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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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異形

「……あんた、よくこんな所に一人で二分もいれたわね」


上陸して開口一番、芽唯はそう言った。


「せやからすぐパニックになったわ。二分は二分でも、体感時間じゃ五年はおったわ」


それに返す渚。

楓はそんな二人のやり取りを耳に入れながらも、辺りを見渡して肝を冷やしていた。

寒気が尋常じゃない、その上で鳥肌が止まらない。

薄暗い島の外観からでもよく分かる、相当な数の怨霊が潜んでいるという事が。


立ち止まっていても仕方ない、楓はそう切り替えて港の泊地から島の内部へと進む。

一体いつの時代から無人の状態なのか。

建物はあれど廃れきっており、時代も相当古い印象を受ける。

まるでこの島だけ時が止まっているかのような、そんな非現実的な発想を浮かべざるを得なかった。


「お二人とも、絶対にはぐれない様にしましょうね。一人になるのは危険すぎますから」


「夜御坂さん、それフラグだよね?」


「堪忍してください楓さん!ウチもう一人は嫌やー!」


「ええ……?」


何故だか注意喚起が裏目に出てしまったようで、楓は一人納得のいかない表情を浮かべる。

とにかく一刻も早く先を目指して、何とか渚に罹っている呪いを解くしかない。

呪いの期限や詳細が何も分からない以上、悠長にはしていられないのだ。

そして影との約束である、弔イ歌の真実も見つけなければならない。

楓は内心で繰り返す、彼女の恨みは必ず晴らすと。

駆り立てるのは情か、責務か。

だがそれ以上に何か因縁めいたものも確かに感じていた。

けれど何故だろうか、島に入ってから影の反応が酷く薄くなっているのは。

鳴りを潜めているのかは分からない。

が、やはりこの島には何か感化されるものがあるのだろう。


島に侵入してすぐに、楓たちは港町と呼べなくもない廃墟の大通りを歩いていた。

若干の坂道を登る形で、通り沿いの両脇にはお店であったような建物が並んでいる。

こうも朽ち果ててしまっては見る影もないのだが、元は賑わいを見せていたのだろう。

時代は違えど恐らくはこの港町のメインストリート。

商業か、或いは港故に漁業が盛んだったのかもしれない。


「この島、案外広いわね。これ何処まで歩けばいいんだろ?」


「なんや、弱音吐くの早ないかー?まだ序盤も序盤、始まりの街やで」


「別に弱音とかじゃないから。ペース配分を気をつけてるだけだから」


「あのなー、登山ちゃうんやで?もっと気い引き締めんと呪い殺されるで?」


芽唯と渚が、楓のすぐ後ろで言い合いをしている。

楓はそれに構わず先を見据えながら歩み続けていた。

そんな中、突如として聞こえて来たのは紛れもない『歌』である。

それはスピーカーから響いてくる訳でもなく、何だか本当に頭の中に直接届くかのような響き方をしていた。


「あかん!歌が強うなってきおった!」


「夜御坂さん、聞こえてる?これ結構ハッキリと流れてるよね」


「はい、しっかりと聞こえてきます」


綺麗な旋律だが時折不協和音が混じり、ノイズ掛かった古い蓄音機の音源のようなイメージの音色。

元は讃美歌というだけあって何処か切なさや哀愁も漂う、けれどそれ以上に感じるのは強い憎悪。

こんなにも人間の魂は何かを憎む事が出来るのかと、楓の精神は歌によって一気に持って行かれそうになる。


「あーあ、これで私たちも呪われちゃったって事?って、夜御坂さん大丈夫!?」


「っ、はい。何とか……」


いつの間にかふらつき掛けており、楓は体勢を立て直す。

心の底に沁み込んで来るような感覚は歌自体の効果か、或いは影の影響か。


「楓さん、ゆっくり行きましょ。急いでも良い事ありませんよ?ペース配分は大事です」


「あんたがそれ言うの?」


二人の言う通り、焦っても仕方がない。

楓は一度深呼吸をし、いつの間にか早足になっていた速度を緩める。

呪いの発動条件が歌を聞いた事であるならば、三人纏めて呪いの解除をしなくてはならなくなった訳だが。

果たしてそれは何をすればいいのだろうか。

単純に考えれば元凶を祓う事になるだろうが、では一体元凶とは何を指すのかという問題にもなってくる。

