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~魂鎮メノ弔イ歌~  作者: 宵空希
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禁地

実家の空いている駐車場に車を停める。

勇太は久しぶりに地元に帰って来た為、何処か懐かしく感じていた。

左程自分の家から離れている訳でもないのだが、実家は海に面しているので潮風がダイレクトに届き、匂いだけでももう郷愁を感じさせるのだ。

地元では有名な大屋敷。

体裁は代々地主という立場を通しているが、巷ではヤクザの組長の家ではないだろうかなど噂が飛び交っていた時期もあった。

まあそれだけ雄大な建物が我が家なのだ、そう思われるのも仕方がない事だろう。


勇太は入口の門をくぐり、そのまま少しばかり距離のある玄関へと歩く。

道中には勇太の母が管理している庭があり、幾多の植物が花を咲かせていた。

それだけではなく錦鯉が泳ぐ広々とした池、和風庭園にはお馴染みのししおどし、石畳みの通路。

この建物だけ京都からそっくりそのまま取り寄せたかのような、和文化の象徴の様な家である。


「ただいま、母さん」


玄関に入って早々、出迎えてくれた母に挨拶をする。

相変わらずの着物姿の母、そりゃあ極道にも間違われるだろう。


「おかえりなさい、勇太。楓ちゃんは元気?」


「ああ、よく食べる子になってくれたよ。父さんは?」


「資料室にいると思うわ。あの人、勇太に代を継いでからは研究に没頭しているから」


「そうか、丁度いい。僕も少し調べたい事があってね。ついでに顔を出してくるよ」


そう言って勇太は長い廊下を進む。

言葉通り今回、急遽帰省した理由は調べ事をしたかったからだ。

憑き神である渚が接触して来たタイミングで再び浮上した、弔イ歌と言う謎のワード。

加えて楓の隔世遺伝の元となっているであろう初代魂鎮メ、黒羽根家。

楓に憑りつく正体不明の影。

失踪中の白百合舞唯と藍葉朔耶。

もしかしたら、これらは全て一つの糸で繋がっているのかもしれない。

確信はない、けれど同時にこれだけの事が起きているのだ。

なので一度状況を整理した上で、何か手掛かりはないかと藤堂家に眠る文献を漁ってみるつもりでいた。


勇太は資料室に辿り着き、その扉を開ける。

光も殆ど入らない薄暗い部屋で少々埃が被っているようにさえ感じ、沢山の本棚には難しい資料や文献がこれでもかと敷き詰められていた。

勇太の父は本当に研究に没頭しているようで、その数が明らかに増えている事にも気付く。

部屋の奥では小さな光が灯っており、作業机で父が熱心に書物を読み込んでいたので後ろから声を掛ける。


「ただいま、父さん」


振り返る父は何処か以前あった時よりも老けたように見えた。

白髪も一段と増えている。


「おお、勇太か。おかえり。すまんな、今ちょっと手が離せなくて」


「いや、構わない。僕も調べたい事があったから」


「ん?何を調べたいのだ?珍しいな、お前が研究なんて。ここには民俗学や伝承の類の資料しかないぞ?」


余程勇太の姿勢が感慨深かったのか、結局は手を止めて勇太へと向き直って来る父。

ついでだと思い、ダメもとで勇太は父へと尋ねてみる。


「ふむ、何から訊くべきだろうか。じゃあ父さん、弔イ歌って知っているかい?」


その勇太の問いに、父の様子が一変する。


「勇太、お前まさか……“禁地(きんち)”に足を踏み入れたのか!?」


「禁地?どういう事だい?」


禁地と言えば、魂鎮メの人間は絶対に足を踏み入れてはならない聖域とされている、いくつか点在する地域の通称である。

何でも霊力の高い人間が行くと神様の力のバランスが崩れるとか。

魂鎮メの人間ならば誰でも知っている常識であり、受け継がれて来た教えだった。

だがそれが何故今、話に出て来るのか。


「……勇太、四世家当主のお前だから教えよう。皆が知っている禁地と、本来の禁地の意味は全く異なるのだ。禁地は聖域などではない、寧ろ真逆。魂鎮メの人間でもどうしようもない程の、魔窟なのだ」


「魔窟……。もしかしてその魔窟に、弔イ歌の真相が?」


父は腕を組んで椅子に座り直した。


「禁地とはそもそも、過去にあった何らかの出来事が理由で呪われてしまった場所を指す。その禁地の中でも古くより存在するのが、九州にある離れ島『藜獄島(れいごくじま)』だ。弔イ歌はその島に伝わる、死者を称える祭りで披露されていた歌であったと文献には書かれていた。お前、何処でその言葉を知ったのだ?」


