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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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天才

古びれた廃屋で、女は歌う。

口ずさむのは、幼い頃から慣れ親しんだ子守唄。

既に怨霊の住処となったこの建物に女以外の生者はおらず、故に女は一人、まるで自由を謳歌するかのように歌を歌いながら踊っていた。

長くウェーブ掛かった桃色の髪が円を描く様に広がり、着用している桃色の着物の袖が同様の動きを見せる。

優雅な舞は流麗で、中国の胡旋舞を思わせるのだが女にそのような嗜みはない。

ただ気の赴くままに身体を動かすだけだ、一人で。

時間の動かなくなった、世界の中で——。




代々魂鎮メとして世代を渡って来たのは、古くは四つ。

それが四世家と呼ばれ始めたのは、確か江戸時代後期からだったか。

うろ覚えではあるが、それもさして問題ではないと女八重桜玖々莉(やえざくらくくり)は考える。

そもそも大した興味もないのだ、魂鎮メの時代背景など。

仕事はやれと言われるからやるだけであり、自ら率先してやりたいなど思った事すらない。

それが玖々莉の基本的な仕事に対する考え方であり、自由奔放で感情の乏しい彼女には丁度いい捉え方であった。


「——あれ。制服、忘れちゃった」


玖々莉は現在20歳。

職業はフリーター。

勿論表向きの形式ではあるが、周囲からは少しだけ心配されていたりもする。

中学を卒業して高校に進学もせず、アルバイトも転々としている為か友達も少ない。

というかほぼいない。

だが唯一一人だけ、昔からの好で仲良くしている友達がいた。

その友達からの紹介で始めた某喫茶店のアルバイト。

今現在丁度その出勤前なのだが、来て早々自分の忘れ物に気付いたところであった。


「どうしよ。私服じゃダメかな?」


と言っても今玖々莉が着ているのはダウンジャケットに、中はラフなダボダボのTシャツ一枚とジーンズ。

とても某有名大手コーヒー専門店で働けるような恰好ではないのだが。

まあものは試しだと思い、店長に聞いてみる事にする。

結果的に言うと、ダメだった。

仕方がないので遅刻扱いとし、一度家に戻って取りに行くようにと言われた。


玖々莉は渋々家へと帰る。

ボロアパートで一人暮らしをする彼女だが、実の所金はたくさん持っている。

ただ興味がないだけだ、物件など住めればどうでもよかった。

アルバイトも所詮、体裁でしかない。

何かしらやっておかないといけない、そう周りに言われたからが理由に当たるのだから、打ち込めるような要素も必要性も感じてなどはいなかった。


日頃からろくに鍵も掛けていない玄関のドアを開き、中に入って仕事用の制服を探す。

そして気付く、洗濯をし忘れて洗濯籠に入れっぱなしであった事に。

そんな中で鳴り出したスマホ、ポケットから取り出して確認する。

どうやら今度は本業の依頼のようだ。


「あー、どうしよ。どっちから先に行くべきかな?」


玖々莉は考えた挙句、洗濯を回して干してから本業に出掛ける事にした。

その英断は当然の如く仇となり、日頃からこんな事を常習している彼女は次の日、店長からクビ宣告を電話で受ける事となった——。




藍葉朔耶が失踪して、もう三年が経った。

それなのに痕跡は未だ見つからず、それどころか被害が拡大していく一方である。

四世家の先代たち、白百合舞唯に藍葉朔耶。

終にはそれが当代たちにも及び、藤堂勇太までもが昏睡状態となり、白百合芽唯に至っては音信不通という有り様。

そして今日もまた朔耶の弟である藍葉蒼(あいばあおい)は義理の兄である勇太の入院している病室へと来ていた。


「——なあ、勇太さん。俺はこれからどうすればいい?姉さんを探し続ける事が正解なのか、それともあんたの隠していた夜御坂楓を助けに行くのが先なのか」


蒼は最後に一度だけ芽唯と連絡を取っていた。

藜獄島で起きた事、楓の事、そして勇太の入院先。

芽唯はいつも端的な事しか言わないので詳細までは聞き出せなかったが、大まかな現状だけは把握できた。

けれどそれが最後となって現在、芽唯とも連絡が途絶えてしまっている。


今や朔耶の代わりに藍葉家の当主となった蒼。

けれど若干16歳でその立ち位置は予想よりも重く、尚且つ現状が現状故に責任もまた強く圧し掛かる。

未だ眠り続けている勇太に助言の一つも乞いたくなるものであった。


「分からないんだ、どうすれば全てが丸く収まるのかが。四世家も今は二つの家しか動けない。そもそも年長者のあんたが仕切ってくれなきゃ四世家は回らないんだ。俺も含めてガキばっかなんだよ、こんなんでどうしろってんだ」


普段は進学校に通い、学年トップとして日々研鑽する蒼。

金髪でつり目の外見に加え口調も粗雑な為判断しにくいが、成績はずば抜けて優秀な秀才である。

だが一歩学校から出れば今度は四世家の一角の代表として振舞わなければならない。

蒼は文武両道で魂鎮メとしても勿論優秀。

だがまだまだ若い。

経験の浅さが仇となって失敗する事も稀にあり、下の者からはナメられていたりもする。

そんな時、いつも庇ってくれていたのが勇太だ。

義兄は常に優しく面倒見がよく、頭も回るし実力だってある。

八重桜が天才なんて言われているけれど、勇太も十分天才なのだ。

ただ必要以上に他人ばかりを気にし過ぎてしまって、たまに本領発揮できない所が短所なだけで。


今回が良い例かもしれない。

恐らく勇太は楓や芽唯を守る事を最優先としてしまい、霊装もままならぬままその身を盾にしてしまったのではないだろうか。

勇太が本気を出せばハッキリ言って八重桜並みに強いのだ、それこそ蒼や芽唯とは比較にならないくらい。

それを知っているのは恐らく、朔耶と蒼だけなのだろうが。


「もう行くよ。あんたが何も言ってくれないなら、俺は俺なりのやり方を取る。……さっさと目を覚ましてくれよな。寝坊なんて、あんたらしくもない」


そう言って蒼は病室を後にした。


楓、芽唯、勇太を失った魂鎮メは事を急くようにして。

物語は次の人物たちへと焦点を当てる——。

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