第52話 悪役令嬢は初めての戦闘で無双する
いよいよ、三年後に公国を滅ぼす予定の、トランスサタニアン帝国の第二皇子ネプチューンに謁見する日になった。
僕はさすがに緊張していて、朝食もあまり喉を通らなかった。
だって、今日の僕はもう見習いじゃない。
闇主として、公子様と闇巫女様を護るために使節に参加してるんだ。
子供だからって、何の手加減も容赦もないんだ。
万が一にも、ガゼル様やデゼルを殺されてしまったら、取り返しがつかない。
僕の全身全霊を懸けて、何があっても、二人を守らなくちゃ。
ジャイロもユリシーズも、クライス様も一緒で、僕が一人で護衛するわけじゃないけど、護りの要は僕なんだ。
闇の使徒は、いざという時には囲みを突破して活路を開くアタッカーに偏ってて、護るのは得意じゃないから。
デゼルなんて水神になれば無敵だけど、今日は八歳の闇巫女様としての参加だから、最優先で護られるべきお姫様でしかない。
戦闘の予定ではないんだけど、何があるかはわからない。
僕、頑張るんだ。
初めて足を踏み入れた帝国の皇宮は、公国の公邸とは比べ物にならないくらい、広くて豪勢だった。
だけど、帝国そのものの第一印象と同じで、僕にはなんだか、灰色にくすんで見えていた。
通された謁見の間には、紫紺の絨毯の両脇に、ズラリと揃いの軍装の兵士が並んでいて、僕達を威圧するようだった。
正面には、闇の神様の幻の中に視た、艶やかな黒髪のネプチューン皇子。
「これは、どういう趣向かな? オレは子供に用はないんだが?」
皇子様でも、ガゼル様とは全然違って、態度も姿勢も悪かった。
ガゼル様の前なのに、まるで礼を取る気はないのか、足を組んで座って、肘掛けに肘をついて、値踏みするように僕達を見てた。
子供に用はないと言うけど、ネプチューン皇子だって若いんだよ。ユリシーズと同じくらいじゃないかな。
「初めまして。私がガゼル・オーブ・オプスキュリテ。この度は謁見に応じて頂き、御礼申し上げます」
すごい。
ネプチューン皇子がどんな態度でも、ガゼル様はいつもの礼儀正しさを崩さなかった。
ガゼル様の立ち居振る舞いって、歩いただけで風が立つかのように優雅なんだ。
ガゼル様が本題に入ろうとした、その時だった。
謁見の間に配されていた兵士たちが、一斉に剣を抜き放った。
なんで!?
彼らが何のつもりかわからないけど、人数が違いすぎるよ!
絶体絶命の危機って、こういう――
その直後、舌打ちしたネプチューン皇子もまた剣を抜いてマントを払い、背後を取られないように壁際に下がったんだ。
後ろから兵士たちを指揮する態勢じゃない。
兵士たちの狙いは僕達よりも、むしろ、ネプチューン皇子だってこと――!?
「右を崩して右奥へ!」
硬直してしまっていた僕は、冷静なガゼル様の声にはっとした。
剣を抜いたガゼル様が、指示して下さったんだ。
何をすればいいのか、具体的にわかったら、すぐに体が動いた。
ジャイロが右を崩しにかかってる。
デゼル達を右奥に逃がせばいいから、僕は左から庇う!
指揮官てすごく重要なんだね。
ガゼル様の指揮がなかったら、僕、何をしたらいいのかわからなかったもの。
「闇の神オプスキュリテに願う、夜明けの祝福を与えたまえ!」
ガゼル様の凛とした声が謁見の間に響き渡った。
夜明けの公子の、仲間にまとめて夜明けの祝福を与える魔法。
すごく身が軽くなって、頭が冴えて、全力で動いてもあまり疲れなくなった。
それはいいんだけど、デゼルの可憐さにまで磨きがかかって、まるで、戦場に咲いた一凛の花。
灰色に感じる謁見の間に、突如として、天使が舞い降りたかのような、まばゆいきらめき。
涼やかできよらかな存在感と、月の妖精のような愛らしさ。
僕があんまり綺麗なデゼルに目を奪われたのは、数秒?
