第42話 悪役令嬢は町人Sと結婚していた【後編】
「ガゼル様がね、マリベル様に母さんの債務整理を指示して下さって、本当に助かったんだ」
噂のことも、マリベル様に相談してみたら、僕みたいな庶民が闇主になるのは初めてのことだから、政治的な思惑が絡んでいる可能性があるって言われて。
僕を蹴落として公家のご機嫌を取るなり、僕の代わりに闇主になるなり、そういう思惑を持った貴族がいるんじゃないかって。
僕には、そんなことのために、何も悪くない母さんをよってたかって悪く言うなんて、そこまでの悪意はとても信じられなかったけど。
この程度のことはおとなの世界では日常茶飯事だし、人の心がどれほど邪悪になれるか、帝国で見てきただろうって言われたんだ。
暴力を武器にする者は刃物を持って、徒党を組んで女子供に襲いかかってくる。
奸計を武器にする者は言葉の刃物でもって、徒党を組んで女子供に切りつけてくる。
その違いだけなんだって。
暴力と奸計のどちらを武器にする者も、暴力での反撃を恐れて、おとなの男の人を狙うのはなるべく避けるんだって。
俗世のドロついた思惑から闇巫女様を守るのも闇主の務め。
この程度のことで動じないように、デゼルには言わないようにって。
マリベル様のお言葉を聞いて、帝国でジャイロに後れを取った分まで、公国では僕がデゼルを守りたいと思った。
闇神殿だけは、外界で人の悪意にさらされて、傷ついて、疲れて帰ってくるデゼルを癒してくれる、やすらぎの聖域であるように。
ほんとはね、マリベル様がガゼル様に相談してくれるみたいで、それなら母さんは大丈夫って、動じずにいられるんだけど。
今はまだ、それでいいんだ。
おとなになるまでには、ガゼル様に頼らなくても、動じない僕になってみせるから。
遥かな野心を胸に、僕を安心させてくれたガゼル様の口調やまなざしを思い出しながら、デゼルに言ってみた。
「――少し寂しい思いをさせるけど、母さんはラクになれたと思う」
そうしたら、デゼルがほっとした様子になって、笑ってくれたんだ。
よかった、デゼルを守ること、安心させてあげること、この二つだけは、今の僕にもできることで。
三年後のこと、デゼルはまだ、公国が滅ぶかもしれないことを、ガゼル様に伝えていない。
いつ、伝えるつもりなのかな。
それとも、伝えないつもりなのかな。
僕は、ガゼル様にだけは伝えた方がいいと思うんだけど。
もう少し、落ち着いたら、デゼルに言ってみようかな。
僕はまだ、子供で。
いくつかの大切なことをデゼルに教えないことを、デゼルのためだって言うマリベル様の教えをうのみにしてしまったけど。
翌週には、知ることになったんだ。
デゼルにも、僕のために教えなかったことがあったことを。
それを知った時、僕は――
それは僕のためにならないと思った。
だって、僕は大切なことは知りたかった。
デゼルは?
僕がデゼルのために教えなかったこと、デゼルは知らなくてよかった?
僕の隠し事は、僕のためにはなったんだ。
それってまるで――
僕が、僕のために教えなかっただけみたいだ。
相手のためになる隠し事なんて、本当はひとつもないのかもしれない。
隠し事をする時に誰かのためなんて、最低の自己満足なのかもしれない。
だけど、僕は後悔できなかった。
ごめんね、デゼル。
死ぬよりつらい目に遭わせても、僕はデゼルに、生きて傍にいてほしかった。
笑って傍にいてほしかったんだ。
僕って、とっても冷酷なのかもしれない。
全然、優しくないよね。
僕が冷酷でも、僕はひとつも困らないんだけど、ね。







