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ガラスの中で育てる恋

作者: 蜜咲

 桜の花びらが舞う季節に私は恋をした。


「晴―!」


 私を呼ぶ声も耳に入らないほどの一目惚れ。まさに運命だった。目の前にいた彼に私は一瞬で恋に落ちたのだ。




「うふふふふふふ」


「ちょっと……気持ち悪いんだけど」


 うげっとカエルのような声を出したのは、隣に座っている私の幼馴染の女の子である。


「ちょっと、うげって……絵美ちゃん、恋する女の子に対して失礼じゃない?」


「恋する女の子って、あんた何回恋してるの?」


「今までとは違うの! これは運命の出会いなの!」


 絵美ちゃんの言葉に反論し、私は座っていた椅子から立ち上がる。クラスメイトの視線が私に集まるがそんなことは気にしない。




 彼との出会いは突然だった。中学二年生になったあの春の日、桜の中で目の合ったあの少年に心を持っていかれたのだ。これは絶対運命だと私は確信している。




「また運命なの?何回目よ」


「今回はちーがーうーの! 聞いてよ絵美ちゃん!」


「私はさっきからその話をずっと聞いているじゃない!」


 そう言って絵美ちゃんはペットボトルに入った飲み物に口を付けていた。その態度は絶対に聞いてないよと思ったが私はもう口から零れる言葉を止めることは出来なかった。




「でた! 晴の頭お花畑モード!」


「お花畑じゃなくて、私と彼の出会いの話よ!」


 絵美ちゃんと話していると、休憩時間の終わりを知らせるチャイムが鳴ったので私たちはおとなしく席に戻り授業が始まるのを待った。




 授業が始まり、ふと窓から校庭のほうを見ると例の彼がいた。体育の時間らしく元気に走りまわっている。ポーっと外に集中していると、周りからの視線を感じた。教室に意識を戻すと、机の傍に先生が立っている。




「木原?ずっと呼んでいたんだが気付かなかったのか?」


「はい! いや、いいえ気付いてました!」


まわりの生徒はくすくすと笑っている。


「じゃあ、問三の答えを黒板に記入してきなさい」


 私は小走りで黒板のほうに向かい問3の答えを埋める。席に急いで戻り、先生に視線を合わせた。


「木原、正解だ。今度からちゃんと授業を聞くように!」


「はい!」




 これほど予習をしていて良かったと思う日はなかった。絵美ちゃんはこちらを見てニヤニヤしている、先生が見ていたので私は何も反撃が出来なかった。


 いつもなら、多少の言い合いにはなっていたかもしれない。私は気持ちを具と堪えて自分の席に戻った。




 私は授業の後、授業中に注意された罰としてクラスの宿題プリントを集め廊下を歩いていた。ボケっとして歩いていたからだろうか。何もないところで躓いて、前のめりに倒れてしまった。


