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鏡の向こうに自分がいた

作者: ウォーカー

 丑三つ時、学校の廊下。

階段の十三段目の踊り場にある鏡を覗くと、

鏡の中の世界に行くことができる。


そんな言い伝えがある学校で、

深夜、一人の男子生徒が、

言い伝えを確かめるべく、

静まり返った廊下の階段を上っていた。


 その男子生徒は内気で、友達と呼べる相手もいない。

学校の成績はおよそ平均以下で、まともなのは国語くらいなもの。

特に数学の成績は悲惨で、

明日のテストで合格点を取らなければ進級も危うい。

今夜はテストに備えて徹夜で勉強するはずだったが、

どうにも勉強が上手くいかない。

このままでは留年してしまう。

かといって、相談する相手もいない。

いっそ、この世界からいなくなってしまいたい。

苦し紛れに学校の鏡の言い伝えを思い出し、居ても立っても居られず、

こうして夜遅く、学校に忍び込んでいた。

「もしも、鏡の中の世界があるなら、そこに逃げよう。

 新しい世界に行って、一からやり直すんだ。」

月明かりだけが頼りの学校の階段を上ること十三段目。

その男子生徒の目の前に、十三段目にある踊り場が広がっていた。


 学校の廊下の階段の十三段目には踊り場があって、

その踊り場には、大きな姿映しの鏡があった。

十三段の階段を上りきったその男子生徒は、その大きな鏡を覗き込んだ。

鏡の中には、月明かりに照らされた踊り場と、覗き込む自分の姿が映っている。

「・・・やっぱり、ただの鏡か。

 鏡の中世界なんて、あるわけがないよな。」

がっかりしたその男子生徒が鏡に手を突くと、

鏡に映った手が、にゅっと手を握り返してきた。

「やあ。君も悩みがあって、ここに来たのかい?」

「う、うわっ!?何だ!?」

慌てて手を離そうとすると、握ったままの手が鏡の中から付いてきた。

「おっとっと、そう慌てないで。

 びっくりしてるのは僕も同じだよ。」

「い、いたずらか?本当は鏡じゃなかったのか。」

「そんなわけがないだろう。

 この十三段目の踊り場にある鏡がちゃんと鏡なのは、

 昼間に確認したじゃないか。」

慌てふためくその男子生徒に対して、

鏡の中の男子生徒は比較的落ち着いていた。

そうしてその男子生徒は、鏡の中自分と話をすることになった。


 丑三つ時。

学校の廊下の階段の十三段目にある鏡を覗くと、

そこにはなんと、本当に鏡の中の世界があった。

半信半疑のその男子生徒は、鏡の中の自分と話をすることにした。

自分のこと、鏡の中の世界のこと、などなど。

「じゃあ、鏡の中の僕は、僕とは逆に左利きなのか。」

「そうだね。

 僕から見れば、君こそが鏡の中の僕なんだけど。」

「なんだかややこしいな。

 じゃあ僕は、君を、左利きの君と呼ぶことにするよ。

 左利きの君は、ここに何をしに来たんだ?」

「それは、右利きの君と同じだよ。

 明日のテスト勉強が上手くいかなくて、

 鏡の中の世界に逃げ出したかったんだ。

 でも・・・。」

「でも、どっちの世界も、

 明日は大事なテストなのは同じだった、ってことか。

 それじゃあ逃げ出す意味がない。」

「そうだね。

 鏡映しの世界だから、起こることも似通ってるんだろうね。」

その男子生徒も、鏡の中の左利きの男子生徒も、

明日のテストで困っているのは同じだった。

これでは解決にはならない。

どちらの世界に行っても、結果は同じなのだから。

すると、鏡の中の左利きの男子生徒は、首を横に振って言った。

「いいや、そうとも限らないよ。

 右利きの君の世界では、明日のテストは数学だそうだね。

 僕の世界では、明日のテストは国語なんだ。」

「へえ、そうなのか。

 鏡合わせの世界でも、違うところがあるんだ。」

「違うのはそれだけじゃない。

 右利きの君は、数学は苦手だけど国語は得意だそうだね。

 僕と逆なんだよ。

 僕は、数学は得意だけど国語が苦手。

 だから、入れ替わってみないか?」

「入れ替わる?そんなことができるのか?」

その男子生徒が驚いて聞き返すと、鏡の中その男子生徒は頷いた。

「うん、できるはずだ。

 こちらの世界では、十三段目の鏡について、

 もう少し詳しく言い伝えられていてね。

 一人では鏡の中の世界に入ることはできない。

 でも、鏡合わせに同じ人物同士が体に触れ合えば、

 鏡の向こうの自分と入れ替わることができるんだ。」

「そうなのか!

