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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第二章 白馬の王子様
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第38話 町人Sは公子様に御礼参りする

 マリベル様はお忙しいから、ガゼル様へのご挨拶の仕方を僕に教えて下さった後、一足先に帰られた。

 約束したわけじゃないから、ガゼル様が通りかかるまで、ここで待つようにって。

 もちろん、僕から声をかけたりしたらいけなくて、ガゼル様が通りかかったら、心を込めて一礼するだけ。

 感謝の言葉すらかけたらいけないなんて、礼儀作法って本当に不思議だね。


 公邸は三度目だけど、白亜の宮殿で、いつ来ても綺麗。

 美しい中庭の見える渡り廊下で、ガゼル様を待ちながら、色々なことを考えた。

 ガゼル様、僕の生殺与奪を握っていらしたも同然なのに、僕からデゼルを取り上げなかったんだ。

 デゼルのことが本当に好きみたいで、二人が並ぶと一枚の絵のようだったのに。

 もしも、ガゼル様に直答を許されたら、僕、何を伝えたいだろう。

 とても綺麗な方なんだ。

 僕、きちんと考えておかないと、ガゼル様ってすごく綺麗ですとか、トンチンカンなこと答えそうだから。



 そんなに待たないうちに、ガゼル様のお姿が見えて、中庭の見える大理石の手すりにもたれて姿勢を崩していた僕は、あわてて姿勢を整えると、教えられた通り、心を込めて一礼した。


「サイファ?」


 ガゼル様の凛とした、綺麗な声。


「どうしたの? 今日はデゼルは?」


 これ、直答していいんだよね?


「マリベル様から伺いました。ガゼル様に、僕と母さんを助けて頂いた感謝をお伝えしたくて」


 ガゼル様が少し、驚いた顔で僕を見た。


「駄目だよ、闇主がそんなことで持ち場を離れちゃ。マリベルの指示なら、マリベルが責任持ってデゼルを守っているだろうけど。マリベルは少し、私を尊重しすぎるんだ」

「それは!」

「うん?」

「それは、だって、ガゼル様のことなら僕だって尊重します」


 敬語、苦しくなってきた。

 丁寧語になってるかもあやしくなってきた。

 顔に出てたのか、ガゼル様がくすくす笑った。


「ありがとう、サイファ」


 えぇ!


「あの、僕がガゼル様に感謝を伝えたくて」

「うん」

「あの、でも……今月だけは、返済を待って頂けたら、その……」


 ガゼル様のお言葉は、ガゼル様よりもデゼルを優先しても、許してくれるように聞こえたんだ。


「九月がデゼルの誕生日なので……お許し頂けるなら、贈り物とか……」


 デゼルはお金に困ってるわけじゃないし、八歳の誕生日は手作りのぬいぐるみとか、花冠とかにして、九歳の誕生日に、高価な贈り物をすればいいんだけど。

 でも――

 僕が言い淀んでいたら、ガゼル様が笑って許してくれた。


「もちろん、ひと月くらい待ってあげるから、何でも贈ってあげて」

「っ……」


 また、涙が溢れた。

 どうしてだろう、とまらない。


「サイファ?」


 知らなかった。

 悲しい時より、優しくされた時の方が涙が溢れるんだ。

 僕――

 デゼルからの贈り物に負けないくらいの贈り物、したかったんだ。

 すごく嬉しい。

 僕のこの気持ちを許してもらえたことが。

 それなのに、言葉が出ない。


 綺麗な碧の瞳をどこか寂しそうに翳らせて、優しく微笑んだガゼル様が、僕を胸に抱き寄せてくれて、すごく、驚いた。

 わ、わ、僕、デゼルと同じくらい、ガゼル様を好きになってる。

 ああもう、僕って――

 だけど、ガゼル様の胸はとても優しくて、温かくて、心地好かった。


「つらかったね」


 まだ、涙が溢れた。

 僕、つらかったのかな。

 デゼルの手紙の真意が、わかった気がする。

 僕も、ガゼル様とデゼルの公国に生まれてきたこと、最高に素敵な幸運だったと思えたから。

 こんなに満たされた、幸せな気持ちは初めて。


「つらい時には私の胸を貸してあげるから、デゼルの前では何があっても強くいて、デゼルを悲しませないで欲しい。できるね?」

「――はい、きっと」


 僕、ガゼル様が僕にしてくれたみたいに、デゼルにできるようになりたい。


「一日も早く、ガゼル様みたいな立派な闇主になれるように努めます」


 麗しい美貌をなんとも言えない、困惑した表情にしたガゼル様が僕を見た。


「サイファって、天然だね」

「……」


 みんな、そう言うんだ。

 天然って、なんのことなんだろう……?

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