「い、痛!」


「ごめん、大丈夫!?」


「いや自分で躓いてこけたの。大丈夫だよ!」


 そう言いながら顔を上げると、例の彼がこちらを見ていた。


 私はこの出会いに感謝しつつ、勢いに任せて彼に声をかけた。




「お、お名前を教えてください! 私は木原晴です!」


 私の言葉に驚いたのか彼は少し後退りしていた。


「え、田村俊です」


 驚きながらも答える彼の優しさに、私はまた胸をときめかせる。しかし授業開始前のチャイムが鳴り、私は頭の中のお花畑モードから現実に引き戻された。


 足元に広がる落ちたプリントを急いで拾い集め、私はダッシュで職員室に向かった。


 ばっと振り返り、先程教えてもらった彼の名前を胸をときめかせながら口に出す。




「じゃあね! 俊くん!」


「え……う、うん」


 手を振る私に俊くんは固まっていた。


 そんな姿さえ、私には可愛く見えてまた胸がときめきを覚える。私はいつもと違った幸せな気持ちで職員室に向かって走った。




 放課後になり、机に俊くんの落書きをしていると、私の書いた俊くんの傍に見慣れた手が置かれた。


「絵美ちゃん? どうしたの?」


「悩める晴ちゃんを私が見つけた良い場所に案内しようと思ってね」


「絵美ちゃんが私にちゃん付けするとか、嫌な予感しかしないのだけれど……」


「まあまあ、私を信じてついてきて! お願い!」


 そう言う絵美ちゃんに不信感を抱きつつ、私は帰り道を彼女と一緒に寄り道をしながら歩いて行った。




そして私は絵美ちゃんが最近オープンしたのだと言う、とあるお店に連れていかれた。


「私は、放課後に俊くんを探したかったのに」


 ぶつぶつと文句を言っていると、コツンとおでこを叩かれた。


「何よ、私はあんたのその運命の恋とやらに協力してあげようとこのお店に連れてきてあげたのよ?」


「協力? 絵美ちゃんが?」


 またコツンと頭を叩かれた。さすがに少し痛みを感じる。


「ここ、恋愛系のお守りで有名なんだって!」


「え、そうなの? ありがとう絵美ちゃん!」


 私が抱き着こうとすると、絵美ちゃんはスッとよけた。私たちの中ではいつもの事である。


 お店の中に入ると、店内は想像していたより明るかった。


「もっと、こう暗くて怪しい感じかと思ってたよ」


「私も」


 こそこそと話をしながら店の中を見て回った。棚には花瓶のようなものから可愛いイラストの入った額など色々飾られていた。




「あら、いらっしゃい」


 店の奥から綺麗なお姉さんが出てきた。あまりの綺麗さに見惚れていると、お姉さんは私のほうに視線を向けた。


 ふわりと微笑むその表情に、時間の流れを忘れてしまうほどに引き込まれてしまう。


 時間を忘れ、ぼーっと彼女を見ているとゆっくりと彼女は私に話しかけてきた。




「あら、あなた好きな人がいるの?」


「は、はい!」




 私は急に声を掛けられ、少し驚いてしまった。そして、ずばり自分の事を言い当てられ、その事にも驚いているとお姉さんはパンと手を叩き嬉しそうに言葉を口に出した。


「そうだ!」


 お姉さんは店内の棚のほうに移動して、何か一つの商品を手に取った。


「これ、願いが叶うガラスの小瓶よ」


 お姉さんは笑顔でそう言った。私たちが不思議そうな顔をしていると、笑顔のまま話を続ける。




「誰にも見られず、この小瓶を胸にあてて好きな人のことを考えるの。その考えている間、好きな子の名前を言葉にするとさらに効果的ね! そしてそのガラスの小瓶の中身がいっぱいになったらきっと願いが叶うわよ!」


「今ならなんと五百円!」


「小瓶の中身って何ですか?」


 興味があったのか絵美ちゃんはお姉さんに質問をした。


「それは、実際に試してみたらわかるから今は秘密よ! そんな不思議な恋のおまじないグッズが今ならなんと五百円!」


 お姉さんは元気な声でそう言った。半信半疑ではあったが私は買うことにした。


 会計に立つお姉さんに、五百円を支払い可愛い袋に入った小瓶を受け取る。そんな私を絵美ちゃんは何か可哀そうなものを見るような目で私を見ていた。




「晴……」


「何も言わないで、絵美ちゃん」


 絵美ちゃんは何か言いたそうにしていたが、私の言葉に何も言わず一緒に帰ってくれた。彼女は昔から言い方はきついところがあるが、性格は優しさが主体な女の子である。そんな彼女のことが私は大好きだ。




 私も不安ではあったが、このガラスの小瓶をとりあえず試してみようと思い、絵美ちゃんと別れた後の帰り道を急いだ。




 私は帰宅後すぐに自分の部屋に向かった。ドアには鍵をかけカーテンを閉めた。これなら誰にも見られることはないはずだ。


 そして今日廊下で出会った時の俊くんのことを思い出しながら、ガラスの小瓶を胸に当てた。


「俊くん……」


 私は俊くんのことを思い出しながら、彼の名前を呟いた。


 この姿は、確かに他人から見られたら怪しすぎるかもしれないなと思う。


 特に変化もなく数分が経ち、私はゆっくりとガラスの小瓶の中がどうなっているのか確かめてみることにした。キラキラと輝くガラスの小瓶の中には透明で小さな結晶が1粒転がっていた。


