夜、逃亡す
騒がしいパーティーの会場から出て外の階段で一人座っている。
溜め息を吐いた。
気持ちが悪い。
別に酒は飲んでいない。そもそも嫌いだから飲みたくないのだが。
この国の双子の王女が成人するだとかで開かれたこのパーティー。ここにいる男も女も気持ちが悪い。本当にこのパーティーを楽しんでいる者なんぞ三割ほどしかいないのではないだろうか。
再び溜め息を吐く。
これなら大騒ぎでもして逃げればよかった。両親に連れられてきたは良いものの結局両親は俺を放置。今までこんなパーティーだとか連れていくどころか、パーティーの存在も教えられなかったのにいきなりこんな所に連れてこられて何をすれば良いのやら。
⋯⋯まあ、分かりきったことか。あー面倒臭い。
不摂生で怠惰な俺でも王女とワンチャン狙って、だろう。別に期待してるわけでもないだろう。最近も見合いの話がきたし、今も俺のこと放置してるし。
やはり逃避行の判断は間違っていなかったのだ。こちらも向こうも互いに期待していないのだから。
うん、逃げよう。あ、今ならチャンス⋯⋯いや、使用人は家にいるか。
三度目の溜め息を吐いた。
「溜め息を吐くと幸せが逃げるらしいですよ」
すると後ろから誰かに声をかけられた。誰か確認するために振り返ると、そこには派手なドレスで着飾った女性がいた。面倒なものに絡まれたな、なんて考えながら適当に返す。
「溜め息程度で逃げる幸せなんてたかがしれてるでしょう」
「良いですね、それ。私も今度使ってみましょう」
使う機会が来ることなんてそうないだろう、なんて思っていると、彼女は俺の隣に腰を下ろした。
「パーティーはまだ終わっていないでしょうに、一体どうして外に?」
当たり障りのない質問を投げかけてみると、彼女は薄く微笑みながら「少し、疲れてしまって」と言って空を見上げた。
俺も倣って空を見上げると、雲一つない夜空に月と星が輝いていた。
「綺麗ですね」
「そうですね」
「こんな綺麗な空なのにパーティーは室内だなんて、少し残念です」
「そうですね」
「⋯⋯パーティーを抜け出して男女二人きり。なんだかロマンチックですね」
「そうですね」
「⋯⋯適当に相槌を打てばいいと思ってるんですか?」
だって面倒臭いもの。とは決して口に出さなかった。
「申し訳ない。あなたが隣に座られ緊張してしまって」
「それはそれは。先程からこちらを見てくれないと思っていたら⋯⋯なんて、絶対嘘ですよね」
あらばれてしまった。全く想いのない言葉だっただろうか。しかしわざわざ指摘してくれるとは、なんとも迷惑な人なのだろうか。
もう少し会話が伸びそうな気がして、またも溜め息を吐いてしまった。
「⋯⋯溜め息が多すぎでは? もしやお疲れになられているのでしょうか。でしたら使いの者に言えば休める場所を用意してくれたでしょうに」
「疲れてはないですよ。ただ、パーティーは苦手で」
「あら、私と同じですね」
そう言って彼女は小さく溜め息を吐いた。
意外だとは思ったが、彼女にもそれなりに悩みがあるのかもしれない。俺とは違う立派な悩みが。
「⋯⋯では私はこのくらいでお暇させていただきます」
無理矢理だがこの場から離れるために立ち上がり階段を少しおり、彼女に一礼する。
「パーティーはまだ終わってませんよ」
「知ってます。でも帰るんですよ」
「羨ましいですね」
そう言って俺を見つめる彼女の目は少しだけ期待しているような、そんな気がした。
「そうですか。いつか盗賊があなたを奪ってくれるかもしれませんよ。それならあなたも自由だ」
「あら、あなたがその盗賊にはなってくれないのね」
「⋯⋯いっそのこと自分で逃げるのはどうですか? 大事になるのは確実でしょうがどうせ姉がいるのですから、十年経てば落ち着くでしょう」
「あなたには人の心がないのですか」
彼女はそう言って笑った。
楽しんでもらえたのなら結構だが、人の心があるからこそ他人を犠牲にするのだと言ってやりたくて仕方なかった。確かに俺は愚鈍で怠惰な人間だが立派な人間だ。
しかしそれよりも、そろそろ会場では王女がいないと騒がれているのではないだろうか。短時間とはいえ主役がいないのは問題だ。それを彼女に伝えてやると「いいです」と、とても素晴らしい笑顔で言われてしまった。
そんな彼女に少し引き気味で階段を降りると、なぜか彼女も着いてきた。
「⋯⋯どうして着いてくるのでしょうか」
「あなたが言ったのではないですか。自分で逃げればいいと。だから私はここを出てあなたに着いていくことにしました」
「やめろ。迷惑」
拙いながら使っていた敬語も途切れてしまった。