戦闘中だったのを思い出してはっとして、背筋が凍ったけど、デゼルに見惚れた時間、僕は短かったみたい。
敵兵の半分くらい、デゼルがあんまり綺麗で、別世界に迷い込んだように、ぽかんと口をあけて見惚れたままだった。
見慣れた僕が見惚れるくらいなんだから、デゼルを初めて見た人達なんて、きっと、デゼルが天使にしか見えなくて、今、何してたのかも、何もかも忘れちゃうよね。
「うらぁあああ!」
活路を開くため、デゼルに背中を向けてたジャイロは見惚れることもなくて、一撃で敵兵を斬り倒した。
デゼルがサポートして右を突破。
左からの敵を僕とガゼル様で止めるんだけど、ガゼル様が強いんだ。
剣術と光魔法で敵を寄せつけない。
おかげで、僕はガゼル様が背中を取られないように、回り込もうとする敵にさせないだけでよかった。
そうこうするうち、恐ろしいことが起きたのは、ガゼル様の指示通り、右奥にデゼル達が逃げた頃だった。
聞き慣れない女の人の声が呪文の詠唱を始めて、敵兵の一人の足元が、血の色の闇に呑まれたんだ。
底なし沼みたいな闇から、漆黒の手が伸びてきて、敵兵を闇の水底に沈めてしまう様子は、背筋が凍るような光景だった。
御伽噺には聞いてたけど、闇幽鬼様ってすごく怖い。
狙われる敵兵の恐怖は僕どころじゃないよ。
何人もの敵兵が、見る間に血の気を引かせて、恐慌状態に陥った。
ズガーン!!
そこへ、恐慌をさらに煽るような、前触れなしの爆裂音が轟いたんだ。
その音がしたら、敵兵の一人がいきなり血を流して倒れて、みるみる血だまりがひろがった。
いったい、何が起きたんだろう。
僕はまだ、怖いことがすべて敵兵に起きているから持ち堪えているけど、敵兵はもう、完全にパニックを起こして、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めたんだ。
えっと、守り切れたのかな?
僕達の方には、死傷者は出なかったみたい。
ネプチューン皇子も絶句して、目を丸くして僕達を見てた。
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【ご感想】羽海様より
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闇主が子供だから仕方がないですが、公国にとって一番と言っていいくらい重要な存在の公子や闇巫女を守るのが、まだ幼いサイファだということが心もとないです。闇主としての力や覚悟は持っていたとしても、判断能力は子供のものだから、いざというときはやはり不安ですね…
マリベルさんたちの憂慮も分かります。
デゼルの美しさが役に立ちましたね。
デゼルの美貌にサイファが慣れ切ることがあるのかどうかは分かりませんが、毎日一緒に過ごしている分、やはり初見のネプチューンや刺客たちよりは多少免疫がついていたようで良かったです。
ジャイロが見ていなくて良かった…
ガゼルはデゼルに見とれてしまわなかったのでしょうか。
考えてみればこの場にいる小学生男子たちはみんなデゼルのことが好きな子たちですね…
小学生の逆ハーレムです…
☆ 返信 ☆
( *´艸`)
さいふぁ様は『僕が守りの要だ』と信じて疑っていませんが、実は、そう考えているのはさいふぁ様だけだったりします(ノ∀`)
信頼できない語り手の罠なのでした✨ ちゃきーん✨
ガゼるんはガゼるんで、デゼるんはデゼるんで、近衛隊士は近衛隊士で、いざという時には『私が守りの要だ』と、それぞれ信じて疑っていなかったりして。
カーペンター姉弟は『やられる前に皆殺し』が座右の銘なので、いざという時には『俺(私)が敵をまとめてぬっ殺す!(`・ω・)9』と、やっぱり、『攻撃は最大の防御なり』の理論で『俺(私)が守りの要だ』と信じて疑っ(ry)
さいふぁ様に語らせると、すべてが危なっかしい展開になってしまうけど、危なっかしいのはさいふぁ様だけで、ガゼル公子がきちんと大人の近衛(公国の精鋭)も手配しています。
まさに、闇主としての力や覚悟は持っていたとしても、子供な判断能力のさいふぁ様がその存在をスルーしてしまっているだけなのです…!(; ・`д・´)
本命の護衛をスルーしてしまえるさいふぁ様。
大公陛下の覚えもめでたい近衛隊士が目に入らないさいふぁ様。
