第9話 今夜は帰らないで
夜の帳が降りる頃まで。
僕はずっと、デゼルの傍について闇の神様にデゼルの回復を祈り続けた。
ごめんね、デゼル。
本当にごめん。
ずっと、言えなくて。
学校で、僕がどういう立場にあるのか、みんなにどう思われてるのか、デゼルにだけは、知られたくなかったんだ。
ごめんね、こんな、情けないありさまで。
ガッカリしたよね。
知られたら、デゼルも僕から離れて行くと思った。
デゼルだけは、失いたくなかった。
どうして、言わなかったんだろう。
デゼルを傷つけるくらいなら、僕が傷つけばよかったのに。
それなのに、どうして――
デゼルはどうして、こんなになるのに、闘ったの?
どうして、デゼルはひとつも悪くないのに、ぜんぶ、デゼルが悪いことにしたの?
こんなことのために、デゼルの傍にいたんじゃないのに。
僕がどんな目に遭っても、デゼルがガッカリせずに、昨日までと同じように傍にいてくれたら、昨日までと同じように僕を呼んで、笑いかけてくれたら、僕なら、それだけで、どんなことにも耐えられたのに。
デゼルの高熱が引かないんだ。
息も絶え絶えで、それなのに、たまに意識が戻ると、僕を見てほっとした顔で笑うんだ。
闇の神様、どうか、デゼルをお守り下さい。どうか――
**――*――**
「サイファ…さま……」
気がついた様子のデゼルが、僕を探すように右手を宙にさまよわせたから。
僕はほっとしたあまり泣いてしまいそうになりながら、きゅっと、その手をつかんだ。
「デゼル、気がついてよかった。何か食べられる? お水なら飲める?」
「…キノコ……サイファ様と一緒に採ってきたキノコ……デゼルと一緒に、焼いて食べよう?」
やだな、デゼルったら。
僕のこと、こんなに心配させておいて、まずキノコなの?
もぉ、可愛いんだから。
僕はクスっと笑って、優しくデゼルの髪をなでた。
「キノコだね。わかった、焼いてくるから、少し、待ってて。お水はここにあるからね」
デゼルがこくんとうなずくのを確かめた後、僕はリュックごと、キノコを持って部屋を出た。
そうしたら、デゼルが起きてついてきちゃったから、すごく、驚いたんだ。
起きられるくらいデゼルが元気になって、安心したら、デゼルのすることがあんまり可愛くて、抱き締めたくなったけど――
デゼル、まだ苦しいかもしれないから、我慢して、キノコをどうやって焼いたらいいのか教えてあげた。
僕、上手なんだから。
「美味しく焼けました」
アツアツのキノコを頬張りながら、デゼルが幸せいっぱいの笑顔で言うんだ。
おかしくて、笑っちゃった。
「よかった、デゼルが元気になって」
「うん。でも、今夜は帰らないで、サイファ様」
僕、大丈夫かな。
デゼル、ものすごく可愛いんだよ?
ついさっきまで高熱で、息も絶え絶えだったデゼルを、渾身の力で抱き締めちゃったりしない自信、あんまり、ないんだけど。
キノコにブロッコリーとじゃがいもを添えた料理を食べて、デゼルはお腹がいっぱいになったみたい。
今度は、ふらふらとお風呂に入りに行った。
僕も、その間に神殿のお風呂を借りて、歯を磨いて、パジャマに着替えた。
その間に、いろいろ考えた。
これで終わりじゃないんだ。
公国の滅亡を阻止したいなら、こんなこと、きっと、始まりですらないんだよね。後戻りはできない。
デゼルも僕も、もっと、危険な目に遭うんだと思う。
つらいことや悲しいことが、たくさん、あるんだと思う。
デゼル、本当にいいのかな。
僕は?
僕こそ本当に、デゼルにこんな思いをさせてまで、守れるかもわからない公国を守りたいのかな――
「サイファ様、一緒に寝よ~」
顔を上げたら、枕を抱いた湯上がりのデゼルがいて。
えぇっ。
可愛い。
わ、わ、胸がとくとく、とくとく、高鳴って止まらないよ。
そんな僕を見てデゼルが笑うんだ。
駄目だったら、そんな、可愛い顔で笑ったら。
どうしよう、抱き締めたいな。
ぎゅってしていい? だめ?
「サイファ様、あのね」
月をかたどったナイトライトをつけて、僕のとなりに座ったデゼルが、寄りかかってきて。
わ、わ、痺れる甘さってこういう――
すごく可愛くて、パジャマ越しに感じるデゼルの肌のあたたかさが優しくて。