まあ、どちらにせよこれが原因で失いものがあっても、いつか自ら捨てるものしか無くならないだろう。
「人に迷惑をかけることを推奨したのに自分への迷惑は嫌がるのですね」
「俺は人に迷惑をかけることを推奨したんじゃない。自分のことを優先することを推奨したんだ。履き違えてもらっちゃ困る」
「あら、敬語はどうしたのでしょう?」
「不敬だろうがなんだろうが、どうせいつか捨てるものしか失くならないだろ」
そう言って俺は再び歩を進めるが、彼女は尚も俺に着いてくる。
「自分のことを優先する、というならそうさせていただきます」
「俺に着いてきても、俺は家で寝るだけだ。今から捨てにいくわけじゃない」
「惹かれあった男女が一夜過ちを犯しても対して問題はないでしょう」
「誰の話だろーなー。俺は惹かれてないからなー」
「あら本人を前にして酷いこと言うのね」
本人を前にして虚言吐いたくせに何を言ってるんだ。
「てか俺年上趣味じゃないんで」
せめて同年代か年下がいい。そう言うと、彼女は不意に立ち止まった。
「⋯⋯年下だったんですね」
一体俺の年齢をどう思っていたのかは聞かない。
「年上だと思ってたのなら残念だったな。てことで来た道を帰ってもらってどうぞ」
「私のこと嫌いすぎじゃないですか? 悲しいです」
「嫌ってはないですよ。面倒なだけで」
「それもどうかと思います」
そう言って彼女は俺の前を行く。
そういえば彼女はドレスなのだから俺が本気で走れば簡単に振り切れるのではないだろうか。ああ、もう逃げてしまってもいいかもしれない。
「⋯⋯でも、走って逃げないあたり、なんだかんだ優しいんですね」
「奇遇じゃないか。俺は今走って逃げようと思ってたところだ」
「あら、同じ時間に同じことを考えていたんですか。気が合いますね」
「⋯⋯何言っても良い方向に受け取りそうだな」
そんな会話を続けていたら、家がもう見える距離まで来てしまった。
「そんなことはありません⋯⋯ほら、お家が見えてきましたよ」
「⋯⋯なんで知ってんだ」
「幼い頃に遊んだじゃないですか」
「⋯⋯さあて覚えてないな。弟と勘違いしてない?」
「弟さんはあの頃まだ歩くのもままならい年齢でしたでしょう?」
どうして昔のことを覚えていらっしゃるのでしょうかね、この王女様は。他に覚えるべきことあるでしょうに。なんて考えていると、不意に溜め息がこぼれた。
「あの頃の俺も歩くのがやっとだったぞ」
「嘘ですね。あなたは歩くのを面倒だと言ってたじゃないですか。というか覚えてるじゃないですか」
「さあてなんの話だろう? というか本気で帰らないつもりか?」
「もちろん。あなたに一人で勝手に逃げられては困ります」
「嘘だろ。使用人も弟もいるし、深夜には両親も帰ってくるだろ。何か、俺に今日今から逃げろって言ってる?」
「そう言ってます」
「めんど」
そう言って俺は家の扉を開く。開くとすぐに、キッチンへ続く扉が開きメイドが顔を覗かせる。予定よりも早い帰宅に驚きつつも、俺だからと納得したのか、「おかえりなさいませ」と言って出てくる。
「あいつはもう寝てんの?」
「弟様は本を読まれると自室に行きましたが既にご就寝⋯⋯なさっ⋯⋯て⋯⋯ぇ? え?」
「あ、騒ぐなよ。どうせすぐ広まる」
「あ、え? え、えっと⋯⋯え?」
放心してしまったメイドを尻目に俺は自室へ向かう。メイドに一言声をかけてから彼女も後ろについてくる。
「あなたの部屋って何もないのね」
俺の部屋を一望した彼女が言った。目の前で俺が着替えているというのに。
「譲ったり捨てたりしたからな。持ってくのは地図とある程度の服と無駄に増えてった金だけでいいし」
「それだけでいいんですか?」
「森に住んだりするわけじゃねえんだぞ。これでいいだろうが」
彼女は野宿をすると思っているのだろうか? 別に俺は大勢いる一貴族の餓鬼でしかないのだから、いなくなろうが大事にはならないのに。
「それで、今から出ていくのですか?」
「時期が変わろうが問題ない程度の準備は終わってるからな」
「でも困りましたね。私は姉様ほど派手ではないにしろドレスです。いやでも目立ってしまいます」
「ええ、着いてくるつもりまだあったの?」
「むしろ着いていかないと思っていたので?」
なんでこう、彼女は強情なのだろうか。お淑やかな見た目からは想像がまるでつかない。
「⋯⋯なんでそんな執着すんの?」
無意識に出た言葉だったが、それは彼女に何よりも聞きたい言葉だった。
彼女は俺の目を見据えると、これまでにないほどの綺麗な笑みで言った。
「あなたといたいからです!」
会話が入ると一人称の地の分が書けない。




