第41話 はじめての冗談
たとえば、クライス様。
ティニーを亡くして気が狂ってしまったクライス様を第二皇子が部下にしてくれるけど、クライス様は自分が助かりたいんじゃなくて、ティニーを助けたいから。
破滅の予定がわかってるなら、破滅した後じゃなく、破滅する前に――
デゼルがしたように、亡くなる予定のティニーを助けてあげた方がいいに決まってるよね。
ティニーが助かったことで、公国を出て、帝国の第二皇子に仕えるはずだったクライス様は、今も公国で大公陛下に仕えて、個人的な忠誠はデゼルに誓ってくれてる。
ティニーが元気になった時の、クライス様の心底、嬉しそうな笑顔は忘れられないよ。
デゼルとガゼル様、マリベル様は深謀遠慮がすごいんだ。
深謀遠慮って、マリベル様に最近、教えてもらった言葉。
物事を思い通りに運ぶためには、急がば回れ、たくさんの根回しが必要なんだね。
残りの闇の使徒の一人はデゼル。
デゼルはもちろん、僕達の味方。
一人はユリシーズ。
デゼルが水神の奥義を三年後まで残しておけて、無惨な火傷を癒せれば、ユリシーズを救ってあげられる。今すぐ癒すと、運命の力でもう一度、同じような火傷を負うことになりかねないんだって。
もう一人はジャイロのお父さん。
ジャイロのお父さんだけは、手遅れだった。
ジャイロのお父さんが、ジャイロのお母さんを殺してしまったのは五年前。
デゼルが闇の神の啓示を受ける前に、悲劇が起きてしまっていたんだ。
残りの八人が帝国の人達なんだけど、八人のうち三人までが、アスタール領で起きる惨劇の犠牲者で、十年後のアスタール領は、ゴーストタウンになってしまってるんだって。
公国の滅亡を別にすれば、アスタール領が一番、惨劇の規模が大きいんだ。
そうは言っても、時の精霊との契約段階で苦戦するとはさすがのデゼルも思ってなかったみたい。
ふつうは思わないよね。
可愛い女の子が、子供達だけで町を歩いたりしたら、確実にさらわれて家に帰れないなんて。
「うーん、私、水神になってサイファ様の肩に座ってようかなぁ」
可愛い女の子が一緒でなければ襲われないんじゃないかって、翌日、その手を試してみたんだ。
「サイファ、行ったぞ!」
「暗幕!」
――ダメだった。
やっぱり襲われた。
「おらぁあああ!」
だけど、水神のデゼルは無敵。
戦闘そのものは、デゼルの水術で足止め、かく乱した敵をジャイロが薙ぎ払う戦法で、昨日より、ずっとラクに片がついた。
しかも、デゼルが一人、殺さずに戦闘不能にしたから、話を聞けたんだ。
「てめぇら、いったい、どういう了見で襲ってきやがった!」
「ひっ……そ、その嬢ちゃんを頂こうと……その……」
「は? 嬢ちゃんて、こいつ?」
ジャイロが僕を指さすと、賊がこくこくうなずいた。
……。
ジャイロが爆笑した。
「ちっ、しゃーねぇなぁ。デゼル水神作戦じゃ、襲われることそのものはなくならねぇんだな。戦闘はラクだったけど」
あ。
デゼルがピシピシ、ピシピシ、怒って賊に水鉄砲打ってる。
「サイファ様をさらおうなんて不届きよ!」
帰還のために、人の姿に戻ったデゼルがすごく怒って言った。
賊を官憲に引き渡したいところではあったけど、そんなことしてる間に、別の賊に襲われたら面倒だから。
アスタール領についてはさらに、仕切り直すことになったんだ。
ちょっとショック。
僕、遠目だと女の子に見えるんだ……。
カッコイイより、可愛いって言われることの方が多かったの、そういうことだったのかな……。
……。
「デゼルは、僕が男の子なの知ってるよね?」
デゼルがきょとんと僕を見た。
「マジか。そりゃあ、知らなかったぜ!」
ジャイロが言ったら、デゼルがまた水神の姿になって、ジャイロにピシピシ、水鉄砲を打った。
知らなかった。
僕、クラスメイトにまで女の子だと思われてたなんて。
――あれ?
「ジャイロ、僕のこと女の子だと思ってたのに殴ってたの!?」
僕が怒って言ったら、ジャイロが口をあんぐり開けて僕を見た。
「ちげぇーよ! からかっただけに決まってんだろ! ったく、おまえに冗談が通じると思った俺が馬鹿だったぜ、マジで」
「? ……ジャイロ、女の子だよね?」
ジャイロがどっと疲れた様子で、地面にガックリと両手をついた。
あは。
ほんとだ、面白い。
そうか、こういう風に反応してあげればよかったんだね。
ジャイロのおかげで、僕、ひとつ冗談が通じるようになったみたい。
人の姿に戻ったデゼルも、楽しそうに笑ってて、仕種も笑い声も可愛かった。
こんなに可愛いデゼルを見られただけでも、僕、冗談を覚えてよかった。