あまりにもささやかな判断能力、
これぞ、かの有名なはむ脳なのでした…!(`・д・)9
ゴリラ脳の十歳児じゃいでさえ、
近衛隊士をスルーしたりはしないというのに…!(ノдT)
デゼるんの美貌にみとれてしまったのも、また、はむ脳なさいふぁ様ならではと申せましょう。
じゃいは狂戦士なので、見ていたとしても戦闘中のぶっ飛んだ理性では、『美貌』は目に入りません。昂りすぎると覚醒時にデゼるんさえ攻撃した、あの状態になってしまって、闇幽鬼の声しか聞こえなくなります。
一方、ガゼるんは極めて理性的なので、デゼルを守るという使命に燃えている時に、やっぱり、『美貌』は目に入りません。じゃいとはまた逆方向に振り切っています。
白刃が閃く緊急事態にさえ、どこか自然体を残している、よく言えば動じていないさいふぁ様だけが、子供達の中ではデゼるんに見とれてしまったのでした。
この妙な余裕のおかげで、恐怖で動けなくなることもなかったので、むしろ、闇主としては適格なのですが。
さいふぁ様はこの世界にモブとして誕生しており、はむ脳は『極・純粋なモブ脳』でもあるため、緊迫したシーンでモブっぽい反応をしてしまうのは、はむの宿命です✨(・∀・)
小学生の逆ハーレム…
じゃいの場合、敵兵がデゼるんに見惚れてたのと同じ好きというか、『なんだこのすごく可愛い生き物』という、恋愛感情とはちょっと違う好きかもしれません。
じゃいの立ち位置まぎらわしいのですが、この使節にも、デゼるんではなくユリシーズを守るために参加していて、だから、じゃいがデゼるんを見ていなかったのは自然な流れでした。
夏休みの帝国探検も、デゼるんと一緒にいたくてつきあったわけじゃなく、ゲイルの家を「てめぇなんかに養われるのはまっぴらだ!」って、ユリシーズを連れて出て行きたくて、そのためには高給取りでなければ(さいふぁ様には欠落している発想です… だから、一生懸命働いてたのに、はむは貧乏だったのです…)と、闇巫女様の護衛は『高給優遇』なのでつきあってました。
(『お金をもらってデゼルの傍にいる』ことに強い抵抗があったさいふぁ様とは真逆の反応ですが、じゃいだって『お金をもらってユリシーズの傍にいる』となったら「俺はヒモじゃねぇ!」と、強く抵抗します。シスコンなわけじゃなく、じゃいにとって、いくら可愛くてもデゼるんは嫁でも恋人でもない、赤の他人に過ぎないからです。ユリシーズを助けてくれたから、さいふぁ様にもデゼるんにも、友情は感じてるとしても。)
話のテンポが悪くなるため、掘り下げた背景は本編からは割愛しているので、素敵なご感想、とても重宝しています。
いつも、丁寧なご感想をありがとうございます✨(*´∇`*)
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【ご感想】しき様より
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第2話 PROPOSAL ~きっと、大人にはなれないけれど~
https://www.alphapolis.co.jp/novel/153000069/781509349/episode/4470654
このお話は読み進めるのが辛かったです。文字の一つひとつが心に刺さり、まるで鋭い刃物で滅多刺しにされているようでした…
お母様がサイファ様の首を絞めきれなかったところが印象に残りずっと頭の片隅にあります。無理心中しようとしたのかな。どうしようも出来ないから、辛いまま生きるくらいならこのまま楽にと思ったのでしょうか。
この時は辞めたけど、一度子供の首を絞めようとした事をお母様は今後の人生でずっと後ろめたく思うのではないでしょうか。
十歳で死を悟るサイファ様の人生も過酷でデゼルさんがいなかったら、公国滅亡以前に親子は助かっていなかったような気がしてしまいます。
お母様もサイファ様もお互いを心配し、家族として愛しているのにすれ違っている感じがして切ないけど分かり合えるといいなと思いました。
デゼルさんが蜂に刺されてギャン泣きしながら自分にヒールかけてるところが可愛くて微笑ましく感じました。冷静な雪乃さん要素と子供らしいデゼルさん要素が合わさって、面白可愛いという属性を生み出していますね!