 小瓶を軽く振ると、結晶が小瓶にぶつかっているのか小さなカツカツという音が聞こえる。


 私は結晶を見てそれがどのようなものか確かめようと、ガラスの小瓶の蓋を開けようとした。しかし、蓋はいくら力を入れても動くことはなかった。


 こんなにも固い蓋は、今までに経験したことがない。開けることを諦めた頃、 ガチャっと玄関が開く音がした。




「晴―! 帰ってきているのなら、ちょっと荷物運ぶの手伝ってくれない―?」


「はーい! 今行く!」


 私は母の声に、ビクッとなったがすぐに平静を保ち返事をした。ガラスの小瓶は、見つからないように引き出しの奥のほうに隠す。別に後ろめたい気持ちはないのだが、見つかった時に説明を求められたら少し困ってしまう。


 私の母の事だ。面白がりながら色々と聞いてくるに違いない。、


「晴―?はやく降りてきてくれないと、腕が折れちゃいそうだわ!」


「ごめん! 今行くよ!」


 私はそう言い、急いで階段を降り、母の元へ向かった。その後はいつものように、夕食を食べ、宿題をして私はベッドに入り目を瞑った。眠りに落ちるまでは、今日の出来事や俊くんのことについて考えていたような気がする。身体が重くなり、私の意識は深く落ちていった。




「晴―!」


 外から聞こえる絵美ちゃんの声で目を覚ます。窓を開けて下を見ると絵美ちゃんらしき人影が見えた。


「絵美ちゃん……?」


 寝起きの目に太陽の光は眩しすぎて、うっすらとしか目を開けることが出来ない。パジャマ姿のまま彼女の名前を呼ぶと、少し怒ったような声が響いた。


「学校行くよ! 今日は早く行く日でしょ!」


 昨日学校で言われたことを思い出し、私は慌てて制服に着替える。そして転びそうになりながら、走って階段を下りた。


「晴、もう学校に行くの?」


「うん! 今日早く行かなきゃいけない日だったの。朝ごはん用意してくれたのに、ごめんね」


「いいのよ。気を付けていってらっしゃい! 学校頑張ってね」


「はーい! 行ってきます」


 私は玄関のドアを開け、家を出た。近くの道路には絵美ちゃんが立っている。




「ごめん! 忘れてた!」


「もう、私に感謝しなよね!」


 朝日に照らされながら、私たちは学校まで全力で走った。通学路には部活があるのか、何人かの学校の生徒を見かけた。


 走り続けて学校も近くなった時、自転車が横を通り過ぎていった。その通り過ぎていく自転車に乗った男の子を目で追う。その男の子は、恋焦がれる俊くんだった。




「あっ!」


 心臓がドキッと跳ねた。しかし、次見た時には道路の角を曲がったのかもう視界に俊くんの姿はなかった。




 学校が目の前になり、私たちは走っていたスピードを緩めた。前を走っていた絵美ちゃんがこちらに振り返る。


「そういえば、昨日の試したの?」


「うん、でも……」


 私は昨日のガラスの小瓶の様子を、絵美ちゃんに教えた。


「ふーん、不思議ね」


「ね! 私もそう思っていたの!」


 走った後に話していたせいか、私たちはハアハアと息を切らせながら教室の中に入った。どうやら時間には間に合ったようだ。


 当番になっていた用事を済ませ、席につくころホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。




 残念なことにその日は休み時間も昼休みも放課後も、俊くんを見かけることはなかった。


「やっぱり、運命じゃないんじゃない?」


 絵美ちゃんはニヤニヤと笑いながら、私に話しかけてきた。


「今日は偶然だよ! 絶対今度は運命の恋なの!」


 絵美ちゃんはハァとため息をつき、私のおでこに手を当ててきた。




「……何?」


「いや、頭大丈夫かなと思って」


「失礼な!」


 私が少し怒って見せると、と絵美ちゃんは楽しそうに笑っていた。


私たちはいつものように通学路を一緒に帰った。絵美ちゃんとは途中で別れ、私はそこから家まで走って帰る。


 バタバタと階段を上り、部屋の鍵を閉め、カーテンも閉める。引き出しからガラスの小瓶を取り出し胸に当てた。


 私は、このおまじないを信じているのだ。今日朝の通学路で見かけた俊くんを思い出しながら、彼の名前を呟いた。


「俊くん……」


 朝見た彼の姿を記憶を探りながら思い出す。ガラスの小瓶自体には何の変化も見られなかった。




「やっぱり、ただのガラスの小瓶なのかな?」


そう言葉を零しながら中を見ると、昨日は一つだった結晶が二つに増えていた。粒をよく見ると、透明だったはずの色が薄くピンクに色付いていた。まるで、春の桜のようだと私は思った。




