透明な石だ。
これは先日、母の元に行った際に貰った物であり、どうやら母が白百合舞唯に託された物であったようだ。
お守り代わりにはなるんじゃないかと、母は玖々莉の手に握らせたのであった。
恩人が渡してくれた、きっと貴重な物であろう品が手元にある、それだけでとても心強いと感じている。
きっと何があっても乗り越えて行けるだろうと、そう思えた。
「おいおい、道に迷ったんじゃねぇだろうな」
蒼のその言葉にビクッとなり、僅かながら反応を見せる玖々莉は辺りを見回す。
真っ昼間なのに日差しの届かない木々の隙間を縫いながら、不機嫌な口調の蒼は苛立ちを露にしている。
目的地の森に辿り着いたまでは良かったのだが、その森の中で三人は完全に方角を見失ってしまっていた。
屋敷自体地図になど表記されている訳もなく、地図上ではこの辺り一帯全てが森林という枠で括られている。
そんな中から一軒の建物を探し当てなければならないのは至難の業であり、三人は迷子であるが迷子を認めきれずにいる、そんな状況だった。
「もー、蒼さんがノープランで来るからですよー」
「あぁ?俺の予定ではとっくに辿り着いてんだよ。どっかの能天気が寄り道なんかしなきゃな」
そう、森に着いた時点では蒼の計算上、真っ直ぐ歩けば辿り着く様に車の停車位置をきちんと決めていたのだ。
それを玖々莉が蝶々を追い掛けたばかりに、計算上の軌道から逸れてしまった。
衛星画像からしてもそこまでの距離は要さなかったのだ、本来ならば。
玖々莉はばつが悪くなり、口笛をフーフーと吹きながらボソボソと言い訳を始める。
「だ、だってあれ、関東ではいない種類の蝶だったし。珍しいんだし」
「玖々莉さん、この期に及んで見苦しいですよー?そもそもこんな大事な時に蝶好きとかって無駄な設定を付け足さないでください、迷惑です」
「う、うぅ……」
玖々莉にしては珍しく落ち込んだ。
いつも庇ってくれる側の手毬に責められると、流石の玖々莉でもへこんでしまう。
けれどいつまでも落ち込んでいてもしょうがない。
そう気持ちを切り替えて玖々莉は前を見た。
最早どっちが前かは分からない、けれど前だと思う方に目を向けなければきっと明日もやって来ない。
そんな時だった、突如『歌』が聞えて来たのは。
「あれ、聞こえてきた。……知ってる、子守唄だ」
そう言った玖々莉はその聞こえて来る方角を真っ直ぐに見つめる。
それに倣い二人も視線を移した。
「これがあんたの言ってた歌か。俺の知ってる子守唄じゃないが、確かに眠くはなれそうだな」
「でも不気味ですねー。なんかこう、意識と共に魂まで持って行かれそうな」
魂そのものを吸い寄せてしまうかのような引力。
そんな摩訶不思議な力を感じさせるこの唄は一体何なのか。
そうして玖々莉たちはそんな唄に導かれるようにして、呪われた屋敷へと向かうのであった――。