父からの質問に対し、勇太は若干の誤魔化しを含める。

素直に楓が当事者だとは言わない方がいいだろうと判断したからだ。


「ああ、僕の知人が少しばかり知っていてね。じゃあ父さんも禁地には足を踏み入れた事はないのかい?」


「当然だ。だが関東の禁地を一度、遠目から見た事はある。あれはもう、生きた人間の入れるような場所ではない。邪気や瘴気に満ちていて、魂鎮メでもどうにも出来ん。例え白百合の娘であろうとも、あれは無理だ」


白百合の娘、それは芽唯の母を指している。

勇太が生まれたのは父が40歳の時に対し、白百合舞唯は16歳で芽唯を産んでいる。

つまり現在64歳の勇太の父に対し、舞唯は生きていれば34歳。

娘と呼べる年齢差なのだ。


「なるほど。ありがとう、父さん。少し書物も調べてみるよ」


「それならば右の奥の棚に文献がある、好きに見るといい。だがな勇太、絶対に行こうなどとは思うなよ。生きては帰れんぞ」


「……ああ、そうするよ」


そうして暫くの間、勇太は資料を読み漁るのであった。




久方ぶりの母の手料理に舌鼓を打つ。

やはり勇太の作る料理とはまた違った、和食がメインの故郷の味だった。

勇太の料理技術は学生時代のレストランでのアルバイトが基軸となっている為、洋食系のカテゴリーが多い。

なので母の作る和食は懐かしさと新鮮さが入り混じるような感動を与えてくれるのだ。


「うん、美味しいよ。最近は人の作った料理も食べてはいるんだけどね。母さんのはまた一味違うな」


「あら、楓ちゃんも料理を頑張っているのかしら?」


何の気ない母の発言に勇太はやれやれと肩を竦める。

楓が料理を出来るようになるまでは、まだ少しばかり時間が掛かる事だろう。


「白百合家の現当主が家で暮らしているのさ。楓とすっかり仲良くなっていてね」


「あら、芽唯ちゃんも一緒に住んでいるの?両手に花ねえ」


「二人とも妹の様なものだよ。そう言う意味ではまあ確かに、僕は良い妹たちに恵まれてはいるのだろうけれどね」


勇太が母と話をしながら食事をしていると、ようやく父が居間に顔を出した。


「あなた、ご飯が冷めてしまいますよ」


「ああ、すまない。少し没頭し過ぎてしまったようだ」


そう言って父は箸を取り、味噌汁に手を出しながら勇太に尋ねてくる。


「そう言えば勇太、楓は元気か?」


「まあ、あなたってば。それを今更訊くんですか?普通は初めに聞くものでしょうに」


母は呆れたと言わんばかりの声で父にそう言った。

勇太はやれやれと思いながらも楓の現状を伝える。


「ああ、元気でやっているよ。最近は外に出る機会も多くなってきてね、とても良い傾向だと僕は思っているよ」


「そうか、それは良かった。あの時はどうなる事かと思ったが、元気なら十分だ」


父は三年前の出来事を言っているのだろう、その上で勇太が楓を助けられるのか心配していたのだ。

楓はよく立ち直ってくれたと、勇太自身も本当に楓は頑張ったと思っている。

だから両親が楓を気に掛けてくれるのは、素直に嬉しかった。

まあ姪に当たるのだから当然と言えば当然なのだが。


「今日は一泊していくのだろう?次は楓も連れて来なさい」


「ああ、そうだね。良い気晴らしになるだろうから、帰ったら伝えておくよ」


「あらあらまあまあ。勇太ったら、すっかり楓ちゃんの保護者ね」


父も母も楓を良く思ってくれている。

楓も叔父と叔母に心を開いてくれるといいのだが。

そんな事を思っていた勇太は、鳴り出したスマホに気付いた。

噂をすれば何とやら、楓からのメッセージだった。

だがその文面を読んだ勇太は、二人に謝罪する事となる。


「……すまない、父さん、母さん。どうやら一泊は出来そうにない」


「ん?何かあったのか?」


楓からのメッセージはこうだ。


『帰省しているところすみません。実は興梠さんが弔イ歌の呪いに掛かってしまっているようなので、急遽私たちも九州まで出掛ける事にします。白百合さんも有給を取ってくれましたので、三日ほどで帰る予定です』


勇太は急ぎ、行くのを止めるようメッセージを送った。

だが何故か一向に既読が付かず、電話を掛けても繋がらなかった。

二人とも繋がらないという事は、移動手段は飛行機だろうか。

その割には行動が早すぎるような気もするが。

だが徐々に、勇太は焦りを覚え始める。


(駄目だ、楓、芽唯!そこに行ってはならない……!)


勇太は急ぎ帰り支度をして、車を九州地方へと走らせるのであった——。


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