☆ 返信 ☆
はい、お母さんは無理心中しようとしたけど、可愛い我が子の息の根を止めるなんて、どうしても、できませんでした。お母さんの心境は、
【Side】 ミスティ ~私の宝物~ ≪サイファ編 第27話 逸話≫
の方で、詳しく語られます。
デゼルだけでなく、さいふぁ様もまた、あわや、十歳で慰み者にされて死ぬよりつらい目に遭わされたあげく、何の救いもないまま、世界の片隅でモブとして死んでゆくところでした…
そんなさいふぁ様とデゼルが出会ったのは、運命の必然で。
そういう境遇にあったさいふぁ様だからこそ、闇神殿(の敷地内の公園)で働かせてもらうことになり、臆病で人見知りなデゼルに『優しそうな男の子』として興味を持ってもらうことができました。あまつさえ、『PROPOSAL』の最後のさいふぁ様の願いは、闇の神オプスキュリテに届きました。
だって、闇の神の庭で哀しいほど強く、願ったから。
闇の神の慈悲でもって、あの日あの時、デゼルが前世の記憶を取り戻し、さいふぁ様を救うことになるのです。
救ったことも、救われたことも、お互いに知らないままに。
蛇足ですが、『PROPOSAL』のデゼルに前世の記憶はまだないので、魂は雪乃のものでも、年相応の精神年齢です。
ルイトモなデゼるんとさいふぁ様はどちらも天然なので、本人たちはおおまじめにやってることが、傍から見ると、面白可愛いということですね✨
★ 御礼★
さいふぁ様のお母さん視点のお話は、しき様のご感想を読んで、返信で解説するより本編に組み込んだ方がよさそうかなと思って書いてみたのですが、予想外の好評を博すことができました。
ご感想を受けての加筆は、読者様の『気になるポイント』に意識を向けて書けるので、物語のクオリティを高められたみたいで、しき様には感謝しきりです。
素敵なご感想、ありがとうございました♡(*´∇`*)
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【ご感想】羽海様より
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第11話 まじょのどれい
https://www.alphapolis.co.jp/novel/153000069/781509349/episode/4477290
いや、サイファはちゃんと大したことをしていると思いますよ!?
初めてで舌を入れたキスをするって…
本当に小学生ですよね…?
サイファの将来が思いやられます。
机に落書きなんて、サイファにとってはもう本当に大したことではないのでしょうね。
デゼルという味方がいてくれるようになってから、サイファの気持ちはデゼルにしか向いていなくて、その他の誰かからの自分への悪意は、デゼルからの自分への気持ちを変えるきっかけにならない限りは全部取るに足らないものになっているのだろうなと感じられます。
いじめっ子でガキ大将のジャイロだけれど、このシーンはやっぱり格好良いです…
☆ 返信 ☆
これだけ丁寧に読んで下さっている羽海様が忘れているとなると、もはや、誰も覚えていないのではないかと戦々恐々としてしまいますが、さいふぁ様の初めては闇主になった第4話です(ノ∀T)
してもらったファーストと、返したセカンドは唇に優しく触れただけのキスでした。
まだ小学生のさいふぁ様、まだ欲求がないので、デゼるんがしたいならしてあげるよって、お仕置きだったこともあり、遠慮がないやら、怖いもの知らずやら。
直感と本能でこうかなって、デゼル可愛いって。
ホントです、末恐ろしいお子様ですね…!
机のラクガキみたいなことは、一人だとこたえるけど、クラスに一人でもそれに動じない味方がいれば、途端にたいしたことじゃなくなるんですよね。
ご感想を読んで考えてみたのですが、デゼるんの気持ちはさいふぁ様にしか向いてないけど、さいふぁ様の気持ちは必ずしもデゼるんだけに向いてるわけじゃなさそうだなって。
デゼル編で、さいふぁ様からの好感度と信頼度がなかなか上がらなかったのも、そういうことなんだよねって。
デゼるんと一緒に過ごす闇神殿での安心で快適で楽しい時間を確保したことで、さいふぁ様の気持ちはむしろ、外の広い世界に向いて、この広くて美しい世界を守るために、僕にできることは何だろうって。
三年後の公国滅亡を阻止するために、僕にできることは何だろうって。
極めて高い目標を持つようになったさいふぁ様にとって、机にラクガキとか、強がりじゃなく、取るに足りないことで。全然、たいしたことじゃない。
少年は大志を抱いた模様です。笑。
ジャイロ、格好良いですか! ありがとうございます✨(∩´∀`)∩
ご感想を下さる方には、カーペンター姉弟はなにげに人気があります。
わかりやすく、共感しやすいところに好感が持てるみたいな。
この作品、主人公カップルが独特というか、さいふぁ様なんて軽々と人類の規格外なだけに…(ノ∀T)
人の皮をかぶったハムスターだとか…







