異世界魔法設計部 〜転生者にもっとも相応しい最初の魔法とはなにか〜
初級魔法。
そう一口に言っても魔法には多種多様の属性が存在する。加えて、その事象を起こすプロセスも多種多様だ。
多種多様×多種多様……それは無限の選択肢を意味する。
今回は、数多の魔法の中でもなにを転生者の最初の魔法とするのが相応しいか、という言い争い――もとい議論を覗いてみよう。
◇ ◆ ◇
「四大元素を冠する魔法の最弱のものに決まっていいる!」
まだ年若いが魔導師然とした青年――ウィザードは大声を出し、机を叩いた。
相対するよれたスーツのくたびれた男――セッケイはやれやれお話になりませんねと首を振った。
「《火》、《水》、《土》、《風》のことを言っているんでしょうけど、オレに言わせりゃそれは発展形ですね」
セッケイはいいですか? と前置きして話し始めた。もちろんセッケイは形式上そう言っただけで、異論があったとしても説明を止めるつもりはなかった。
「まず《火》ですが、これは科学的には燃焼のことですよね? 燃焼というのは可燃物が酸素と激しく反応する酸化反応のことです。同列に語られる《水》や《土》のような物質が存在するわけではありません」
ここまではいいですね、とセッケイはウィザードを見た。
ウィザードはなにか反論しようと口を開き掛けたが、言葉を発するよりも早く、セッケイが話し始めてしまう。
「まずこの時点で転生者の混乱を招きます。なんてったって物質と化学反応を同列に扱っているんですから。少なくともオレは混乱しましたね」
「それはおぬしが科学を信奉しておるからだろう? 魔法を信奉している者には違和感のない流れだ!」
ウィザードは怒り心頭といった様子で金切り声を上げた。
セッケイはその意見を一理あると受け取り、手に持っているバインダーに書き留めた。
「では《風》はどうでしょう? あれは物質でもなければ目にすら見えません。最初の魔法とするには練習もしづらく、さらに魔法による現象なのか、それとも自然現象なのか見分けがつきません。この点についてはどのようにお考えで?」
ウィザードはぐっと押し黙った。
しかしセッケイが続けてなにか言う前に、割り込むような形で言葉を紡いだ。
「め……目に見えぬものを操るというのは、魔法に必要な精神力を培うのに最適だ! それに自然の風と見分けが付かないと言ったが、試行回数を増やすことで偶然か恣意的なものかは区別できるではないか」
言いながらうまい落とし所に辿り着けたと、ウィザードはにんまり笑って勝ち誇ったような顔で言った。
しかし、セッケイは表情ひとつ変えなかった。
「今は転生者の最初の魔法に相応しい魔法とはなにかの話をしています。その理屈ですと、やはり《風》は発展形では?」
ウィザードはぐぅの音も出ないようだった。
「……不本意だが、《風》は発展形――本来であれば初級魔法だが、最初の魔法としては相応しくない、という結論でいい」
絞り出すように、ウィザードは言った。
靴でも舐めさせられたのかと言うほど、屈辱を味わった顔をしていた。
しかし、セッケイは意に介さない。
「はい。では、《風》は転生者に最初に教える魔法リストから外します」
無感情にそう言い、バインダーに書きつけた。
「次は《水》ですね。これは無から有を作り出す、魔法らしい魔法です」
ウィザードは意外そうな顔をした。
「……《水》については、好意的な感想なのだな」
「そうでもありません。あまりに魔法らしい魔法なので、原理を考えると発狂しそうになります」
セッケイは続けた。
「そもそも無から有が作り出されるってどういうことですか? オレはここでつまずきました」
「薄々思っていたんだが、単純におぬしが魔法が嫌いということはない?」
「いえ。オレの意見は極めて一般的な転生者の意見だと思ってください」
ウィザードはうんうん唸りながら、部屋の隅を見た。
セッケイと一緒にやってきたピシッとしたスーツ姿の男――エイギョウが使い魔の黒猫と遊んでいる。
「あやつも転生者ではないのか? あやつの意見も聞きたい」
「チッ」
「え? おぬし今舌打ち……」
「してません。エイギョウ、おまえも話に入ってくれ」
セッケイに呼ばれて、エイギョウは黒猫を抱えてこちらにやってきた。スーツには猫の毛がたっぷりと付いていたが、気にした様子はなかった。
「なんですか?」
「転生者にもっとも相応しい初級魔法はなんだと思う!?」
ウィザードは食い気味に問いかけた。
「しょきゅーまほー? ですか?」
「初めて覚える魔法のことだ」
セッケイがフォローする。
エイギョウはしばし虚空を見つめ、黒猫の肉球を揉んだ。
「やっぱり火ぃ出したりとかの派手なのがいいですね」
ウィザードは今度こそ勝ち誇った顔をした。
セッケイは忌々しげに舌打ちした。