「……っていうことがあってね」


 次の日、私は昼休憩の時間に絵美ちゃんを捕まて話を聞かせた。


「へ―、私も見たいな」


「だ、駄目だよ? お姉さんが言ってたよね?」


 はいはい……と絵美ちゃんは呆れたような返事をした。昼休憩の間、持ってきたお弁当を食べながら色々と報告をしていた。


「晴のお弁当の卵焼き、美味しそうだね! えいっ!」


「あっ! 後の楽しみにとってた卵焼きなのに!」


「先に食べない晴が悪いんだよー」


「絵美ちゃんの意地悪! なら私だって……」


 そう言って、私が絵美ちゃんのお弁当に手を伸ばした時、彼女は外の方を見た後私に向かってニヤニヤとして笑みを向けてきた。




「晴、外見て外」


「ん~?」


 絵美ちゃんのお弁当から奪った戦利品を口の中に入れ、口をもぐもぐと動かしながら外を見る。


 窓の外にはいつものように校庭が広がっている。そこには学校の生徒たちが昼休みを利用して元気に遊んでいた。その中には、元気に遊ぶ俊くんがいた。胸がドキドキと高まっていくのを感じる。




「あれ?あの子よく見たら1年生だよね?」


「あっ、本当だ! 俊くん1年生だったんだね! その事実すら可愛い」


「運命!って言わないの?」


「心の中では叫びまくってるよ?」


「うわ……・」


 そう言うと絵美ちゃんは私を残念な何かを見るような目で見てきた。


 結局、今日も俊くんには会うことは出来なかった。やはり学年が違うと会うことすら難しいのだろうか……。そう考えながら、明日は会えると良いなと思い私は帰り道を歩いた。




 家に帰り、音を立てないようにそっと自分の部屋に向かう。部屋の鍵を閉め、カーテンも閉めた。引き出しからガラスの小瓶を取り出し、中身を確認する。


 明らかに1日目から比べると、結晶の粒の量が増えていた。それぞれの大きさも少し大きくなり、色も少し濃いピンクになっていた。




「やっぱり不思議……」


 そう言いながら私は小瓶を揺らす。サラサラやカツカツと音を立てながら結晶の粒がガラスの中を流れていた。


 その流れる結晶を眺めていると、胸の高鳴りが大きくなるのを感じる。


「俊くん、やっぱり好きだよー」


私はガラスの小瓶を胸に当てた。


「俊くん……」


 小さく彼の名前を呟くが、やはり変化はなくそのまま引き出しにガラスの小瓶を戻した。




 次の日朝起きると、スマホに連絡がある事を知らせるように光がピカピカと点滅していた。確認をすると、絵美ちゃんは今日風邪をひいてしまい休むとのことだった。私は一人トボトボと学校に向かい歩いていた。




 遠くから笑い声が聞こえ、その方向に視線を移すと男の子の集団が歩いていた。集団の中に、俊くんの顔が見えた瞬間、胸がドキッと跳ねるのがわかった。


「俊くんだ……」


 彼には聞こえないくらい小さな声でそう呟いた。私は今日俊くんに会えたことを神様に感謝しつつ、怪しまれない程度の距離を保ちながらその集団について行った。




 俊くんは友達に囲まれ、笑いながら何か話しているようだった。その笑顔をちらちらと盗み見する。あまりの可愛さに私は倒れそうだ。


「かわ……、可愛すぎる!」


考えていたことが思わず口に出てしまう。




 その後もちらちらと見ながら歩いていると、一瞬、俊くんと目が合った気がした。そんな気がしただけで今日1日楽しく過ごせると私は少し興奮しながら目線を下に移し通学路を歩く。