 じゃあ、明日のテストは、僕たちがお互いに入れ替わってしまえばいい。

 僕たちは得意科目と不得意科目が丁度逆で、明日のテストも逆なんだから。」

「そういうこと。

 明日以降のテストについては、お互いに分担して勉強しよう。

 そうすれば、勉強する科目は半分、とはいかなくても、

 テストの日が違う科目は、同じ人が受け持つことができる。」

「国語が得意な僕は、自分のテストと、左利きの君のテストと、

 二人分のテストを受けるってことだな。

 逆に数学のテストは、左利きの君に任せるよ。」

「うん。

 でも、テストがどっちの世界でも同じ日だった場合は、

 このやり方は通用しない。」

「その場合は、僕たち二人とも勉強するしかないか。」

「それに、鏡映しの世界にも慣れないと。

 なにせ文字だけ見ても、左右が逆なんだからね。

 でも・・・」

「僕たちは友達がいないけど、鏡映しの自分にだったら、

 勉強を教えてもらうことができる、か。」

他人と友達になるのは難しい。

その男子生徒は、嫌というほどそれを知っている。

でも、鏡映しの自分となら、友達になれるかもしれない。

自分と相手と、何が同じで何が違うのか、わかる気がするから。

自分一人では困難なことでも、相談できる相手がいれば、

なんとかなるかもしれない。

その男子生徒は鼻を一掻き、言った。

「三人寄れば文殊の知恵、だな。」

「一人足りないけどね。」

その男子生徒と、左利きの男子生徒と、顔を見合わせて笑い合う。

ひとしきり笑い合って、左利きのその男子生徒が言った。

「よし、じゃあ、いよいよ本題だ。

 明日のテストのために、入れ替わってみよう。」

「うん。でも、どうやってやるんだ?」

「お互いに体を触れ合っていればいいそうだよ。

 さぁ、手を出して。

 手を繋いで、お互いの体を鏡に通すんだ。」

言われたとおりに、その男子生徒が手を伸ばす。

鏡を通して、自分と手を握り合うような形になる。

「じゃあやるよ?よいしょ!っと。」

二人は体を回して、踊るように鏡に身を寄せた。

すると、ふわっと薄い膜を通るような感触がして、

お互いの体は鏡を通り抜け合ったのだった。

「よし、上手くいったね。そっちは大丈夫かい?」

「大丈夫みたいだ。

 それで、こっちの世界は左右が違うだけで後は同じなんだな?」

「おおよそね。

 細かいところで違う部分もあるけど、全部を伝える時間はない。

 そこはぶっつけ本番で慣れるしかないね。」

「それもそうだ。

 じゃあ、明日の数学のテストは頼んだぞ!」

鏡越しに拳を軽くぶつけ合って、

その男子生徒たち二人は各々の家へ向かった。


 そうしてその男子生徒は、左利きの自分と、鏡の中の世界と、

二つの世界を行き来して生活するようになった。

鏡の中の自分と勉強を分担するというやり方は上手くいって、

二人とも、少なくともテストで不合格になるようなことはなくなった。

その男子生徒と、左利きの男子生徒は、

夜の学校で頻繁に会うようになって、今やもう友達同士そのもの。

勉強以外のことも相談し合うようになっていった。


 その男子生徒が鏡の中の自分と友達になって、ある日のこと。

その男子生徒は、いつものように、

左利きの男子生徒と会うために、夜の学校に忍び込んでいた。

月明かりの下、人気ひとけのない学校を歩いている。

学校の構内は清掃業者が清掃をしたようで、

あちこちが綺麗に整えられていた。

床には塵一つなく、ワックスが塗られ磨き上げられている。

足を滑らせないように、その男子生徒は注意深く階段を上っていく。

十段目、十一段目、十二段目。