貧乏ゆすりしながら、エイギョウを指差して言う。
「こいつはちょっと、馬鹿なんです」
「転生者の大半は自分を賢いと思っておる馬鹿じゃ」
「ひゅー! ウィザードさん辛辣ですね」
セッケイは頭を抱えた。
ウィザードとセッケイの話し合いは平行線だ。
そして新たに加わったエイギョウは、どちらかというとウィザード側の人間のようだ。
「そもそもだ。おぬしはどんな魔法が転生者の最初の魔法に相応しいと思っている?」
勢いのついたウィザードは、セッケイに問いかけた。
セッケイは待ってましたとばかりにバインダーをめくる。
「オレが思うに、そのものずばり《物を動かす魔法》こそ、最初の魔法に相応しいかと」
セッケイが言うことには、『物を動かす』というのはいろんなことに応用が効くとのことだ。
さらに効果がわかりやすく、たとえ魔法を制御できなくても危険が少ないというのが、セッケイの主張だ。
「四大魔法は効果に魔力が反映されやすいですからね。当人の制御能力を超えた魔法が発動してしまう危険性が非常に高いです。《ファイアボール》を打ったら会場が半壊……なんてよく聞く話です。その点《物を動かす魔法》というのは、動かす対象に何を選ぶかによって、魔法の行使者以外がある程度威力を制御できます。羽根を動かしたところで、会場は半壊しないでしょう?」
ウィザードにも心当たりがある内容なので、反論ができなかった。
セッケイはさらに続ける。
「そしてこの魔法は貴方の言う《土》にも繋がります。無から有を生み出す《水》に対して、《土》はすでに存在する物質を動かす魔法ですからね。このことからも、《土》は《物を動かす魔法》の発展系であることがわかります」
ウィザードは理解できてしまう自分が悔しいようで、顔を歪ませていた。
セッケイはというと、特に勝ち誇った様子もなく、淡々と話し続けていた。
「それから貴方がたの基準では中級魔法に位置付けられている《氷》。これは《物を動かす魔法》の応用で実現できます。分子の振動を制御することで、凍った状態を再現することができるのです」
ここまで言って、セッケイはようやく沈黙した。
ややオーバーキル気味な雰囲気が漂う。ウィザードは憮然として椅子に埋もれるように腰掛けていた。
「……認めたくはないが、認めざるをえないぞ」
「では、転生者に最初に教える魔法は《物を動かす魔法》ということで……」
「えぇ!? そんな地味な魔法にするの!?」
猫と遊んでいたエイギョウが素っ頓狂な声を上げた。
セッケイは「こいつ、聞いていたのか」をいわんばかりに盛大な舌打ちをした。
エイギョウの声に喜んだのはウィザードだった。
「たしかにそうだ! やはり派手な魔法で心を掴むべきだ!!」
水を得た魚がごとく、ウィザードはエイギョウの言葉にここぞとばかりに便乗した。
セッケイは憎々しげにエイギョウを睨んだ。
「やはり《火》。これが転生者に最初に使わせるべき魔法だ!!」
ウィザードは先程までの熱い言い争い――もとい討論を無に帰す結論を叩き出した。
セッケイは持っていたバインダーを床に叩きつけた。
「ふふん。セッケイ、おぬしの意見も聞いた上での結論だぞ。《風》、《水》、《土》についてはおぬしの意見に従いラインナップから外そう。だが、《火》についてはおぬしとて反対ではなかった」
セッケイは叩きつけたバインダーを拾った。
「そもそもおぬしの懸念点は自然現象である《火》が、《水》《土》という物質と同列に語られることだろう? 《火》だけに絞ることで、この懸念点は解消されている!」
「まぁ、そうですね」
「つまり折衷案ということだ。いやぁ、良い落とし所がみつかってよかったよかった」
ウィザードは気持ちよさそうに笑った。
「――では、転生者にもっとも相応しい最初の魔法は《火》ということでよろしいですね?」
「ああ、それが我の結論だ!」
「承知しました」
セッケイは手早く荷物を片付けると、一礼してウィザードの部屋を去っていった。
エイギョウは名残惜しそうに猫をひと撫でして、ウィザードに形ばかり非礼を詫びる。そのあとセッケイの後を追って部屋から出ていった。
◇ ◆ ◇
さて、今回のところは転生者にもっとも相応しい最初の魔法は《火》ということに決まったが、皆様はどう思うだろうか?
ちなみにこの後、入学試験で魔力を測定する際に《ファイアボール》を使用したところ、校舎に燃え移りあわや……という事故が発生した。
さいわいにして《ウォーターウォール》によって遅延は防がれたものの、《ファイアボール》を推奨したウィザードには厳しい処分が下ったそうな。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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