「目……合ったよね、今」


 感情が高ぶり少し変な歩き方になっているような気がするが大丈夫だろうか。


「やっぱり、これは運命なんじゃないかな?」


そう思っていると、俊くんがこちらに視線を向け軽くお辞儀をした。私はそんな俊くんを見ておもわず身体が固まってしまった。


「やっぱり運命!」


 私はドキドキしすぎて苦しくなった胸を押さえ、学校に向けて全力で走った。あの場にあのままいたら、色々と絶対に耐えられないと思った。




 無事に学校に着き、走ったまま教室に入る。ドアを開けて息切れを整えながら席につく。


「どうしたの! 晴ちゃん、大丈夫?」


 このクラスの委員長のほのかちゃんが心配そうに声をかけてきたらしいが、私の耳には何も届かなかった。




「運命だった! やっぱりこの恋は運命!」


 私は椅子から立ち上がり、そう叫んだ。




「またいつもの発作ね……はい、落ち着こうねー」


「違うの! 俊くんが、お辞儀をしてくれたの! 私認識されてた!」


 周りの友達は、ついに幻覚を見たんじゃないかとザワザワしていた。ほのかちゃんがはいはいと言いながら話を続けた。




「そんなことより、絵美ちゃんは?」


「そんなこと!?」


 私は少し怒りながら、絵美ちゃんは風邪で休みだとほのかちゃんに伝えた。ほのかちゃんはホームルームの時にそのことを先生に伝えていた。こういうところは委員長だなと私は感心した。


 午前中の授業を普段通りに過ごす。頭の中は授業半分、俊くん半分だ。


「晴は普通にしていたら、成績優秀で良い子なのにね。好きな人が出来ると、すぐポンコツになるんだから……・」


「ポンコツってひどくない? 恋する乙女って言って!」


 いつだっただろうか、絵美ちゃんとしたそんな会話を思い出す。しかし私はその後も、俊くんの姿を思い出しながら午前中を過ごした。




「置いていくなんてひどいよ!」


 昼休みが終わる頃、私は廊下を走っていた。体育の前に着替えを済ませておかないといけないのだが、私はぼーっとしていて更衣室に行くのが遅れてしまった。


「誰か声かけてくれても良かったのに! 昼休み終わっちゃうよー」「


 外に続くドアを開け、校庭に出ようとしたとき人とぶつかりそうになった。




「わっ! すみません!」


「いや、私も走ってたから……」


 顔を上げて、ぶつかりそうになった人を確認する。そこにいたのは、俊くんだった。




「し、俊くんだ! 本物!」


「えっと……晴先輩?」


「名前!」


「すみません、名前のほうが印象に残っていて。えっと、苗字のほうが……」


「いや、そのまま名前でお願いします!」


 私は名前で呼ばれたことへの嬉しさや、俊くんをまじかで見れたことに興奮してついつい勢いよく話してしまった。




 遠くから予冷の音が聞こえる。その予鈴の音などお構いなしに、私の心臓は壊れるんじゃないかと思うほどドキドキしていた。




「予鈴ですね。じゃあ僕は教室に戻らなきゃいけないので……」


 俊くんはそう言って、お辞儀をすると校内の方に歩き出した。


「えっ、予鈴! またね、俊くん!」


 もう少しお喋りさせてくれてもいいのにと思いながら、私は俊くんに向かって手を振りながら校庭に走った。途中気になって振り向いた時、遠くで俊くんが小さく手を振るのが見えたような気がした。もしかしたら私の願望が強すぎて見えてしまった幻かもしれない。


 私は急いで校庭へと向かった。


「晴ちゃん、ギリギリだよー」


 クラスメイトの女の子が心配そうにそう言った。


「ご、ごめん! 俊くんに会えてね、つい……」


 えへへと笑っていたら、いつの間にか先生が横に立っていて少しの遅れを注意された。その後は身体を動かし授業を楽しむことが出来た。そして授業終わりに着替えている時、ほのかちゃんに肩をつんとつつかれた。




「ねえ、さっきの話は本当なの? 妄想なの?」


「ほのかちゃん、意外と失礼だよね……本当だよ!」


「運命って、その彼の事なの?」


「そうだよ! この恋は絶対運命なんだ!」


 制服に着替え終わった後の休み時間が終わるまで、ほのかちゃんに運命について語りつくした。次の授業が始まるチャイムが鳴る頃には、ほのかちゃんはひどく疲れたような表情をしていた。




