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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第二章 白馬の王子様
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第37話 フォステイルの夜明け【前編】

「サイファ、支度したら私を家に案内しなさい。母君に大切な話がある」


 いつもの闇主の修行の時間。

 公式に闇主として承認されたから、今日は手続きに時間がかかるとは聞いていたけど、僕の家にマリベル様が来るとは思っていなかったから、びっくりした。


「あの、ですが、母さんはこの時間は働きに出ていて」

「昨夜のうちにクレイを使いに出しているから、いらっしゃるはずだ」


 マリベル様ってすごい。

 あらかじめ、そこまで配慮されてるんだ。

 僕もこういう配慮、ゆくゆくはできるようになるのかな。

 マリベル様やデゼルほど頭が回る僕って、全然、想像がつかないけど。


 なんだろう、母さんに話って。


「ただいま、母さん」


 マリベル様を案内して家に帰ると、母さんが怯えて見えるくらい、かしこまって深く頭を下げた。


「マリベル様、どうぞ」


 僕が椅子を引いたら、


「サイファ、客には上座を勧めるものだよ」


 僕、お客様はすぐに座れてすぐに帰れるように、親切のつもりで、玄関から入ってすぐの席の椅子を引いたんだけど。

 そこは下座だって、マリベル様が教えてくれたんだ。

 びっくりだよ。

 僕だったら、初めて入る家であんまり奥まで通されたくないけど、そういう問題じゃないみたい。

 マナーって、よくわからない。


 もちろん、マリベル様は意地悪で言ってるわけじゃなく、王侯貴族に会う時とか、正しく席を引くのも僕の仕事の一部だからなんだ。

 闇主なら、できなくちゃいけないんだ。

 まだまだだけど、頑張らなくちゃ。

 どこが上座になるのか、席順を教えてもらって、マリベル様のために奥の椅子を引き直した。

 母さんが恐縮して、しつけがなっていなくて申し訳ありませんって、しきりに頭を下げたけど、マリベル様は穏やかに笑って僕を褒めてくれた。


「小学生でこれだけ礼儀正しければ、立派なものですよ。とはいえ、闇主となるからには、大人に遜色しない働きを要求されます。九月には、帝国の第二皇子に謁見する使節に参加することも決まっていましてな。帝国は、公国とは比べ物にならないくらい、礼儀に厳しい国です。間違っても無礼打ちなどされないよう、子供には厳しい指導をさせて頂きますが、よろしいかな」


 母さんは血の気を引かせて、こくこくうなずいた。


「母さん、マリベル様にお茶出すね」

「あっ……」


 ふふ。

 母さん、お茶も出さなかったって慌ててるけど、僕はちょっと、母さんに仕事ができるカッコいいとこ見てもらった気持ち。

 お客様に椅子を引いたり、お茶を出したり、侍女がいない時には僕がするんだ。


「サイファ、ティーバッグは湯にそのまま入れなさい。中を開けるものではないよ」

「えぇ!」


 ……。

 母さんに仕事ができないカッコ悪いとこ見られちゃった気持ち。


「たいていは侍女がいるから、茶の出し方を覚えるのは後でいい。さりげなく、デゼル様が頂く前に飲んで毒見をする仕事の方を忘れないように」


 僕は神妙な顔でマリベル様にうなずいた。

 闇主の仕事はそっちが本命。

 いついかなる時にも、あらゆる危険から、デゼルを守ることが最優先。

 これが難しいんだよ。

 デゼルが協力的じゃないんだもん。

 デゼルはデゼルが死ぬと僕も死んじゃうの知らないから、僕がすごく頑張らないと、デゼルの方が僕の毒見をしようとしたり、僕を庇おうとしたりするんだ。

 すごく困るんだ。

 そんな時、僕とデゼルはいったい何と闘ってるんだろうと思うんだ。


「本題ですが、こちらを」


 マリベル様が取り出したのは、金貨三百枚の借金の証文だった。

 ずいぶん、上等な御料紙に、わかりやすくて綺麗な文字で――


 ――えぇ!?


 え、え、僕が公家から借りることになってる。


「サイファ、こちらにサインを」

「あの、利息は――」


 母さんが目を丸くしてマリベル様に聞いた。

 これまでの借用書には、こまかい字でたくさん、利息について難しいことが書いてあったのに、それがないんだ。


「利息はありませんが、こちらにも書いてある通り、闇主の責務を放棄して逃亡した場合には、斬首刑に処されます。――もっとも、債務があろうとなかろうと、この処罰は正式に闇主となるのであれば同じことですが」

「サイファ、そんな、逃亡するくらい厳しくてつらいお仕事なら……」


 心配した母さんが、真っ青な顔で僕を見た。


「ううん! 全然、つらいお仕事じゃないよ? 僕、逃げ出したいなんて思ったことないもの。ガゼル様とお約束したんだ、絶対に逃げたりしないから、デゼルを僕に下さいって」


 それよりも、僕は利息がないっていうのが、すごく気になってた。

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