加えてただ祓えばいいのだとして、果たしてこの呪われた地の怨霊を相手に三人で祓い切れるのかどうか。


大通りは終点に差し掛かり、開けた平地へと辿り着いた楓たち。

何か催し物の為の場所であろうか、そこはかなりのスペースがあった。

すると早速、楓たちは気配を察知する。

現れたのは、元は原住民たちであろう。

怨霊となった者たちが広場の前方から、後方の大通り沿いの建物からとぞろぞろ出て来た。

囲まれてしまった楓たちは急ぎ戦闘態勢に入る。


「霊装——残焔!」


「霊装——白銀!」


「おいでー、ウチのペットたち!」


三者はそれぞれ戦いの為の装備を身に着けた。

楓は深紅の刀に焔の渦を巻いて、芽唯は白銀の刀を白光させて、渚は最初から怨霊化して。

そうして三人はそれぞれ三方向に展開して怨霊の群れへと突き進む。


「『送り火』——流転焔舞!」


「『銀細工』——刻印✖制圧!」


「おりゃー!!」


楓の焔が猛々しく喰らい付き、芽唯の結界が浄化の光を放ち、渚は邪気を孕んだ斧で一心不乱に切り付ける。

そうして怨霊の群れは見る見るうちに数を減らしていく、筈だった。


「ねえちょっと!祓っても祓っても復活してない!?」


「浄化できへんって、なんや、どうなっとるんや!?」


確実に浄化レベルの攻撃を叩き込んでいるにも関わらず、数は一向に減らなかった。

この島自体が強い邪気に覆われているせいか、はたまた別の理由なのか。

とにかく怨霊が成仏できない状態であるのは確かだ。

そんな状況に焦り始める三人。

けれど楓だけはその手を緩めなかった。


「分かりません、でも——!」


楓は渦巻く焔を膨張させ、その刃を天へと掲げる。

焔は楓の頭上でめらめらと音を立て、大きさをどんどん拡大させていく。

そしてそれを一気に振り下ろし、前方にいた怨霊の群れを纏めて焔の嵐に巻き込んだ。


「『送り火』——轟々焔嵐(ごうごうえんらん)!」


熱く燃え滾る焔は巨大な渦を作り出し、その渦中にいた怨霊たちを浄化の焔に包み込んだ。


「私たちは魂鎮メです!私たちが諦めたら、あの方々は永遠に救われません!」


まるで焔のような熱さを言葉に込め、楓は二人へと言い放った。


「まったく、他人の心配より自分の心配でしょ」


「ウチ、魂鎮メやないんやけど。しゃあないな」


三人は広場の中央で背中合わせとなり、武器を握り直す。

仲間って良いな、などと呑気に言っていられるような状況ではない。

早く何か打開策を見つけなければ。

けれど楓は思う。

こうやって道を共にしてくれる仲間がいてくれる事が有り難い。

そして守りたい、この先も助け合っていきたいと。

胸の奥に消えない火が灯った気がして、少しだけ心強さを覚えた楓は再び突き進む。


「『送り火』——焔々龍華!」


「『銀細工』——伸縮✖一徹!」


「だりゃー!!」


そこからは持久戦だった。

霊力は基本消耗もするし、体力だって減っていく。

いくら身体が霊体だからといって霊装も無限にし続けていられる訳ではない、何事にも限界はあるのだ。

そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。

息を切らして呼吸が荒くなる程には戦い続けていた。


「はぁー、はぁー……。キリが、ない……」


「せ、せやな……。これ以上は、流石にキツイわ……」


芽唯も渚も霊力が尽きかけている。

楓だってもう余裕はない。

そんな時だった。

絶望は案外、あっさりと訪れた。


「え……、嘘、でしょ……?」


赤い着物の姿をした、髪の長い女の霊だ。


「あ、あかん……。これはあかんて」


ただ異常な程、邪気を孕んでいる。


「……これが怨霊、ですか……?」


気付けば空も、背景の一面も全てが、真っ赤に染まっていた。

女の顔は真っ黒でパーツもろくに見えない筈なのに、その眼だけはハッキリと赤く光って見える。

感じるのは、これまでに感じた事のない恐怖、絶望。

まるで異次元からやって来たかのような現実感の無さ、ポツリと現れた悪意の塊のような歪な存在。

言葉にするのも躊躇われる程、圧倒的な邪悪に満ちたオーラ。

だがあえて言葉として表現するならば、『異形(いぎょう)』が最も近いだろうか。


楓たちはこの時初めて直面したのだ、これから先渡り合う事となる負の感情の終着点に——。


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