 放課後、教室に残っているとクラスメイトの子から先生に呼ばれていると言われた。私は急いで職員室に向かい、先生に用件を聞いた。


「先生、私はどうして呼ばれたんでしょうか?」


「分からないのか? 最近、気が抜けているようだから少し先生の手伝いをしてもらおうかと思ってな。気を引き締めるんだぞ!」


それ一種の罰ゲームではと思ったが、流石に口には出さなかった。




「はぁ、俊くんのこと考えていただけなのに……」


 少し重たく感じるノートの束を、教室に運ぶために放課後の廊下を1人で歩いていた。ふと窓の外を見ると、生徒が数人校門に向かって歩いている。


 下校時刻を過ぎたこの時間は、いつもこのような光景だ。私もいつもなら、絵美ちゃんと二人でお喋りしながら帰っている時間帯だ。




「いいなぁ、私もこのノートさえなければ帰れたのに」


 そう呟きながら、窓の外を見ていると一人の男の子が目に留まる。


「あれ……絶対俊くんだ! やっぱり運命!?」


 私はノートの束を足元に置き、窓の鍵に手をかけた。呼んだら振り向いてくれるかな、とそんなことを考えながら窓を開ける。


 夕方の少し涼しい風が窓から入り、私の髪をふわりと揺らした。


「しゅ……」


 名前を呼ぼうとしたその時、俊くんの傍にロングヘアの女の子が駆け寄っていくのが見え。


その女の子は俊くんと仲良さそうに会話をしながら歩いていく。俊くんも、今までに見たことがない柔らかな笑みで何か話しているように見えた。


 私はゆっくりと窓を閉め、下に置いたのアートの束を持ち上げる。




「運命だもん……」


 俊くんたちが帰った後も、私はしばらく窓の外を見ていた。遠くからは、生徒たちの楽しそうな声が聞こえていた。


 教室にノートを運び終え、私は一人で通学路を歩いて帰った。足元にある自分の影だけを見ながらの帰り道は、少し虚しさ覚えた。


 自分の部屋の机にカバンを置き、ベッドに寝転がった。いつもならあのおまじないをするのだが、今日はそんな気分になれなかった。


「あの女の子、誰なんだろう……。ただのクラスメイトにしては仲が良さそうだったな」


 あの光景を思い出すだけで、視界が霞むほどには涙があふれた。布団を被り、洋服の袖で涙を拭いた。


 結局その日は、部屋の中であのガラスの小瓶を取り出すことはなかった。




 次の日、絵美ちゃんは風邪が治ったのか朝早くには家の前にいた。


「絵美ちゃーん」


「うわ、何その顔!」


「ひどい! 実はね昨日……」


 私は昨日あった出来事を絵美ちゃんに話した。


「ふーん、諦めるの?」


 絵美ちゃんは、私の話を聞き終えると面倒くさそうにそう言った。


「好きだよぉ……運命だもん」


 私のその言葉に、絵美ちゃんは少し怒った顔で私の頬を摘まんだ。


「痛いよ、絵美ちゃん……」


「晴はその俊くんの彼女でもなければ告白をしたわけでもないんだよね? 今はただの先輩と後輩の関係だよ? 何かあったとしても仕方ないんじゃないの?」


「告白……」


「俊くんに好きって言ってないでしょ? あんたはいつも運命って言うばっかり!」


 私はその通りだと思った。私の好きという感情は今まで行動に移したことがなかった。いつも憧れで終わってしまうのだ。


「でも、俊くんは今までとは違うもん……」


「なら、晴らしく行動しなきゃ! いつまでも変わらないよ?」


 絵美ちゃんはそう言うと、私の肩をポンと叩いた。




「ありがとう、絵美ちゃん! 私行ってくる!」


 どうせ砕けてしまうのなら気持ちだけでも伝えたいと、そう思える相手は初めてだった。


 私は、通学路を全力で走った。俊くんがこの前みたいに今日も徒歩通学だったらと、そんな期待を抱いて私は俊くんが歩いていた道を目指した。




 道を走っていると、俊くんが歩いているのが見えた。まわりに友達がいたが、気にしても仕方がない。


「俊くん!」


 私は彼の名前を呼んだ。




 名前を呼ばれ、俊くんは私のほうに振り返った。視線が合い、私はドキッと心臓が跳ねるような感覚を覚える。


 俊くんの周りの人たちが何か言っているが、私は自分の心臓がドクドクと弾む音で何も耳には入ってこなかった。


 自分の気持ちを伝えようと、一歩踏み出した時パリッと何かが割れる音がした。


足元に視線を移すとあのガラスの小瓶が割れ、いっぱいになった綺麗なピンク色の粒が零れていた。




 ざあっと勢いよく風が吹き、ピンクの粒が桜の花びらのように舞った。まるで初めて俊くんを見た時のようだ。


「頑張りなさい。あなたの思いはきっと伝わるわ」


 ガラスの小瓶を買ったあのお店のお姉さんの声が、桜の花びらのように舞う結晶の中から響いて聞こえたような気がした。風が止むと、ガラスの小瓶もピンク色の結晶もあたりには見当たらなかった。