そうして十三段目を上り、いつもの踊り場に足を踏み入れた。

すると。

階段の踊り場の床に、何かが月明かりに照らされて見えた。

キラキラ光るそれは、やや大振りな硬貨のようだった。

「おっ、あんなところに五百円玉が落ちてる。」

思いがけず宝物を見つけて、

その男子生徒はそれを拾おうと床に手を伸ばした。

ピカピカに磨き上げられた床に自分の顔が映り込む。

月明かりに照らされたその顔が、醜く歪んだように見えた。

突然、床に映り込んだ自分の手が、その男子生徒の腕を掴んだ。

そのまま力任せに腕を引っ張って、

引かれたその男子生徒が床に転がり込んで、

ずぶっと床に沈み込んで飲み込まれてしまった。

代わりに床からは、引っ張っていた腕とその持ち主が、

水から上がるようにして、こちらの世界に姿を現したのだった。

「・・・ふぅ。どうやら上手くいったみたいだな。

 やっとこっちの世界に上がることができた。」

床から姿を現したのは、その男子生徒と瓜二つの姿の男子生徒。

しかし、その目には危険な光が宿り、

口元を醜く歪めて微笑みを浮かべていた。

足元では、まるで鏡のようにピカピカに磨き上げられた床の中に、

元はこちらの世界にいたその男子生徒が閉じ込められていた。

床から現れた男子生徒は、

足元でその男子生徒が伸ばした腕を避けてかわした。

「おっと、捕まるわけにはいかない。

 俺はこっちの世界に上がれる日を、ずっと待っていたんだからな。

 お前たちは知らなかっただろう?

 この階段の十三段目の踊り場に、お前たち二人の他に俺もいたことを。

 俺はこのかすれた床を通して、お前たちをずっと見ていたんだ。

 自由に楽しそうに暮らすお前たちを。

 俺はちょっと悪さをしすぎてな、

 自分の世界ではもう自由に外出するのも難しいんだ。

 そんな時に、この階段の十三段目の鏡の言い伝えを聞きつけた。

 生憎、俺の世界では、踊り場の鏡は既に撤去されていた。

 そこで、鏡の代わりに床に姿を映すことを思いついたんだ。

 後は知っての通りさ。

 床に金を置いて、こっちのお前の注意を引いて、

 体に触れたら引っ張り込んで一丁上がり、というわけだ。」

カラカラと、床から現れた男子生徒が笑う。

「ふ、ふざけるな!僕をここから出せ!」

床の中では、その男子生徒が必死に捕まえようと手を伸ばしている。

しかし、いくら綺麗に磨き上げられたとはいえ、床は床。

姿が綺麗に映る範囲は限られていて、

どうしても向こうの自分を捕まえることはできなかった。

やがて、床から現れた男子生徒はからかうのを止め、

階段の十三段目の踊り場に背を向けた。

「さて、俺はそろそろ帰らせてもらうか。

 鏡の中のこの世界で、自由を満喫させてもらうよ。」

無情にも、床の向こうの男子生徒は歩き去っていく。

床の中のその男子生徒は、その後ろ姿を、

ただ見ていることしかできなかった。



 その学校には言い伝えがある。

丑三つ時、学校の廊下。

階段の十三段目の踊り場にある鏡を覗くと、

鏡の中から、やつれた姿の男子生徒が、

恨めしそうにこちらを見ているという。



終わり。


 学校の怪談としては定番の、学校の鏡の話を書きました。


鏡はそれを見る人が解釈して初めて鏡になります。

逆に、鏡として作られたものではなくとも、

ものが映れば鏡になることもあります。


そこで今回は、

階段の十三段目にある鏡は一つではなく、

鏡になったものの数だけ鏡の中の世界があった、

という話にしました。


お読み頂きありがとうございました。


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