 私はふぅっと息を吐き呼吸を整える。視線を俊くんの瞳に戻し、自分の気持ちを言葉に籠めた。




「俊くん、桜の木の下で見た時から私はあなたのことが大好きです!」


 私はちゃんと笑えて言えただろうか。震える手でスカートを握りしめた。




「えと……ありがとうございます。晴先輩」


 彼は恥ずかしそうに照れた表情をしていた。


 周りの友達たちはなぜか静かに見守っている様子だった。いっそのこと騒いでくれた方が降られたときに悲しまなくて済むのにと私は思った。




「僕も、晴先輩の事桜の中ではじめて会ったあの時から気になっていました。こんな僕で良かったら僕を晴先輩の彼氏にしてください!」


「は……はい? はい! えっと?」


 私は混乱しながら俊くんに返事をした。


「晴、しっかり!」


 いつの間にか私に追いついた絵美ちゃんが、私の背中をさすっていた。


「晴、良かったね。俊くんも晴の事好きだってさ」


「えええ! 私の聞き間違いかと思った! え、俊くん本当に?」


 私が俊くんのほうを見ると、彼は真っ赤な顔のまま頷いていた。それにつられて私まで顔を赤くして口をパクパクと動かし絵美ちゃんの方を見た。


「二人して顔真っ赤で似た者同士だね」


 私たちは落ち着くまでしばらくその場に立っていた。




 その日の放課後、私と絵美ちゃんが教室に残っていると俊くんが私のクラスを訪ねてきた。朝の事を思い出し、ドキドキしながら彼に声をかけた。


「えっと、どうしたの? うちのクラスに何か用事でもあった?」


 私がそう言うと、俊くんは首を振り手で少し顔を隠しながら口を開いた。


「晴先輩と一緒に帰ろうかと思って……。迷惑じゃなければ、なんですが」


「ええ! いいの? 一緒に帰っても」


「せっかくお付き合いしているんだから、一緒に帰りなよー」


 私たちの様子を見ていた絵美ちゃんは、ニヤニヤしながらそう言って鞄を私に渡してきた。




「じゃあ、晴先輩帰りましょうか」


「うう……嬉しい! 絵美ちゃん、ありがとう。また明日ね!」


 そう言って私と俊くんは私の家の近くまで一緒に帰った。私は自分の部屋に戻り今日の出来事の余韻に浸っていた。そして、ふとあのガラスの小瓶に事を思い出した。


 引き出しの奥に手を伸ばし、ガラスの小瓶のぞんざいを確認する。


「あれ? ない……?」


 引き出しを取り外したり、部屋の中を見回ったりしたがどこにもガラスの小瓶はなかった。


 いてもたってもいられず、私は一人でガラスの小瓶を買ったあの店に向かった。しかしそこは何もない空き地だった。


「一体どういうことなの?」


 そこに通りかかった三十代くらいの女の人に聞いてみたが、ここはずっと空き地のままだということだった。


 なら私が喋ったあの女の人はいったい誰だったのだろう。そんな不思議な出来事があったこの中学二年生の記憶を私はずっと覚えているのだろう。




 時は経ち、机の上にあるガラスの小瓶に小さな手が触れる。もちもちとしたその小さな手の持ち主は可愛い笑顔で私に尋ねる。


「おかあさん、これキレイね。これはなあに?」


「これはね、おかあさんが大事にしていたものに凄く似ているの!」


 あの告白から十五年ほど経った。今になってはいい思い出だ。


 小さな手の持ち主は、ニコニコとした顔で振り返る。




「おとうさん、お顔赤いね!」


「どうしてだろうね、ねえ俊くん?」


 彼は照れた顔を、持っていた本で隠していた。




 あの告白の後付き合っている間に聞いた話だと、一緒にいたのはいとこの女の子だったらしい。まさか見られているとは思わず、一生懸命になって説明してくれた。今日はその子がこの家に遊びに来ることになっている。


 春のあたたかな光の中、庭にある桜の木は綺麗な花を風に吹かれて揺らしていた。それはまるで、私たちが出会ったあの日のようだった。

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